21世紀のノーベル賞と称される「ブレークスルー賞」の受賞者はなんと1377人!ノーベル賞との方針の違いを印象づけた。
ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の出版している日本語の科学まとめ雑誌である「Natureダイジェスト」2月号から。このシリーズも5回目を迎えて、今回も個人的に興味を持った記事をピックアップして紹介してます*。過去の記事は関連記事を御覧ください。
1337人に贈られた科学賞
さて、冒頭に記載したように「ブレークスルー賞」なる賞で、なんと1つの賞に1000人以上の受賞者が生まれたそうです。そもそも、読者の皆さんはこの賞聞いたことありましたか?(私は全く知りませんでした)。
記事によると、優れた業績を挙げた研究者を毎年表彰するもので、2012年に基礎物理学賞が設けられ、現在、生命科学賞と数学賞もあるそうです。1つの賞の賞金はなんと300万ドル(約3億6000万円)。新興の科学賞であるのでノーベル賞のような権威はありませんが、賞金だけなら圧倒的にノーベル賞を超えています。どこの誰が設立したかと調べてみると、Facebookのマーク・ザッカーバーグやアリババのジャック・マー、ロシア最大の投資家と言われるユリー・ミルナ−などIT起業家が設立したとのこと。
そりゃー賞金も高いはずだと思いつつ、本題へ。
今年のブレークスルー賞の基礎科学物理賞は、2015年ノーベル物理学賞と同じ「ニュートリノ振動」へ与えられました。東京大学の梶田隆章教授ら2名が受賞したので記憶にあたらしいことでしょう。それに対して、この賞での受賞者は1377人。5つの実験グループメンバー全員に贈られたそうです。そうなると賞金は300万ドル/1377 = 2178ドル(26万円)と、ちょっとした金一封程度になってしまいそうですが、中心となったリーダーには多く配分されるとのこと。納得。Natureダイジェストの記事では、ノーベル賞との比較や他の分野の受賞者について詳しく述べています。
設立者のユリー・ミルナ−曰く
「今回の授賞には、科学は100年前と比べてずっと多くの人々が努力を結集することで切り開かれている、というメッセージを込めています。現代の科学は、国際的で多様でたくさんの人が関わるものなのです」
とのこと。なんとなく分かる気がしますが、1000人超えは少しやりすぎにも思えなくはないです。ただし、この人数なら自分もいけるかもと思った方いるのではないでしょうか(苦笑)。これでも絶対無理と思った方にも、若手科学者賞(ニューホライズン賞)や、ジュニアチャレンジ賞(18歳以下)もあるようです。ただ、残念ながら化学賞はありません。ぜひつくってください。
なお、発表式典は生中継され、Youtubeなどにも動画があがっています。
遺伝子ドライブでマラリアと闘う
環境へのマラリアを制圧する30年間にわたる探索に終わりを告げるだろう
今月号の表紙になっている記事です。「遺伝子ドライブ」という名前が格好良かったので読んでみました。遺伝子ドライブ(gene drive)とは、植物や動物の集団全体を短期間で改変するための最先端の遺伝学的技術。もっと簡単にいうと、この技術を使えば、例えば性別を決定する遺伝子を改変して子孫がオスになる確率を限りなく100%まで高めることができます。
ノーベル賞最有力候補として一躍有名になった遺伝子改変技術「CRISPR-Cas9」をもちいてこれが可能となったわけですが、その超最新技術を使って”闘う”のは、これまで人類を手玉に撮り続けた感染症「マラリア」。マラリアを媒介する蚊に対してその増殖と伝播を阻止することができる耐性遺伝子を組み込み、遺伝子ドライブを使えば、通常、遺伝子が子孫に伝わる確率は50%のところを100%近くまであげることができるというのです[1]。つまり、理論的にはこの蚊を繁殖・拡散させれば、マラリアを永久に根絶できる可能性があるといえます。
素晴らしい!と両手をあげて喜びたいところですが、いつも問題となるのはゲノム改変であるがゆえの生態系にもたらすリスクと驚異。映画のようにならないようにバイオハザードに対する対策や倫理的な問題の解決は重要なところです。記事では、この遺伝子ドライブ技術の詳細と、科学のチカラで行った安全対策(記事:遺伝子ドライブの安全対策)についても紹介しています。
[1] “Highly efficient Cas9-mediated gene drive for population modification of the malaria vector mosquito Anopheles stephensi” Gantz, V. M.; Jasinskiene, N.; Tatarenkova, O.; Fazekas, A.; Macias, V. M.; Bier, E.; James, A. A. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2015, 112, E6736. DOI: 10.1073/pnas.1521077112
「多孔性流体」が誕生!
液体なのに空孔を維持することができる?多孔性材料に新たなファミリー、「多孔性流体」が加わる
今月号の中で化学っぽい記事はこちら。固体の多孔性材料は数多く存在しますが、液体はありませんでした。なぜなら形成された空孔を永続的に維持するのが難しいから。ところが、昨年、液体の多孔性材料、「多孔性流体」が開発されたというのです[2]。開発したのはカナダ、クィーンズ大学のJames教授。
どうやって、そんな材料をつくるんだと思いますが、発想は至って簡単。多孔性分子を溶けるように修飾すればよいのです(下図)。しかし、アルキル鎖をつけて溶けるようにしましたが、アルキル鎖自体が空孔を埋めてしまって多孔性材料になりませんでした(下図b)。今回James教授らは環状のクラウンエーテルを多孔性分子につけて、空孔内への侵入を防いだそうです(下図a)。
実際には「形状保持型分子ケージ」[3]にオリゴエーテル基をつけたものを合成し、15-クラウン-5に溶かしたところ、しっかりと空孔を保ったままの多孔性分子、「多孔性液体」となったそうです。
記事では、より詳しい話と、多孔性流体の応用の可能性についても語っています。[2] “Liquids with permanent porosity” “Giri, N.; Del Pópolo, M. G.; Melaugh, G.; Greenaway, R. L.; Rätzke, K.; Koschine, T.; Pison, L.; Gomes, M. F. C.; Cooper, A. I.; James, S. L. Nature 2015, 527, 216. DOI: 10.1038/nature16072 [3] “Porous organic cages” Tozawa, T.; Jones, J. T. A.; Swamy, S. I.; Jiang, S.; Adams, D. J.; Shakespeare, S.; Clowes, R.; Bradshaw, D.; Hasell, T.; Chong, S. Y.; Tang, C.; Thompson, S.; Parker, J.; Trewin, A.; Bacsa, J.; Slawin, A. M. Z.; Steiner, A.; Cooper, A. I.;Nature Materials 2009, 8, 973. DOI: 10.1038/nmat2545
その他の記事
もちろんここであげた記事の他にも多くの記事、ニュースが掲載されています。無料公開は自然科学研究機構(NINS)のアストロバイオロジーセンターについて述べている「生命誕生のカギを宇宙に探す新拠点誕生!」と遺伝子編集技術→ヒトの治療に使う潮流について述べた「医療現場に押し寄せる遺伝子編集の波」。その他にも、「米国で遺伝子組換えサケが食卓へ」や「ヒトゲノム編集の世界情勢」など遺伝子改変技術に関する記事が多いところが、現在のこの分野の人気を物語っています。
今月号は日本人の研究者を紹介する「Japanese Author」はなく、その代わり昨年に公開された画像のなかで驚愕もしくは感動したものを集めた「とっておき年間画像特集2015」という記事があります。科学の写真は本当にきれいですよね。
見逃した科学ニュースをよむ、日本語の勉強にも
ということで今月もNatureダイジェストの一部の記事を紹介しました。科学のトップニュースを振り返るにも適していますね。ブレークスルー賞も日本語でも紹介されていたにも関わらず全く知りませんでした。その他にも「カナダ首相が科学関連の大臣ポストを新設」という気になる記事もありました。科学者が就任したらしいですが、日本だったら誰がなるのでしょうか。
また、ちょうど卒論の時期ですので述べますと、面白い科学の内容を面白く書いている二次情報誌は文章を書くときにも非常に参考になります。もちろん卒論とは正確さなどの意味で異なる部分もありますが、人にものを伝えるという意味では同様です。先生に、何を言っているかわからん!と言われている学生は、科学の知識も増やせて一石二鳥ですので、ぜひNatureダイジェストを購読してみてはいかがでしょうか。
NATUREダイジェスト関連過去記事
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ゴジラ級のエルニーニョに…出会った!:2016年1月号
-
ゾウががんになりにくい本当の理由:2015年12月号
- 次なる新興感染症に備える:2015年11月号
- 「Natureダイジェスト」で化学の見識を広めよう!:2015年10月号
外部リンク
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