第19回目となるスポットライトリサーチは、東北大学理学研究科化学専攻(岩本研究室) 博士課程2年の赤坂直彦さんにお願いしました。
赤坂さんも、昨年ホノルルで開催された国際学会Pacifichem2015の学生ポスター賞受賞者の一人です。
所属する岩本研究室では、新しい構造を持つ有機典型元素化合物を合成し、それらの優れた物性や反応性を引き出すことを追求しています。有機典型元素化合物は多様な構造、電子状態、機能の宝庫です。そんな流れの研究で赤坂さんが発見したのは、テトラシラビシクロブテンという、橋頭位に二重結合をもつケイ素化合物。一見して、どうやって作るのだろう?本当に安定なんだろうか?と筆者視点からは非常にフシギに感じられる化合物です。
研究室を主宰される岩本武明教授は、赤坂さんをこう評しておられます。
赤坂君が取り組んでいるのはケイ素からなる新規π電子系化合物の開拓です。今回の成果は当初設定した課題の中から派生したものですが、赤坂君は得られた結果の中にある種を見逃さずに、興味を持って育て、優れた成果に結実させました。試行錯誤の繰り返しでしたが、学部3年生の研究室配属前から「誰もやっていないことをやりたい」と言っていた、情熱と粘り強さと高い志を持った赤坂君であったからこそまとめあげられたと思います。
基礎研究の神髄ともいうべきテーマに粘り強く取り組まれた赤坂さんから、受賞対象となった研究にまつわるお話を伺いました。それではご覧下さい!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
橋頭位アルケンとは、多環式骨格の橋頭位に二重結合をもつ化合物です(図1a)。これらは、環サイズが十分大きい場合には安定に存在することができ、タキソールのように天然に存在するものもあります(図1b)。しかし、環が小さくなってくると歪みが大きくなり化合物は不安定化します。ビシクロ[1.1.0]ブト-1,(2)-エン1(図1c)は骨格を形成する原子数が最も少ない橋頭位アルケンの一つであり、理論的研究がいくつかなされているものの、実験的にその性質を明らかにした例はありません。
本研究では、化合物1の炭素を全てケイ素に置き換えたテトラシラビシクロブテン2の発生および電子状態と反応性の解明を行いました(図1d)[1]。種々の捕捉実験および理論計算の結果、化合物2は二環式骨格と局在化した二重結合をもつ構造2aよりも双性イオン型の構造2bの寄与が大きいことを明らかにしました(図1e)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究は偶然の発見から始まったものでした。ケイ素クラスター3の測定し終わったNMRサンプルをそのまま年末年始の休みの間放置してしまい、一週間後戻ってくるとそのNMR管の中に見覚えのないオレンジ色の結晶が析出していました。そこでX線結晶構造解析を行うと、構造の拡張したケイ素クラスター4であることが分かりました。一般的にケイ素-ケイ素二重結合化学種であるジシレンは、容易に二量化し四員環化合物を与えます。したがって4の生成からテトラシラビシクロブテン2の発生が示唆されました。それからさまざまな捕捉実験を検討し、ルイス塩基であるDMAPの配位により安定化することで化合物6として単離することに成功しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
最も難しかったところはテトラシラビシクロブテン2の捕捉を検討している時点では2がどのような性質をもっているのか未解明であった点です。ジシレンなのかシリレン(カルベンのケイ素類縁体)なのか、イオン性の化学種なのかビラジカル的な性質をもっているのか、自分がどんなものを捕捉しようとしているのか分かっていませんでした。なので、さまざまな可能性を考えてありとあらゆる捕捉剤を検討しました。その結果DMAPでの捕捉に成功し、2の性質を解明することができました。
また本研究で登場するほぼ全てのケイ素化合物は空気中で不安定な上、いくつかは熱的にも不安定な化学種であったため、化合物の単離を全て再結晶のみで行ったというのも苦労した点の一つです。おかげで再結晶の腕は上がりましたが・・・
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在は有機ケイ素化学分野での基礎研究を行っていますが、将来的にはより一般の人の生活に近い領域での研究を行っていきたいと考えています。化学には世の中の常識を覆し、我々の生活を大きく変える力があります。自分の行った研究が人々の生活をより豊かにするものにつながれば嬉しいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究を行っていると、思い通りにいくことよりもそうでないことの方が多いと思います。しかし、DREAMS COME TRUEの吉田美和さんは言っています。「10000回だめで へとへとになっても 10001回目は 何か変わるかもしれない」と。ドリカムはきっと我々研究者のためにこの「何度でも」という曲を作ったのでしょう。なので私たちは何度でもチャレンジし続けましょう。今日も反応を仕込みましょう。明日も仕込みましょう。明後日も仕込みましょう。ワークアップもちゃんとしましょう。とにかくやり続けることでいつか期待したことが起こるかもしれません。また、だめだと思っていた10000回の実験の中にも、我々の予想を超えるような面白い化学が眠っているかもしれません。
参考文献
- Iwamoto, T.; Akasaka, N.; Ishida, S. Nat. Commun. 2014, 5, 5353. DOI:10.1038/ncomms6353
関連リンク
研究者の略歴
赤坂 直彦
所属:東北大学理学研究科化学専攻 合成・構造有機化学研究室(岩本研) 博士後期課程二年
テーマ: 新規含ケイ素π電子系化合物の創出
経歴:1989年青森県八戸市生まれ。2012年3月東北大学理学部化学科卒業、2012年4月同大学修士課程に進学、2014年4月同大学博士課程に進学。2015年より日本学術振興会特別研究員(DC2)。2013年第17回ケイ素化学協会シンポジウムポスター賞、2014年第8回東北大学理学研究科6専攻合同シンポジウムポスター賞、2014年第61回有機金属化学討論会ポスター賞、2014年第18回ケイ素化学協会シンポジウムポスター賞、2015年Best SiSlam 2015 Presentation Award at the 46th Silicon Symposium、2015年第26回基礎有機化学討論会RSC Advances賞、2015年Student Poster Competition Award of Pacifichem 2015。