2016年は年初からかなり多くのスポットライトリサーチにお答えいただいており、現在数件以上すでに脱稿いただきました。徐々に公開していきますのでもう少しお待ち下さい。
さて、10回目となりました、スポットライトリサーチは、北海道大学大学院工学研究院有機元素化学研究室(伊藤肇研究室)に所属する博士後期課程2年の久保田 浩司さんにお答えいただきました。伊藤肇先生に関しては以前、研究者へのインタビューに登場されていますので、こちらを御覧ください(第12回 金属錯体から始まる化学ー伊藤肇教授)
久保田さんは、経歴を見てもらえればわかるようにこれまでも多くの賞を受賞しています。さらに、昨年行われたPacifichem 2015で見事、ポスター賞を受賞しました。3645名中54人、受賞率1.2%という難関です。
今回はその受賞された研究を久保田さんに紹介いただきました。それではどうぞ!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
「インドールの触媒的不斉ヒドロホウ素化反応の開発」です(トップ図)。
“Enantioselective Borylative Dearomatization of Indoles through Copper(I) Catalysis”
Kubota, K.; Hayama, K.; Iwamoto, H.; Ito, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 8809.
不斉ヒドロホウ素化反応は、最も古典的かつ実用的な光学活性有機ホウ素化合物の合成法です。これまでに様々な反応が開発されてきましたが、脱芳香族化を伴う不斉ヒドロホウ素化反応は報告例がありませんでした。本研究では、2位にエステルをもつインドール類に対し、銅(I)触媒による脱芳香族不斉ヒドロホウ素化反応が高ジアステレオかつエナンチオ選択的に進行することを初めて見出しました。
「芳香族化合物の不斉ヒドロホウ素化」という新しい方向性を提示できた、ホウ素化学における重要な研究成果であると僕たちは考えています。。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
不斉ヒドロホウ素化の開発研究ではライバルが多いため、ユニークさが出るようにテーマ設定に工夫が必要です。
学部4年生の頃からホウ素化反応の開発に携わってきましたが、
「反応しやすい基質は何か?」
という点にずっと執着して研究をしていたように思います。
しかし、ホウ素化合物はあくまで合成中間体であり、
「ホウ素官能基を入れるべき骨格とは何か?」
という観点で研究すべきであることにふと気付いたのが博士後期課程1年のとき。
そこで着想したのが、飽和アルカロイド類にホウ素を自在に入れることのできる新反応、脱芳香族不斉ヒドロホウ素化反応の開発でした。
ヘテロ芳香族化合物は安価で手に入れやすく、今やC–H活性化等で誘導化も容易です。そういった化合物群に対し、あとからホウ素を立体選択的に入れて、生理活性をもつアルカロイド類を効率よく合成できないかと。
伊藤教授にこのテーマを提案したときは「そんな反応いかない」と言われましたが(笑)、共同研究者である羽山(修士1年)くんの絶え間ない努力によりインドールに有効な触媒系を見出すことができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところ、またそれをどのように乗り越えたか教えてください。
脱芳香族化は一般に、安定なものから不安定なものへの変換です。
ホウ素化反応の場合は特に生成物が不安定であり、反応が進行しても塩基添加剤による分解や再芳香化等の副反応が進行し、それらの抑制が大変でした。
結果的には用いる銅塩や塩基の種類、量等を精査することで解決しましたが、インドール以外の基質への展開を考えると悩ましい問題です(まさに今悩んでいます苦笑)。
また、得られるボリルインドリンの変換には同様に塩基性条件が必要であり、酸化反応は進行しますがクロスカップリング等への応用はうまくいっていないのが現状です(下図)。
かなり難しいですが中性に近い条件のC–B結合立体特異的変換反応なんてできないかなと考えています。そこまでできたら、この脱芳香族不斉ヒドロホウ素化反応の本領が発揮されるのですが。今後ぜひチャレンジしたいですね。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今思っていることが2つあります。
1つは、流行に左右されず自分がおもしろい!と思う化学をとことん貫きたいということです。
こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、あまり社会的な需要を意識しすぎず、自分が最も興味のあること、やりたいことに全力でぶつかっていきたいですね。自分の興味ですので120%の力が出ますし、長い目で見るとその方が結果的に社会の役に立つと思っています。
2つめは、自分に「有機合成化学者」というレッテルを貼らない、ということです。
これは高度に多様化している化学と向き合う上で最も大事だと思います。少し分野の違う学会でも突っ込んだ質問をしたいですね。この姿勢を常に根底にもって日々成長していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
常に客観的に自分の能力と向き合って下さい。
研究者は実験だけできれば良いというものではありません。専門知識はもちろんのこと、プレゼン技術や文章作成力、英語力、教育指導力、コミュニケーション能力、ときには美術センスさえ問われます(精神論ですが、死ぬほど実験に打ち込める情熱も必要!)。
これらのパラメータはすべて大事ですし、最初からすべてできる人はなかなかいません。なるべく早く自分の足りない能力を認識し、謙虚に向き合い、いかに伸ばせるかが成長の分かれ目だと思います。僕自身博士後期課程3年になりましたがまだまだ足りないものばかりで、先生はもちろん優秀な同期や後輩たちからも多くのことを学ぼうという姿勢で日々研究しています。
地道に努力し続けることで、世界の天才たちと勝負できる化学のプレイヤーに一緒になりましょう!!
外部リンク
研究者の略歴
所属:北海道大学大学院総合化学院 伊藤肇研究室 博士後期課程3年(日本学術振興会特別研究員DC1)
テーマ:銅(I)触媒による不斉ホウ素化反応の開発
経歴:1989年北海道千歳市生まれ。2012年3月北海道大学工学部応用化学コース卒業、同年4月同大学修士課程に入学、2013年10月同大学博士課程に進学(修士半期短縮)。2014年1月〜3月カナダ・アルバータ大学短期留学(Dennis Hall研究室)。2012年北海道大学工学部平成23年度ウィリアム・ウィーラー賞受賞(応用化学コース主席卒業)、2012年第59回有機金属化学討論会ポスター賞受賞、2014年北海道大学平成25年度大塚賞受賞(修士課程成績上位者)、2015年学術振興会主催第7回HOPE Meeting Fellowに選抜および優秀プレゼン賞受賞、2015年第6回大津会議フェローに選抜および研究企画賞受賞、2015年2015 Pacifichem Student Poster Competition Award受賞。