Tshozoです。若干時節を逃している気がしますが、昨年末に化学業界を賑わしたタイトルの話題について。
詳細は化学産業関係で最も重要なこちらのブログ(通称「knak-blog」)の記事、「Dow と DuPont、経営統合を発表」をお読みいただくとして、1990年あたりから化学産業がどんな感じで変わってきてるかを些少ですが書かせていただきます。独禁法とかにひっかからなきゃうまく合併が進むはずなので、それを前提に。
まず概要ですが、新会社「ダウデュポン」の売上高は2014年ベースで930億ドル(約11.1兆円)。これまで化学分野世界トップで筆者が個人的に応援しているの欧州の雄BASF(745億ユーロ・約10.9兆円)を抜き去り、世界トップの売上高を誇る化学会社が出現します。
なお合併後は、ダウ・ケミカル株主が52%、デュポン株主が48%の比率となる模様。新会社である「ダウデュポン」のCEOには現デュポン エド・ブリーン氏が就任、現ダウ・ケミカル アンドリュー・リバリス氏は執行役会長に就任されるようです。
会社発表に基づくと対等合併(Merger of Equals)と発表していますが議決数だけで言うとダウによるデュポンの買収、とも解釈されるわけですが真相は果たして。
特にダウ・ケミカルはここ10年ほど事業の買収・売却を繰り返しており、今回の件についても同社CEOリバリス氏が「ここ10年間の集大成だ」と公言して憚らないほどですから筆者の感覚からすると上記の解釈は案外的外れじゃないんじゃないかと邪推しております。
この2社が合併するということに隔世の感があります
なおDupontのテフロン事業は2015年の筆者の誕生日に別会社として分離済
ともかく、1990年あたりから特に国外で進んでいる化学会社の再編の様子をBASFによるこちらの資料を借用し描いてみました。あくまで有機化学ベースで、Rohm and Haas、Corning関連の買収についてはまた機会をあらためて。あと都合によりPharma関係は色々割愛しておりますがご了承ください。
で、上図を見るとなんか色々えらいことに気づきます。
- ICIとか、ヘキストとか、筆者(**歳)になじみのあった会社が実質無くなった
- いわゆる「化学会社」で、製薬に本格的に関わっている会社がBayerだけになった
- BASFまでもコモディティ関連を外に放り出しつつある
- ダウデュポンからはコモディティ関係が無くなったのに売上高では世界一
- Plant Protection(農薬/肥料含む)が大激戦 図にはないがこれに加えMonsantoがある
- Specialty Chemicals も殴り合い、加えて中東のSabicが食指を伸ばしてきている
- コモディティ部分も殴り合い, 要は全分野ドンパチ中
(中国最大の化学会社Sinopecも書いてないが、実はコモディティ関係で凄まじい勢いがある)
・・・と、要は研究開発を行って利益の高い所を押さえようとするのが先進国の化学会社のあるべき姿だとすると、大組織、全方位で攻める戦略は最早過去の遺物、各社分野ごとに切り離して自立させていこうと。「連隊を分割する、各自幸運を祈る」ということですね。
次の展開としては、右上あたりの企業体がスケールメリットと世界展開を目指し、INEOSあたりを中心に合従連衡を組むんではないか、なんて夢想しておりますが。なお我らがBASFは2009年あたりまでこうした流れに真っ向から逆流し全方位戦を仕掛けておりましたが、昨今の状況には逆らえないのか、同社にとって歴史があるStyroporのアメリカ事業を売却するなど戦略の転換を強いられています。
ただ、これらはずーっと前から言われていることなんで特に真新しくはないですね。
戦艦大和を作ってしまっても、実際には空母から飛んでくる軽量な飛行機に壊されるように本体の動きがとろいとすぐ市場やライバル、環境に潰されてしまう。某産業のように根本的なニーズが変わらない分野もごく一部にありますが、基本的にはどこも札束と鈍器(技術)を使った殴り合いであることに疑いの余地は無いと思います。
なお生命、衣食住という人間にとり根本的な分野に各軍攻めていかないとアカンようになってきたというのはBayerのCovestro分割の記事で書いたのでとりあえず放置で。
こちらの記事で使った図を少し改編 出来るだけ上の方へ攻めていくのに
事業統合等を行っているのがここ10年くらいの傾向
Formosa等は安くても売れるよう、販売面で色々工夫をしているもよう
で、今回の記事で改めて思ったのは「金主はやっぱり強いんだなぁ」ということです。
Dupontのここしばらくの経営情報を見てみると、この合併前に同社の金主からプレッシャーを受けています。曰くコモディティ関係からさっさと足を洗い分社化しろ、曰く機能化学品を分社化しろ、曰く不採算部門を切り離せ、云々。
やろうと思っても戦略上そうそうすぐ動けるわけがないのがわかっていても金主は還元金(配当)が欲しいのでガンガン要求を突き付ける。一般に製造業における利幅は10%以下と言われますが、こうした金主はそれを無視したような還元金を求めることもあるようで・・・。加えて化学系の投資回収に見込む減価償却期間は長いもので十数年に及ぶものがあるのに、株主はもっと短期でのリターンを求める構図が続いており、ここらへん、「はたして製造業は資本主義に追いつけるのか」という問題に行き着くような気がしないでもないです。
筆者のごたくは置いておいて、デュポンの場合、金主の一部との殴り合い議論の結果こういうこと→(knak-blog「『デュポン、物言う株主と株主総会で対決』」)になっていました。ダウもこんな感じ→(knak-blog『物言う株主、ダウケミカルの分割を要求』)で特定の金主から経営陣を変えろ云々の脅し主張を受けていました。
結局こうした金主からのプレッシャーが今回の再編劇の理由の一つになったようで、火薬で財を成し、テフロンを合成し、ナイロンを発明し、ケブラーを創り上げたあのDupontでも、アメリカ最大の化学会社の一つDow Chemicalでも「泣く子と金主には勝てぬ」の結果合併へ至ったと推測することが出来るのではないかと思います。
こういう流れを見るにつけ、学術には学術の、商売には商売のむずかしさがありますが、特に最近化学を含む製造業で商売を行うことのむずかしさが筆者が過去に考えてたよりもずっと難しくなっている気がします。単に筆者が時代遅れになっているだけな気もしますが。ともかくここらへん戦術(技術)に拘泥して実戦(商売)に負けた旧日本軍と同じ轍を踏まぬよう、本当に何が大事な技術なのかを常日頃意識していきたいものです。
【下記筆者のごたく】
本当に当たり前のことですが産業というのは投資(元手)が無きゃはじまりません。国立のアカデミアで税金を元手に科学的仮説(正しいか、正しくないか)を検証するように、産業は金主から集めた金を元に商売的仮説(儲かるか、儲からないか)を検証するわけです。
ですがその金主は自らの腹を賭けているわけで、基本的に技術的に凄いかどうかなんざ関係が無い、儲かるか、儲からないか、。 各社そのために必死になってコスト、経費、人員を調節し金主に還元する方法を考えています。経営者にとっては金が無いのは首が無いのと一緒、この「金主に 金策に回る」という経験をしたことがある人にとっては身投げを考えるのも選択肢に入るほどの恐怖を味わうことになるわけで、経営者の方々は基本的にそっちの方を向くことになります。
この結果、経営者が技術とは全く違う方面を向いている、と構成員が感じるのは仕方がないことなのかもしれません。その結果、今も昔もその帰結として「構成員の主力である技術屋さんの大多数が奴隷化する」という、悲しい方向に向かうことになるわけで。特に撤退戦がうまくいかないと各分野が焦土化するケースもあります。
これを防ぎたければ自らが金を集め、経営者となり、構成員の幸せと経営者の幸せ、株主の幸せが一致する「つくって喜び、売って喜び、買って喜ぶ(本田宗一郎のことば)」という仕組みを考えねばなりませんがそんな無理なこと、出来りゃやってますね。そういうことが出来るのはきっとごく限られたリーダだけなのでしょう。学生の各位がこの「無理なこと」を目指して組織をつくっていかれることを祈っております。
以上、今回の合併劇について色々と書いてきましたが、何かご利益になりそうな情報があれば筆者にとり幸いです。
今回はこんなところで。