第23回目のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院総合化学院 博士後期課程3年の竹内公平さんにお願いしました。
パラウアミン(Palau’amine)とは下図の通り、多数の不斉点と、グアニジン・ヘミアナール・アルキルクロライドなどの高反応性官能基が、トランス縮環型シクロペンタンコアに高密度集積した構造をもつ海洋性アルカロイドです。
そのあまりに高すぎる合成難度から数々の全合成化学者のアタックを退けてきた難敵です。それは「合成化学界におけるフェルマーの最終定理」と呼ばれた化合物のモデルにもなったほど。以前Phil Baranらによって世界初の全合成が達成されたことを記事にしましたが、2015年に谷野・難波両名の指揮のもと、2例目の全合成が報告されました。
“Total synthesis of palau’amine”
Namba, K.; Takeuchi, K.; Kaihara, Y.; Oda, M.; Nakayama, A.; Nakayama, A.; Yoshida, M.; Tanino, K. Nat. Commun. 2015, 6, 8731. doi:10.1038/ncomms9731
竹内さんは本論文において難波康祐先生に続く著者として名を連ね、現場で先端研究を担当された方でもあります。本成果を天然有機化合物討論会にて発表し、見事奨励賞(優秀発表賞)を受賞されています。最近まで博士論文の詰めでお忙しい事情がありましたが、その中に頂いた原稿ということでスタッフ一同、感謝申し上げます。
途轍もない難度のプロジェクトを見事完遂されてのリアリティを是非ご堪能ください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
海洋性アルカロイドpalau’amineの全合成です。歪んだtrans-5,5骨格と高いN原子含有率(C/N~2/1)を含む本化合物は最難関化合物の一つとして知られ、全合成例はBaranらによる一例のみでした。
我々の合成の特徴として、1) Hg(OTf)2触媒的なC16位含窒素四置換炭素の構築(前任の海原さんの成果)と、2) ABDE環の一段階構築が挙げられます。後者では求電子性が高いアシルイミン中間体を用いることで、カスケード環化反応による歪んだtrans-5,5骨格を含む4環性骨格の構築に成功しました。
また共同研究により、DFT計算によるキレーション遷移状態の解明、合成palau’amineの既存免疫抑制剤との活性比較試験も行いました。本成果はNHKでも取り上げて頂きました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
鍵工程(ABDE環の一段階構築)における酢酸の添加を見出したところです。本反応は初めてトライしてから、スケールアップ時でも再現が取れるまで8ヶ月を要しました。当初、最初の化合物は「まぼろし」だったのか、腕が悪いのかを考えながら帰宅する日々が続きました。
反応機構・pKaを考察し、反応過程で生じるメトキシドが原因とわかったときには胸がすっとしたのを覚えています。メトキシドのみを狙ってクエンチするために塩基性の系中に酸を添加し、反応途中で塩基当量を3eq→2eqと変える手法が上手くいったときは感極まりました。この反応では厳密な当量制御が大事なため、LHMDS調製に用いるnBuLiを毎回滴定してから使うなど神経質に実験を行いました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
合成後半(36-37工程目)のオレフィンの酸化的開裂です。このオレフィンは立体障害のため反応性が低くオスミウム酸化が全く進みませんでした。オゾン酸化なども試しましたがピロールが酸化条件に弱く、思うように目的物が得られませんでした。ようやくOsO4-TMEDAでの誘導効果条件を見つけたもつかの間、今度は1,2-ジオールを安定に開裂できませんでした。骨格の歪みが原因で起こるレトロアルドールが問題でした。これを水素結合的に阻害することを考え均一系MeOH-H2O溶媒の解答に到達したときには1年の歳月が流れていました。100gの原料立ち上げから1mgの最先端まで独りで行っていたので1.5ヶ月かけて作った基質が粉々になっていくのは本当につらかったですね。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は学位取得後、企業の研究員として働く予定です。
これから自分の常識が覆ることに多々直面すると思います。これまで合成の世界にどっぷり浸かり凝り固まった(であろう)頭を一度リセット・新しいことを取り入れる準備をし、一研究者としてスタートを切りたいと考えています。
また20年後の目標としては、次世代を育てる化学者になりたいです。これまでは全合成達成のために一心不乱に実験してきました。6年間の研究室生活を振り返り今感じるのは、やりたいことは全てやらせてもらった感謝の気持ちです。これからは私が将来残すものに上積み・進展してくれる人材を育てられるよう、見識を広め研究以外の経験値を上げていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
おすすめは学会を満喫することです!特に泊り込み学会に参加すると日本中・世界中の優秀な同世代と話すチャンスができます。分野が少し違うだけで、研究への考え方・将来の見据え方が異なることに気づくと思います。より仲良くなれば研究室面白談も飛び出すかもしれませんし、企業の方や海外教授にだって会え、全く知らない世界を見聞きすることもあります。
違う空気に触れることは刺激になりますし、モチベーションupにも繋がります。時には自分やばいなって焦ったりもします。プレゼン力はさることながら、いつもの3倍おしゃべりになることで会話力向上・化学仲間ゲットも期待できる...そうなると次の学会がさらに待ち遠しくなりますよね。
関連リンク
研究者の略歴
竹内 公平 (たけうち こうへい)
所属:北海道大学大学院総合化学院 谷野研究室 博士後期課程3年
徳島大学大学院 医歯薬学研究部 難波研究室(特別研究学生)
日本学術振興会特別研究員(DC2)
研究テーマ:Palau’amineの全合成
2011年北海道大学理学部化学科を卒業後、同年北海道大学大学院総合化学院(谷野研究室)に入学。2013年に修士課程を修了し、同年博士後期課程へ進学。2013年9月から徳島大学大学院医歯薬学研究部(難波研究室)の特別研究学生。2015年8-11月にかけて、California Institute of Technology (Prof. Sarah Reisman)へ留学。2013年25周年記念万有札幌シンポジウムBest Poster賞、2013年第30回有機合成化学セミナーポスター賞、第3回CSJ化学フェスタ2013優秀ポスター発表賞、2014年日本化学会第94回年会学生講演賞、2015年第57回天然有機化合物討論会奨励賞(口頭)。