Tshozoです。社会人と言えども新着論文チェックは欠かせません。
今回の内容は他のサイトに結構採り上げられてるために実質二番煎じなのですが、もう少し掘り込んでみたご報告を。紹介するのはNature Communicationで発表されたもので、
“Photonic crystals cause active colour change in chameleons”
Nature Commun 2015, 6, 6368 DOI: 10.1038/ncomms7368
です。ジュネーブ大の1802年から200年以上続く名門生物学研究所(リンク)から出た論文で、
『カメレオン(の1種)がどうやって肌の色を変えてんのか』
ということを、分析機器をフル活用し突き止めた、生物学+化学+遺伝学+物理学をごたまぜにしたような興味深い研究です。相手がナマモノということで、生物を高校1年で捨てた筆者には「そもそも細胞採取から分析までいったいどうやったのか」レベルが気になるところですが、細かいテクの話はさておき、早速いきましょう。
論文概要
概要と書きながらいきなり結論を書きますと、
「皮膚最表層にある、ナノ構造を持つグアニン結晶の間隔が変わることによって見える色が変わる」
と報告されています。今回の論文のポイントである図を貼り付けますと、
肌表面の断面画像(左)と、2層ある表皮のそれぞれの「興奮時の」TEM画像
スケールバーは断面画像が200um, TEM画像が200nm
こういう蓮コラ相分離っぽい構造のものがカメレオンの肌表面にあり、これの位置が(間隔が)変わる結果、色が変わって見えるということです。TEM像は、それぞれの色の状態で皮膚を採取しミクロトームで削り、染色後撮影したようなのですが、染色してるとは言えようもまぁこんなに有機物を綺麗に撮影できるなぁと。最近は機器が進化してるので昔ほど苦労はしないでしょうが・・・御託はともかく、論文内では
“we show that chameleons have evolved two superimposed populations of iridophores with different morphologies and functions: the upper multilayer is responsible for rapid structural colour change through active tuning of guanine nanocrystal spacing in a triangular lattice, whereas the deeper population of cells broadly reflects light, especially in the near-infrared range”
と書いてあるように、この最表層部(論文内:s-iridophores 「表層色素胞」とでも言いましょうか)の構造変化が急速な色変化のひみつである、としています。
S-iridophoresの興奮前後の様子と、構造変化まとめ図
この結晶胞をシミュレーションした反射光の色傾向とも一致しており、完成度の高い内容と言える
論文中では四角い白いものが「グアニン」のナノ結晶であるとしているが、白いもの以外は一体何なのか・・・?
色が変わる、となると以前の記事(「消せるインクのひみつ」)に記したように、分子構造が変わるんじゃないのかとも思われるかもしれませんがカメレオンの場合はそれと違い、いわゆる「構造色」と呼ばれる分類に属する、ということです。少し前までは細胞内の色素の一種であるメラニンの濃度が変わるから、というのが有力な説だったようですが、今回の結果はそれを完全に否定したことになりましょう。
なお今回反射光のモデル計算で使われたのは、MITが提供している”MIT Photonic Bands Package“というフリープログラム。こんなもんをフリーで提供するあたり、何とも凄まじい底力。ややこしそうなので筆者は使いたくもありませんが光学結晶の研究要素が必要な方が居られたらトライされてみてはいかがでしょうか・・・。
構造色ってなんぞ
構造色はその名の通り、構造によって見える色彩です。何を言ってるか筆者にもわかりません。とにかく具体例を挙げると、CD。
CDの表面はマイクロメータレベルの凹凸があり、(見える角度によって)散乱される波長が変化するためその色が変わる。しかし、実際にはアルミが表面に蒸着されているだけで、煮出しても別に色素が出てくるわけではない。そういうものを構造色と言います。この凹凸のサイズで色も変わるのが、CD, (DVD), BDで少しずつ色が変わる理由です。BDに至ってはより微細なナノレベルの凹凸ですのでより短波長側の青色が強く見えることになります。カメレオンで見た色変化を起こしているグアニン結晶の間隔変化は、この凹凸の間隔を変えているのとほぼ同義、ということですね。
より微細な構造を持つBDの方が、短波長を持つ青色を反射しやすい
CDの表面構造例 溝と溝のピッチがだいたい1.6umくらい
スケールは異なるが、確かに上で出したカメレオンの細胞構造と似ているように見えなくもない
なお自然色の構造色で有名なのが、熱帯地方に居るモルフォ蝶における輝く青色の羽と鱗粉。これも羽と鱗粉そのものの色素による色ではなく、微細構造によって「変換」された反射光であることはあまりにも有名です。大阪大学の木下修一名誉教授の 歴史的な成果を示した論文(“Structural Colors in Nature: The Role of Regularity and Irregularity in the Structure”, ChemPhysChem 2005, 6, 1442 – 1459)及びその後のマイルストーン的な論文(“Rendering Morpho butterflies based on high accuracy nano-optical simulation”, J Opt (January–March 2013) 42(1):25–36)に基づくと下図のようなイメージで入射光が反射、干渉、散乱されてあの色になるということ。ここらへんの電磁波の話も少し復讐して整理したいところですが本論から離れるので今回は割愛。
モルフォ蝶の見事な色とその鱗粉の構造
上記の木下修一名誉教授の論文より引用
ただモルフォ蝶のケースは構造が固定されているため、変色は困難です。これに対しカメレオンの場合、皮膚にこの構造を組み込んであるために色を変えられる、というのが大きな特徴ですね。
またどのようなメカニズムによってこの変化が生じるのか、についても今回の論文では詳細に調べており、取り出した細胞を浸透圧が異なる溶液に浸漬することで色変化を再現させることに成功しています。まったくナマモノというのは何をしでかすかわかりゃしません。
他の生物との差異
基本的に他の生物もよく似たような構造を持っているようです。論文主筆のジュネーブ大学の生物研究所(学部の歴史リンク)のミリンコビッチ教授(研究室のリンク)はもともとカメレオンに限らず、トカゲやヘビ、その他コウイカ等動物たちの分類学をもともと進めており、代表的なものがたとえばこちらの論文(BMC Biology 2013, 11:105)。筆者は生物学はド素人なのでよくわからない部分があるのですが、どのタイプのトカゲのどの模様のものがああだこうだ、と非常に細かく分類しており、そのグループごとにどのような特徴を持っているかを分析しているものです。カメレオンでも同じようにノードを作ってるはずなのですが今回は見つけられませんでした、申し訳ないです。
あるトカゲの皮膚の色パターン、分類の一例
完成させると色々楽しそう
ただそうしたデータベースの比較は今回の論文でも行っており、論文後半を見ると(下図)、カメレオンと同じ皮膚構造を持っているお仲間は結構居るもよう。上の文では触れませんでしたが、色が変わるのに関わる皮膚層の、さらにその下の、かなりランダムな構造を持つ相分離皮膚層が爬虫類が共通して持っているのがわかります。今度はより波長の長い光(赤外線近傍)を防ぎ断熱の役割を果たしているとのこと。
上の三種がカメレオン類、下の三種がトカゲ類
変色できるカメレオンに対しトカゲ類にはそうした整列した相分離構造が無い
思うに、爬虫類は温度の大小で動きが大きく異なってしまうため、外部からの赤外線近傍の影響を受けにくくする必要があるわけで。特に熱帯地域では太陽光を防ぎ、体温を下げるほうに持っていかないと死んでしまいますどこかしら体がおかしくなってしまうでしょうから、こうした断熱構造を基盤に爬虫類として発展していったことがまず進化のスタートだったのではないでしょうか。カメレオンはその中で相分離構造をより「整列」させる能力を得て、色を変えられるようになったのだと思われます。今後、ミリンコビッチ教授得意の遺伝系統学で、どの時点でこうした能力をどのように得たのかが解明されることを期待しましょう。
工学的に作れるのか?
現状、あんまり出来てません。が、微細な材料を組み合わせることでまだ狭い範囲ではありますが再現出来るようです。たとえばこれ(Langmuir 2011, 27, 9676–9680)。コーネル大学の少し前の研究成果ですが、マトリックス材とポリスチレンの微粒子を自己組織化によって整列させ、それを膨潤の差異によって間隔を変えることで反射する色を変えられることを示したものです。
下図のスケールバーは1mmだから、ざっくり5mm四方のサイズしかまだ作れていない
ということで、もしこういうものを液晶画面並みに衣服に貼り付けて、バックグラウンドの画像を素早く認識し、その画像と同程度の色彩を映し出せれたらそれこそギリースーツなんて要らなくなり、光を曲げるあのプレデターみたいな生物が来なくても完全迷彩の出来上がりじゃないですか。というか軍事技術で確かそういうものを色々開発しているカナダの企業があった気がしますが。。。こういうモンが人斬り包丁になるか美味しい野菜を刻むかは使う人次第なのでここらへんはあんまり深入りしないようにします。
おわりに
色々生物というのは不思議なもんですが、考えてみれば人間の皮膚も驚異の構造なわけです。暑くなれば汗をかいて体温を下げ、メラニンで近紫外光を防ぎ、細胞が古くなったら凄い勢いで代謝する。今回調べた中でよくよく振り返ってみると、筆者は人間の汗腺の構造すら理解していませんでした。
人間のことをハダカケナシザル、と表現したのは藤子・F・不二雄先生でしたが(小学館 藤子・F・不二雄少年SF短編集 (2) 「絶滅の島」より)、人間がそのサルの中でも特殊な皮膚の構造を持ったように、カメレオンも環境に合わせて皮膚構造を特殊なものとし(または環境による選別に依ってか、ですが)長い年月をかけて今日に至ったのでしょう。役に立つ、立たないに関わらず、こうした皆が「興味深い」と思う領域には何か楽しいことが待っているはず。それこそが科学の最後の恃みとするところであると感じます。
ということで今回はこんなところで。