Tshozoです。だいぶ間が空きましたが「地方(地域)の光る化学企業シリーズ」、再開したいと思います。
これまでのシリーズはこちら
今回は化学企業というか、化学専門商社「長瀬産業」殿。書こうと思っていたのは1年以上前だったのですが、そもそも同社が地方企業と言うべきか迷った(同社は元々京都・大阪を拠点にしていました)のと、商社機能がメインであるということ、あと同社の規模が非常に大きい(直近売上高で約7500億円!)ため今回の採り上げるべきか悩んでおりました。
ですが、この正月実家に帰った際、昭和のはじめあたりの同社の社長さんと、筆者の祖父とが些少ながらご近所のご縁があったということが判明しましたため、同社をテーマとしたのも何かのご縁だろうと感じ、書くことにしました。お付き合いください。
長瀬産業とは
同社のHPにおける沿革が非常に充実しているのでわざわざ述べるのも烏滸がましいのですが概要を。元々は京都で染料問屋を営んでいた「鱗形屋」が起源です。そこから明治、大正、昭和に至っては外資系化学会社から各種化学材料を仕入れて捌く純粋な(?)中堅商社でした。しかし戦後の中興の時代に至り、自ら商品開発・研究開発機能を持つようになったという、珍しいタイプの発展をされています。
そして現在創業184年! 純然たる化学系の企業で、ここまで長期に商売を発展・継続されている会社というのも非常に稀なのではないでしょうか(無機産業にこだわれば、森村グループがありますがまた別の機会に)。
同社の創業期歴史 まとめ 同社の社外発表資料より引用(こちら)
なお重化学工業系の企業というのは精製技術だったり、重合技術だったり基本となる技術が先にあるのが一般的です(あくまで一般的見解)。この間少し記事にしていた石油産業はその典型ですね。精製したものをどう売りさばくかは技術とは別の問題になるわけで。
これに対し長瀬産業殿の場合は成り立ちが逆。商売ルートを確保しているのが先で、後から、そのルートを強化したり、より良い商品を手前で届けるにはどうしたらいいのか、ということで開発機能・研究機能を持つようになったものだと推測します。なお同社が開発機能を持ったのは同社播磨工場で行った輸入接着剤類(アラルダイトなど)の変性にまで遡りますが、純然たる研究開発センターを持つようになったのは1990年の以降で、今も着々とその機能を強化されているようです。
神戸市西区にある同社のR&Dセンター写真(同社HP こちらより引用)
神戸の、結構、山の中ですが海辺までは1hr(くらい)で出られます
蛇足ですが、成り立ちが似た企業が米国に1社あります。「3M」- Minnesota Mining & Manufacturingです。鉱山運営からスタートしましたがその商売は早々にたたみ、研磨材の販売などを通じて商品開発に軸足を置いた会社であり、会社の成り立ちが基本技術にあまり依存していなかったという意味でよく似ている気がします。実際現在の同社の基幹商品であるフッ素製品群も、元々はペンシルバニア州立大学のJoseph Simons教授から購入した技術(1944年)をもとにしたもので、自社でオリジナルに行っていた基礎研究から生まれたものではないようですね。しかし、そうした商売の中で手にしていった技術をもとにアメーバ的に商品枠を広げていくと言う点で、長瀬産業と共通点を感じた次第です。
得意分野は何か・注力分野は何か
上で引用した図にも記載されているとおり、もともとはチバガイギー(色材・染料類、現在はチバスペシャルティケミカルズとしてBASF所属)、イーストマンケミカル(写真関係化成品)、ユニオンカーバイド(無機材類・現ダウ・デュポン)、GE(変性エンプラ類・旧GEプラスチックス、現SABIC傘下)、といった欧米化学会社から輸入した商品の販売を手掛けていました。このため、創業にまで遡る色材類・化成品(染料・色素・顔料樹脂原料・添加剤)、樹脂類(樹脂そのもの)が従来の2本柱で、そこから派生した電子材(エポキシ等の封止材・機能性接着剤・フィルム類)、ライフ・サイエンス(農薬/医薬品原体、食品関係、化粧品関係)がここ数十年で新たに加わり、エネルギー分野にも進出しようとしているのが現在の状況です。
現在の同社を支える4つの柱事業 同社のIR発表資料より引用(こちら)
特筆すべきは電子材とライフサイエンスにおける、エポキシ樹脂を中心とした機能性樹脂とトレハロース。エポキシ樹脂については現在でも様々な先端機器に使用されているほか、高強度軽量材の代表格である炭素繊維の硬化樹脂にも採用が進んでいるようで、今後益々その活躍の場を拡げそうな勢いです。
またトレハロースについても(元々は岡山の一大企業であった「林原」が世界で初めて大量生産に成功したのですが)、一昨年に同社が会社更生法により創業者一族が去ったのち、かなりの投資とともに後を引き受けたのが長瀬産業殿です。林原社が債務をほぼ返却出来る状態(実際債務は、9割方創業者一族により返済された)で何故あのような残念なことになってしまったのか非常に疑問が残るのと、色々裏でなんか蠢いた形跡がある(林原 靖氏の書籍)(林原 健氏の書籍)のですがそこらへんの話は本件とは関係が無いはずなのでさて置き、林原社の食品・バイオ事業(トレハロース含む)を引き受けた同社は、バイオ系を含むライフサイエンス領域へ本格的に足を踏み入れています。
今更述べるまでもない「トレハロース」
その汎用性と重要性から、個人的にはノーベル賞クラスの業績だと(勝手に)思ってます
もっとも、同社には元々グループ内にナガセケムテックス、ナガセ医薬品、帝国化学産業という食品系・医薬系の材料を合成・製造可能な会社があり、特に生化学においては酵素を使った食品添加物としてのタンパク質(アミラーゼ)からはじまり医薬品原体、農薬原体の合成までも受託生産や自社開発生産していた(いる)という歴史があります。このため合成ノウハウは非常に多岐にわたっていると予想でき、一般的な合成受託会社等よりもより広範囲のサービスや開発品を提供できる実力が十分にあると推察されます。
何が源流か・特色は
最初に申し上げたとおり同社は「化学系商品に特化した商社」です。会社の本流もそこにあり、ビジョンを描いて売上げを上げ、利益を出せる商売力をその源泉とされています。単純に技術開発を本筋にしない点では3Mと共通した文化があり、「いかに顧客のニーズに応答するか」「いかに顧客の潜在ニーズを解釈し、次の種を蒔くか」がテーマであると言えましょう。昔は日本国内、特に関西以西に注力していましたが、現在ではその活躍の場は世界中に広がっています。
同社の世界の事業体 引用上記に同じ
しかしながら、こうした大規模な企業で、商社機能が本体で純粋な化学合成研究部隊や製造部隊を傘下に抱えているというのは珍しい。繰り返しになりますが、だいたいの化学会社は製造側が本体で商社機能は付属、という組織体が多いと思うのですが長瀬産業殿はその構成が歴史的に逆の順序になっている珍しい例なわけです。
そういう形態だと確かに対応できる製造量や製造技術についての経験や知見が小規模になりやすいという懸念はあるものの、顧客ニーズを素早くつかんで「量はドカンと出さないが、ニーズに対し素早く多種多様な商品群を提供していける」という現在の化学会社に求められる形態に近い組織体になっているのではないかという気がします。特にとにかく量を出す商売、いわゆるMass-Chemicalの商売が新興国との競合により日本国内で成り立ちにくくなっており、「より特別・特殊な多品種ショーケース」としての機能が商社にも必要になっている現状では、同社の存在意義は益々増していくのではないかと。
筆者の近くでも同社にお世話になっている友人が居ますが、とにかく動きが早い。あと合成部隊の方々に直接商品のことでご相談できる機会を頂くなどしており、営業力と技術力が同居する特異な組織だという気がします。一般の商社殿の場合(商品にも依りますし、他の商社各位を貶めるつもりは全くありません)、どうしても営業スタッフと技術スタッフが別会社、連絡取りにくい、技術の詳細な点が聞きにくいということが発生したりします。もちろん担当される方次第なのですが、少なくとも情報共有の点ではスムーズで非常にやりやすいなぁという印象を受けております。
【筆者戯言】商社のチカラと研究開発能力について
上述のとおり、同社の源流は価値創造とともにモノを届けて売り上げと利益を上げる、「商売」機能です。そこには別に科学的な研究開発というキーワードは無いわけです。先端研究・基礎研究をしたからと言って売れる商品がすぐ出るわけじゃありませんからね。原料を1から創造するわけではないし、基礎的な反応開発を全面に出すわけではない。では、そうした中で研究開発部門というのはどういう存在意義になるのか。
下記は完全に筆者の推定なのですが、同社での研究開発の考え方の基本としてはどっちかと言うと「枯れた技術の水平思考」、システム最適化に貢献する「耳赤の一 手」ではないでしょうか。既に出ているソースを「あっち」から「こっち」に工夫と加工を施しニーズの合うものにして持ってこれる技術が要求されること になります。あと、時間軸が数年単位のテーマが多い=『鮮度』が要求されるのも特徴かと。つまりスピード感。長々とやってる間にニーズが消えてしまった、というケースも有り得ますからね。
具体例を挙げるとなると難しいですが、同社が手掛けているエポキシ系樹脂類が良い例でしょう。情報機器へ幅広く採用されている技術的な実績をもとに、以前日経新聞が出版した記事に載っていたように、スポーツカーのへの炭素繊維用高強度樹脂としての採用を足がかりに更なる売上増を目指すなど、同領域への参入が結構後発でありながら市販化を素早く実績化出来るその力量、ニーズを正確に素早くとらえた商品開発の賜物なのではないかと思います。
ただ、他の化学商社さんの例を挙げると、開発部門や新規事業部門などはだいたい営業部の真下、またはかなり小規模組織であることが殆ど。「金を稼ぐ」ことが会社の本筋と考えてしまうと、存在意義としてどうしても小さく、前面に出にくいケースが多い。また企業で「出世」するのは一般的にハートマン軍曹のような強圧的な極道っぽい親分肌の迫力を持ち、『商売』を成功できる方々で、慎み深い研究者タイプの方々はなかなか前面に出てこないケースが多いです。このため、商社内での研究開発部門と言うのは常に傍流に陥る危険性をはらんでいます(筆者のヒアリング例・体験例に基づくものですので、あくまで一意見としてお納めください・商社内に限らず一般的な企業だとどこでも起こり得ることでしょうけど)。
しかし、自らの手がけた商品が世に出回るという機会に巡り会えることは、一般の化学会社や製薬会社に比べてずっと多いのではないかと考えます。顧客が現に困っていることや、今後需要が伸びそうなことの情報を手に入れる機会が他の企業体に比べずっと幅広く、頻繁に入手できるのですから。こうした「ニーズドリブン」的な研究開発には出口観と事業観を持った名伯楽のような方が相当数必要になるでしょうが、もうすぐ創業200年に迫ろうという長瀬産業殿ならきっとやり遂げていかれることでしょう。
ということで今回はこんなところで。