[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ビタミンB12を触媒に用いた脱ハロゲン化反応

[スポンサーリンク]

ビタミンB12(図1a 別名:コバラミン)は、コリン環の中心にコバルトイオンが存在する金属錯体です。

ビタミンB12は配位子Lによって機能が異なり、生体内で10種類以上の酵素反応に関与しています。その例として、異性化反応(図1Ba)、メチル化反応(図 1Bb)、脱ハロゲン化反応(図Bc)が挙げられます[1]

2016-01-18_13-40-29

図1 (A) コバラミンの構造と誘導体 (B) 酵素反応の例

 

なかでも、テトラクロロエチレンの還元的脱ハロゲン化は、環境汚染物質の分解法の一つとして注目されています。この反応は、酵素中のビタミンB12と鉄-硫黄クラスターによって進行します(図 2A)。この反応機構の詳細は未だに解明されておらず、図2Bに示す2つの経路が提唱されています。いずれの経路においても、Co(I)が活性種となってテトラクロロエチレンを2電子還元することでトリクロロエチレンが生成し、鉄-硫黄クラスターがコバルトを2価から1価に還元することで触媒的に反応が進行します[2]

 

2016-01-18_13-41-09

図2 (A) 脱ハロゲン化酵素の構造 (B) 脱ハロゲン化反応の機構

 

本記事では九州大学の久枝良雄教授らによって報告された「ビタミンB12を触媒に用いた脱ハロゲン化反応」とその関連研究について紹介したいと思います。

 

ビタミンB12の生体外での応用

久枝らは、生物によって代謝されるため環境汚染性が低いビタミンB12を用いたグリーンケミストリーを展開しています。ビタミンB12の酵素反応を模倣するには、コバルト種を2価から1価に還元する鉄-硫黄クラスターの代わりとなるものが必要となりますが、ここで化学還元剤を用いるとグリーンケミストリーの考え方に反します。

そこで久枝らは、豊富でクリーンなエネルギーである光を用いた生体模倣触媒を開発してました。今回紹介するビタミンB12を酸化チタンに固定化させた触媒はその中の1つです。酸化チタンの励起電子の還元力は-0.5 V vs. NHEであり、コバルトイオンを2価から1価に還元するのに十分です[3]。実際に、彼らは2009年に触媒1を開発し、DDTの還元的脱ハロゲン化を達成しました(図 3A)[4]。この触媒は不均一系触媒であるので、反応後の分離が容易かつ、再利用も可能であることからクリーンな触媒と言えます。

これまで、Co(I)の自然酸化や触媒の分解を防ぐため、不活性ガス雰囲気下で反応を行ってきました。そこで最近、久枝らは、空気中でも安定な触媒2を開発し窒素雰囲気下で反応を行ったところ、ベンゾトリクロリドからジクロロスチルベンが得られました[5]。一方で空気中では脱ハロゲン化で止まらず、さらに酸素と反応し、エステルが生成することを見出しました(図 3B)。この反応は、中間体として酸クロリドが生成するため、過剰量のアミン存在下ではアミドが生成する。また、この反応は空気中、室温で進行するため、環境への負担が少ないと考えられます。

 

2016-01-18_13-43-23

図3 (A) DDTの脱ハロゲン化反応 (B) 最近開発した空気に安定な触媒による脱ハロゲン化反応

 

まとめ

DDTやベンゾトリクロリドは第1類特定化学物質に指定されており、「微量の曝露でがん等の慢性・遅発性障害を引き起こす物質」として位置づけられています。これまでにもビタミンB12を触媒に用いた脱ハロゲン化が報告されていますが、さらに反応を空気中で行うことで環境汚染物質を有用な化合物へ変換できたのが注目すべき点だと思います。

 

参考文献

  1.  Giedyk, M.; Goliszewska, K.; Gryko, D. Chem. Soc. Rev. 2015, 44, 3391. DOI: 10.1039/C5CS00165J
  2. Hisaeda, Y. Bull. Jpn. Soc. Coord. Chem. 2009, 54, 10. [PDF]
  3. Izumi, S.; Simakoshi, H.; Abe, M.; Hisaeda, Y. Dalton Trans. 2010, 39, 3302. DOI: 10.1039/B921802E
  4. Shimakoshi, H.; Abiru, M.; Izumi, S.; Hisaeda, Y. Chem. Commun. 2009, 6427. DOI: 10.1039/B913255D
  5. Simakoshi, H.; Hisaeda, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 15439. DOI:10.1002/anie.201507782
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 炭素をBNに置き換えると…
  2. ノーベル化学賞を担った若き開拓者達
  3. 第14回ケムステVシンポ「スーパー超分子ワールド」を開催します!…
  4. 生物のデザインに学ぶ-未来をひらくバイオミメティクス-に行ってき…
  5. 化学者のためのエレクトロニクス講座~有機半導体編
  6. 二段励起型可視光レドックス触媒を用いる還元反応
  7. 触媒量の金属錯体でリビング開環メタセシス重合を操る
  8. 市販の化合物からナノグラフェンライブラリを構築 〜新反応によりナ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 荷電π電子系の近接積層に起因した電子・光物性の制御
  2. ジョン・トーソン Jon S. Thorson
  3. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2018年版】
  4. 日宝化学、マイクロリアクターでオルソ酢酸メチル量産
  5. 新しい太陽電池ーペロブスカイト太陽電池とは
  6. 2012年ノーベル化学賞は誰の手に?
  7. 架橋シラ-N-ヘテロ環合成の新手法
  8. 韮山反射炉に行ってみた
  9. 【基礎からわかる/マイクロ波化学(株)ウェビナー】 マイクロ波の使い方セミナー 〜実験動画、実証設備、安全対策を公開〜
  10. スケールアップのポイント・考え方とトラブル回避【終了】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
29  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー