典型元素の金属種を用いる触媒化学は、遷移金属のそれと比べるとまだまだ発展途上と言える分野です。特にアルカリ金属(I族)やアルカリ土類金属(II族)は、一般的な有機反応において還元剤や有機求核試薬の発生に多用され、触媒反応においてはその無機塩がAdditiveとして利用されている例が多いと思います。
アルカリ土類金属触媒
では、まず、アルカリ土類金属の化学と聞いて、皆さんはどの試薬や反応が思いつきますか?
フランス・マンシュの口髭化学者代表Girignardが開発した試薬(RMgX)などは、学生実験などでもとりあげられる代表的な有機II族化合物ですね。このRMgXは、実は溶液中において複雑な組成状態(Schlenk 平衡)にあることなども知られており、このことは、有機II族化合物が、様々な構造変化を容易に成し得る多様性の高い化学種であることを示唆している、と捉えることもできます。構造や電子状態のフレキシビリティは、触媒のデザインに欠かせない重要なキーファクターです。
それでは、アルカリ土類金属を用いた触媒反応は、ご存知でしょうか?遷移金属と比べると圧倒的に例は少ないものの、アルカリ土類金属触媒を用いた炭素-炭素結合生成反応や不斉合成などもいくつか報告されています。[1] 近年の環境調和型ケミストリーの潮流に乗って、「低毒」「安価」「資源が豊富」などの利点から、遷移金属の代替触媒となるアルカリ土類金属触媒の開発が徐々に注目を集めています。
触媒的ホウ素-窒素カップリング反応
さて、ごく最近、Bath大学(イギリス)のM. S. Hillらのグループによって、アルカリ土類金属触媒を用いたホウ素-窒素カップリング反応が相次いで報告されていたのでまとめて紹介したいと思います。まずはこちら。
David J. Liptrot, Michael S. Hill, Mary F. Mahon, Andrew S. S. Wilson, Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 13362-13365, DOI: 10.1002/anie.201505949
著者らは2007年に、β-ジケチミナートを配位子に持つカルシウムアミド1とボラン(HBpin or 9-BBN)の反応から、カルシウムホウ化水素2とアミノボラン3が生成することを報告しています。[2]
この反応は、Ca-N結合とB-H結合間のメタセシスによって進行していると考えられ、新しいホウ素-窒素結合生成反応として興味深い内容ではあったのものの、触媒的ではなく当量反応でした。
今回、β-ジケチミナート-Mg錯体4を触媒として用いることで、アミンと9-BBNの脱水素的カップリング反応を達成しています。
アミン基質の適応範囲もそこそこ広く、また一級アミンに対して二当量のホウ素化合物を用いた場合、窒素上の置換基によっては二つホウ素が置換したものも得られています(原著論文より引用)。
著者らによって提案されている反応機構は以下の通り。
まず化合物4と9-BBN間のメタセシスによってマグネシウムヒドリドの二量体INT1が発生し、INT2を経てアミンから脱プロトン化することで脱水素的にINT3が生成します。この中間体INT3は、上述の化合物1のMg類縁体ですね。そこから、ボランのB-H結合とMg-N結合間のメタセシス反応により、アミノボラン5を与えると同時に、INT1を再生しています。
当量反応から得られた結果・情報を基に、うまく触媒サイクルを組み立てていますね。
混ぜました、条件スクリーンしました、基質検討しました、って感じの触媒開発とは違う印象を受けます。
さらにHillらは、脱シリル化B-N結合生成反応へと展開します。
David J. Liptrot, Merle Arrowsmith, Annie L. Colebatch, Terrance J. Hadlington, Michael S. Hill, Gabriele Kociok-Kohn, Mary F. Mahon, Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, Early View, DOI: 10.1002/anie.201507004
まず、先ほどのMg錯体4に対して、今度はシリルボラン6を反応させています。その結果、Mg-nBuとSi-B結合間のメタセシスが進行し、シリルマグネシウム7が生成することを確認しました。著者らはX線結晶構造解析を用いて7の分子構造を決定し、これは、三配位シリルマグネシウムとして初めての構造解析例だそうです(原著論文より引用)。
次に著者らは、Mg錯体4を触媒として利用することでアミンとシリルボラン6のカップリング反応が進行するのでは、と考えました。「シリル基はでっかい水素とみなそう」作戦ですね。
想定したメカニズムは以下の通り。まず、MgアミドINT1′を発生させ、シリルボラン6とのメタセシスを経てアミノボラン8を与えると同時にシリルマグネシウム7が生成し、次に、アミンとのメタセシスINT3′によってシラン5の副生と共にMgアミドINT1′を再生する、というもの。
うまくいきそうな戦略ですが、実際に検討してみると、7とアミンの反応から形成された付加体が予想外に安定で、60℃に加熱しても脱シリル化が起こらなかったため、触媒として回らないという結果に。そこで著者らは次に、CaとSrに目をつけます。長い結合の形成や反応中心原子の表面積の大きさを利用して活性度を上げる「高周期、万歳」作戦です。また、配位子を嵩高いβ-ジケチミナートからより小さなN(SiMe3)2 基(x 2)に変えた錯体9を利用して、同反応を検討することにしました。「立体保護基、ジャマ」です。
Mgも含めた錯体9a、9b、9cを触媒として用いた結果は以下の通り(原著論文より引用)。
さらに反応速度解析の結果、反応機構がCa錯体(9b)とSr錯体(9c)を用いた場合では異なることがわかりました(Mg錯体 (9a)は反応が遅いので解析しなかったようです)。Ca錯体(9b)ではアミン付加体10からアミン上のプロトンとCa上のアミド基をシリルボランに供与する(中間体11)ことでアミノボランが生成しています。
一方、Sr錯体 (9c)を用いた系では、アミン付加体12がさらに二量体13を形成し、そこからアミン上のプロトンとSr上のアミド基をシリルボランに供与する(中間体14)ことでアミノボランが生成しています。
あらかじめ予想して触媒サイクルを設計するには、難しい機構だと思いますが、同じアルカリ土類金属を利用した触媒反応だからといって、機構までは同じとは限らない、ってことを示す重要な結果ですね。
また、錯体4ではうまくいかなかった結果があったからこそひねり出された成果であり、一連の論文を通して、どのようにプロジェクト組み立てているのかが垣間見えた気がします。
参考文献
- Slected examples: (a) Huy Van Nguyen, Ryosuke Matsubara, Shu Kobayashi, Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 5927. DOI: 10.1002/anie.200900309 (b) Akitake Yamaguchi, Naohiro Aoyama, Shigeki Matsunaga, Masakatsu Shibasaki, Org. Lett. 2007, 9, 3387. DOI: 10.1021/ol071380x (c) Yuta Tanaka, Motomu Kanai, Masakatsu Shibasaki, J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 8862. DOI: 10.1021/ja1035286 (d) Manabu Hatano, Katsuhiko Moriyama, Toshikatsu Maki, Kazuaki Ishihara, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 3823. DOI: 10.1002/anie.201000824
- Anthony G. M. Barrett, Mark R. Crimmin, Michael S. Hill, Peter B. Hitchcock, Panayiotis A. Procopiou, Organometallics 2007, 26, 4076. DOI:10.1021/om070083t
関連書籍
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関連リンク
- M. S. Hill : University of Bath
- シュレンク平衡 : wikipedia
- シュレンク平衡 :Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1984, 23, 534. DOI:10.1002/anie.198405341
- Experiment (Grignard Reaction)