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スポットライトリサーチ

カルボン酸を触媒のみでアルコールに還元

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さて、今回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科野依特別研究室(斎藤進 教授)の鳴戸真之さんにお願いしました。

鳴戸さんは現在博士後期課程2年。金属錯体を用いるカルボン酸の触媒的水素化反応の開発に従事しています。特別研究室では、脱石油化学をモチベーションに、試薬由来や塩などの廃棄物ができるだけでない手法(水素移動、水素化反応)などを促進する分子触媒開発を行っています。そのプロジェクトのひとつとなるのが、今回の鳴戸さんが発表した反応、カルボン酸をアルコールに還元する触媒の開発です。副生成物が少なく、主に生成するのは対応するアルコールと水のみという非常にクリーンな反応に仕上がっています。

 

“Cationic mononuclear ruthenium carboxylates as catalyst prototypes for self-induced hydrogenation of carboxylic acids”

Naruto, M.; Saito, S. Nature Commun, 2015, 6, 8140. DOI: 10.1038/ncomms9140

 

指導教授の斎藤教授によれば、鳴戸さんは、常日頃から自分で「次に何をすべきか、どうすれば最短でゴールにいけるか」をよく考えている学生で、実験もよくするがそのビッグデータをうまく整理し的確に分析し重要な部分を抽出・発掘するのが得意だそうです。今回はゼロから初めて、一をつくりだすような面白い触媒を開発しました。それでは、研究内容から御覧ください。

 

Q1. 本研究はどんな研究ですか?簡単に説明してください

「ルテニウム—カルボキシラートを触媒の原型とする、カルボン酸からアルコールへの触媒的水素化」です(図1)。

カルボン酸の触媒的水素化反応は、豊富に存在するカルボン酸から有用基幹物質であるアルコールをクリーンに生み出す重要な反応です。その重要性からこれまで精力的に触媒開発がおこなわれてきましたが、反応条件・基質適用範囲・生成物の選択性に課題がありました。

今回、カルボン酸の水素化における重要な触媒構造を見出だし、比較的穏和な反応条件で様々なカルボン酸をアルコールへ高選択的に水素化することに成功しました。カルボン酸はCO2を用いて誘導することもできるため、将来的にCO2の資源化にも本研究成果が少しでも貢献できれば、と考えています。

2015-09-20_23-58-23

図1 今回の研究: ルテニウム−カルボキシラートを触媒とするカルボン酸の水素化

 

Q2. 本研究テーマについて、工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください

反応が少し進行する錯体を見つけたときに、とても驚いたことを覚えています。当初は想定される反応機構をもとに錯体をデザインして試していたのですが、全く上手くいきませんでした。

そこで何を思ったか、錯体合成の原料に使っていた古くから知られている錯体を触媒前駆体として使ったところ、反応溶液の1H NMRで目的のアルコールが検出されました(図2)。

そのときは、嬉しいというより本当にこんなことがあるんだなあと、半ば呆然としたような気持ちでした。研究課題について精通しているつもりでも、いかに自分が無知で、ただ分かったつもりになっているだけかということを痛感し、謙虚に研究することの大切さを再認識した瞬間でもありました。

 

図2 カルボン酸の水素化に用いた触媒前駆体の構造の変遷

図2 カルボン酸の水素化に用いた触媒前駆体の構造の変遷

 

Q3. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今まで支えてくれた全ての人・機関に恩返しできるような研究ができればと思っています。

当たり前のように日々研究に集中することができますが、それは多大な研究費をはじめ多くの支援のもとに成り立っています。これまでに自分が受けた投資に対して責任感をもち、将来は多くの人の生活がより豊かになるような技術の発展に化学の力で貢献していきたいです。

そのために、現在携わっている分子触媒化学や有機化学という領域にこだわらず、本当に重要なことならなんでもやこうと思っています。

 

Q4. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします

もし自分の研究がなかなか思うようにいかなくても、諦めなければいつか必ずうまくいくと、どっしり構えていることが重要なのではないでしょうか。

私はずっとほとんど結果が無かったうえに、自分の所属する研究室や周りの研究室に優秀な学生が多く、焦ったり羨ましく思ったことも数多くありましたが、地道に取り組んだことで運を手繰り寄せることができたのではないかなと思っています。逆境を楽しむくらいの気持ちで研究テーマにチャレンジしてみましょう!

 

関連リンク

 

研究者の略歴

2015-09-21_00-03-25鳴戸 真之

所属:名古屋大学大学院理学研究科 特別研究室 博士後期課程2年

テーマ:金属錯体を用いるカルボン酸の触媒的水素化反応の開発

略歴:1988年兵庫県生まれ。2012年名古屋大学理学部卒業後、修士課程に進学(2014年修士)、その後博士課程に進学、現在博士後期課程2年。岩垂奨学会奨学生、井植記念会奨学生、名古屋大学博士課程教育リーディングプログラム(IGER)SRA。2015年 9−11月Queen’s大学(Philip G. Jessop 教授)留学中

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Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

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