今年は既に3回目、そして昨年より第13回目となるスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科(生越研究室)博士課程3年の土井良平さんにお願いしました。
土井さんの研究テーマは、フッ素化合物と遷移金属を組み合わせた、新しい有機合成法の開拓です。含フッ素化合物の合成法は近年急速な発展を遂げていますが、特にC-F結合活性化を通じた変換は、そもそも分解されにくいフッ素化合物の効率的処理や、フッ素化合物の新規な合成経路開拓などの観点から、重要度が高いとされる難関テーマです。
研究成果はもちろんのこと、研究室ライフでも八面六臂に大変ご活躍のご様子であり、ユーモラスな人柄が回答からもにじみでています。研究室を主宰される生越専介教授のコメントにもそれは端的に表れています。
土井君は、学部四年生に進級する際に生越研へと配属となりました。土井君には、フッ素関連研究テーマをして貰っていましたが、最初の論文を発表後は、完全に一人でテーマ探しから、実験、論文作成、さらに学生の面倒まで見るスーパー学生としてその能力を遺憾なく発揮して研究室を盛り上げてくれました。その能力は、研究だけではなく宴会での場でも発揮されており、若手の会での名作を研究室旅行にて再演してもらった時には、私も涙が出るほどに笑いました。このように、研究以外の能力も磨き続けてこれからも活躍してくれると思います。
先日ホノルルで開催された国際学会Pacifichem2015の学生ポスター賞受賞者の一人ということで依頼させていただきました。それでは今回もお楽しみください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください
Pacifichem 2015では「含フッ素遷移金属エノラート錯体」について発表させていただきました。
含フッ素遷移金属エノラート錯体はCF2化合物合成における鍵中間体であるにも関わらず、構造決定はわずか1例、しかも反応性に関する知見はほぼ皆無でした。[1] 本研究では、トリフルオロアセトフェノンのC−F結合をNi(0)とB(C6F5)3の作用により効果的に切断できることを見出すとともに、生成する含フッ素ニッケルエノラート錯体がアルデヒドと速やかにC−C結合を形成することを明らかにしました。[2,3]
また、この知見をもとに開発した、安価なトリフルオロ酢酸誘導体から一段階でCF2化合物を合成できる触媒反応についても述べさせていただきました。[4]
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究で扱う大半のニッケル錯体にはカウンターアニオンとして[FB(C6F5)3]–が含まれています。これがなかなか厄介で(このカウンターアニオンが直接的な原因である科学的根拠はありませんが)、単離精製や再結晶が困難でした。そのため、再結晶の条件検討をいろいろ試してみたり、カウンターアニオンの交換を検討したり、結晶化しやすそうな基質との反応を検討したりといろいろな工夫と遠回りをしました。思い入れがあるのは含フッ素ニッケルエノラート錯体のX線結晶構造解析です。この錯体は、先生方には黙って合成していましたので、構造解析をしながら、この構造を目で見て知っているのは世界で今、自分だけだと思い、とてもワクワクしたことを記憶しています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究テーマの設定が一番難しかったと思います。本研究の前には、テトラフルオロエチレンやパーフルオロアレーン類のC−F結合活性化に従事していましたが、Dr進学を期に、他のターゲットを設定したいと思いました。[5] その結果たどり着いたのがトリフルオロメチルケトンで、この化合物のC−F結合を切断してC−C結合形成反応が出来れば、安価なトリフルオロ酢酸誘導体から重要な合成ターゲットであるジフルオロメチレン化合物を合成できるのでは、という発想に至るのにかなり長い時間を費やしました。また、この目標のために基質も金属も変えたので、最初はかなり手さぐり状態が続いて大変でした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
社会的なインパクトのある化学の研究に携わっていきたいと思っています。化学反応や新しい化学物質はサイエンスとして純粋に興味深いものであり、その視点は忘れたくないと思う反面、歴史的に見て、化学の進歩が社会に大きく影響してきたことも事実です。これはすなわち、社会的なインパクトのある仕事ができる可能性をすべての化学者が持っているということだと私は解釈しています。人間社会にプラスの影響を与えられるように化学が発展していくことを願い、また微力ながらそれに貢献していきたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
化学者はもっとよく寝た方がいいと思います。休みも大切にした方がいいと思います。働きすぎは身体にも心にも悪影響ですし、友達とたくさん飲んで遊んだ方が人生きっとハッピーです。そんな当たり前のことを忘れさせてしまう場所、それが楽しくて楽しくてたまらない化学の研究室なんですよね。分かります。でも、これを読んだ皆さま、今日はちょっと早く帰ってみませんか。・・・せめて今日中には帰りませんか。
参考文献
- D. R. Russell, P. A. Tucker J. Chem. Soc., Dalton Trans. 1975, 2222.
- R. Doi, K. Kikushima, M. Ohashi, S. Ogoshi J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 3276. DOI: 10.1021/ja511730k
- Related C−F bond activation promoted by addition of B(C6F5)3: M. Ohashi, M. Shibata, S. Ogoshi Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 13578.
- R. Doi, M. Ohashi, S. Ogoshi Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 341.
- a) M. Ohashi, T. Kambara, T. Hatanaka, H. Saijo, R. Doi, S. Ogoshi J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 3256 DOI: 10.1021/ja109911p; b) M. Ohashi, R. Doi, S. Ogoshi Chem. Eur. J. 2014, 20, 2040.
関連リンク
研究者の略歴
土井良平
所属:大阪大学大学院工学研究科分子創成化学コース 生越研究室 博士後期課程3年
日本学術振興会特別研究員DC1
研究テーマ:遷移金属錯体を用いたC−F結合の活性化
略歴:1989年大阪府生まれ。2011年大阪大学工学部を卒業後、同年大阪大学大学院工学研究科(生越研究室)に入学。2013年に博士前期課程を修了し、同年博士後期課程へ進学。大津会議アワードフェロー。2015年8月から10月にかけて、California Institute of Technology(Prof. Brian M. Stoltz)へ留学。