[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

不安定炭化水素化合物[5]ラジアレンの合成と性質

[スポンサーリンク]

 

ラジアレン(Radialene)は環状の共役炭化水素化合物で、シクロアルカンの全ての炭素にメチレンが置換した構造をもっています。

ラジアレン合成の歴史はおよそ50年前にはじまりました。1961年にヘキサエチリデンシクロヘキサン([6]ラジアレンがメチレンでなくエチリデン構造をとっている)が合成されたのです。それ以降[3]ラジアレン(1965年)、[4]ラジアレン(1965年)、[6]ラジアレン(1977)やそれらの誘導体が報告されています[1]

一方で、残った[5]ラジアレンはラジアレン類の中でも高い反応性を示すことから、はじめのラジアレン類の合成から40年以上経過した現在でも、その単離および同定には至っていませんでした。

しかしながら、最近オーストラリアのSherburnPaddon-Rowらによって、ついに[5]ラジアレンの合成が達成されました。

 

“[5]Radialene”

Mackay, E. G.; Newton, C. G.; Toombs-Ruane, H.; Lindeboom, E. J.; Fallon, T.; Willis, A. C.; Paddon-Row, M. N.; Sherburn, M. S. J. Am. Chem. Soc.2015, 137, 14653. DOI: 10.1021/jacs.5b07445

 

鍵となる合成法はひとことで言うと「鉄によるジエン部位の安定化を利用する」こと。また、彼らは[5]ラジアレンが高い反応性を示す理由を量子化学計算により明らかにしましています。今回はこの報告について紹介したいと思います。

2015-12-11_15-34-03

 

合成戦略

Paddon-Rowらはまず始めに目的化合物である[5]ラジアレンの反応性を量子化学計算より見積もりました。

その結果[5]ラジアレンは、[3], [4], [6]ラジアレンと比較し自己Diels–Alder反応を起こしやすいことが示唆されました。これまで報告されてきたラジアレンは全て高温条件で脱離反応や転位反応を経て合成されていますが(図1左)[1]、Paddon-Rowらの計算結果から、従来の反応条件では[5]ラジアレンの合成は困難であると考えられます。

そこでSherburnは[5]ラジアレンを合成するために、鉄と錯形成し自己Diels–Alder反応を抑える合成する方法を試みたのです。

穏和な条件で可逆的に鉄を付け外しできるため、これはジエン部位の保護基として利用できることは既知です。彼らは、以前にデンドラレンを0価の鉄と錯形成させることで、自己Diels­–Alder反応を抑えられることを報告しています[2]。そこでSherburnは同様の方法を[5]ラジアレンの合成に応用しました(図1右)。

 

2015-12-11_15-35-07

図1 Reported synthetic methods for [n]radialene (left), protection of diene by iron (right).

合成経路

こうして、Sherburnらは全10段階で[5]ラジアレンの合成に成功しました。詳細な合成経路は次の通り(図2)。

2,3-ジクロロブタジエン(2)の逐次カップリングおよびカルボニル化により4を合成した。片方の鉄を除去したのち、TMSCH2Li付加、脱水脱シリル化、鉄による再保護を経て[5]ラジアレン鉄錯体8を得ました。8はX線により構造を確認しています。8の重アセトン溶液をNMRチューブ中で–78 °Cに冷やし、CAN(硝酸セリウムアンモニウム)を計12当量加え48時間反応させたところ、1H NMRで[5]ラジアレンが観測され、NMR収率は27%でした。

合成した[5]ラジアレンの半減期は–20 °Cで16分であり、二量化反応が非常に速いことが分かりました。

 

2015-12-11_15-36-09

図2 Synthesis of [5]radialene and X-ray structure of the intermediate.

[5]ラジアレンの反応性

ここで、1つ疑問が生じます。

「なぜ[5]ラジアレンの自己Diels–Alder反応が他のラジアレンと比べてはやいのか?」

ということです。

それを明らかにするために、彼らは各ラジアレンのdistortionエネルギーと二量化した際のinteractionエネルギーを求めました(図3)。

その結果[5]ラジアレンはほぼ平面構造をとり、協奏的にDiels–Alder反応を起こしやすい構造であることが分かりました。

同様に[3]、[4]ラジアレンも平面構造をとるが、エキソメチレン同士の距離が遠いため自己Diels–Alder反応が起こりにくい

また[6]ラジアレンはエキソメチレンの立体反発により非平面構造をとるため、Diels–Alder反応の遷移状態に至る前に平面状に構造変化する必要があり、高いエネルギーが必要になります(Figure 2)。

結果的に、[5]ラジアレンはラジアレンの中で最も高い反応性を示すと結論づけました。

2015-12-11_15-37-04

図3 Energy difference between [5]radialene and [6]radialene.

まとめ

このように、長年困難だった[5]ラジアレンの合成が達成されました。さらに著者らは何故[5]ラジアレンのみが合成できなかったのか、その理由を量子化学計算により明らかにしました。

5」の部分だけぽっかり穴の空いた”分子パズル”を今回の報告で埋めることができたことを純粋に賞賛するのはもちろん、[5]ラジアレンが自己Diels–Alder反応のみでなく、他の化合物に対してどのように反応するか等、今後も[5]ラジアレンの特性を生かした研究に期待したいと思います。

 

参考文献

  1. Hopf, H.; Maas, G. Angew. Chem., Int. Ed. 1992, 31, 931. DOI: 10.1002/anie.199209313
  2. Toombs-Ruane, H.; Osinski, N.; Fallon, T.; Wills, C.; Willis, A. C.; Paddon-Row, M. N.; Sherburn, M. S. – Chem. Asian J. 2011, 6, 3243. DOI: 10.1002/asia.201100455

 

関連書籍

[amazonjs asin=”047180343X” locale=”JP” title=”The Diels-Alder Reaction: Selected Practical Methods”]
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 光の色で反応性が変わる”波長選択的”な有機光触媒
  2. 生化学実験:プラスチック器具のコンタミにご用心
  3. 細胞が分子の3Dプリンターに?! -空気に触れるとファイバーとな…
  4. 科学を理解しようとしない人に科学を語ることに意味はあるのか?
  5. 有機合成化学協会誌2017年5月号 特集:キラリティ研究の最前線…
  6. シクロデキストリンの「穴の中」で光るセンサー
  7. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2021年版】
  8. 「社会との関係を見直せ」とはどういうことか

注目情報

ピックアップ記事

  1. 三井化学と日産化学が肥料事業を統合
  2. 重水素 (Deuterium)
  3. シラフィン silaffin
  4. 「進化分子工学によってウイルス起源を再現する」ETH Zurichより
  5. 光誘起電子移動に基づく直接的脱カルボキシル化反応
  6. アンドレイ・ユーディン Andrei K. Yudin
  7. 代表的有機半導体の単結晶化に成功 東北大グループ
  8. PACIFICHEM2010に参加してきました!③
  9. アンモニアで走る自動車 国内初、工学院大が開発
  10. こんなのアリ!?ギ酸でヒドロカルボキシル化

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP