今週はノーベル賞の発表が控えており、今からワクワクが止まりませんね。
それはそれで置いておきまして、突然ですが今年は何の年だかご存知でしょうか?ベンゼンの構造から150年というのは以前ご紹介しましたが、国際連合で宣言された正式な(?)記念の年があります。ご存知の方も多いかと思いますが、今年は
「光と光技術の国際年(International Year of Light and Light-based Technologies, IYL-2015)」
なのです。どちらかと言うと化学というより物理の分野の方が馴染み深いのかもしれませんが、化学だって光は大いに関係がありますよね。今更感がありますが、国際光年とはなんぞやとともに、化学と光について少し振り返ってみたいと思います。
なぜ今年が光と光技術の国際年(以下国際光年)なのかといいますと、今年はイブン・アル・ハイサムの光学研究からなんと1000 年にあたるというのです。
アル・ハイサムはイラクの紙幣にも登場
アル・ハイサムは、現在のイラクに生まれた世界最初の科学者とも言える人物で、数多くの実験を行い、その結果から帰納法的な推論により数々の理論を打ち立てたことで知られています。特に光学の分野に大きな貢献をしており、近代光学の父とも言われています。
例えば、屈折と光の入射角の比率は一定ではないという重要な発見をしており、レンズがものを拡大して見せる仕組み、屈折に関する法則を発見しました。その他にも光を構成する色を分解する最初の実験、日没の際の日光の色、日の出、日没時に太陽がなぜ大きく見えるのかについての説明を与えています。物理学分野のみならず、解剖学、数学にも足跡を残しており、彼の著「Kitab al-Manazir」(光学の書)のラテン語訳は西洋科学に大きな影響を与えました。この書が書かれたのが1015年頃であり、今年が1000年目ということです。
またアインシュタインの一般相対性理論から100年という節目でもあります。1905年の特殊相対論の発表に続き、1911年には「光の伝播に対する重力の影響」、1914年「一般相対性理論および重力論の草案」、そして1915年 「水星の近日点の移動に対する一般相対性理論による説明」と光に関係が深い理論が相次いで発表されました。
さらに1965年、チャールズ・K・カオは、ガラスの不純物濃度を下げることで光の損失を低減可能であることから、損失率が20dB/kmの材料を用いれば通信用の光ファイバーとして利用できることを提唱しました。これを受けて、ガラスファイバーの不純物を下げる実用的な研究が活発に行われた結果、光ファイバーは実用化に向けて大きく前進しました。カオは、「光通信用の光ファイバーに対する先駆的な貢献」により、2009年にノーベル物理学賞を受賞しました。
以上のように2015 年は光にとって節目となる重要な年であると言えます。そこで、国際連合(UN)総会第68会期において、2015 年を「光と光技術の国際年」とするにいたり、その推進にはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が関わることとなりました。我が国においても、日本学術会議を中心として、各種シンポジウムやイベントが実施されています。
光と言えばどちらかというと物理学の方が馴染み深いかと思います。ノーベル物理学賞の5つに1つは光に関するものであることからも明らかです。しかし、化学者にとっても光は重要な役割を果たしてくれています。
まず、人工的な光がなければ夜遅くまで実験できません。それは冗談としても電灯が無かった時代に夜を照らしていたロウソクは天然の脂肪から作られていましたが、George Wilsonにより、より明るく、より煙の少ないロウソクを作る試みが契機となり、その後の石油のクラッキング、すなわち石油化学に発展していきました。
そもそも光を表現する際の光子という用語も物理化学者のGilbert Lewisが1926年にNature誌で使用したのが始まりです(生物学者はある種の現象に同じphotonという用語を用いていたことがある)[1]。
化合物の構造決定には分光学的手法は欠かせません。いわゆるブンゼンバーナーを利用して、1859年にRobert BunsenとGustav Kirchhoffは最初の分光器を開発しました。分光器を使って、50年前にJosef von Fraunhoferによって太陽光から観測されていた原子スペクトルが特定されることになります。さらに、原子スペクトルで現れるスペクトル線の色から、ラテン語で 「青= caesius」に由来するセシウム、「赤=ruber」に由来するルビジウムが元素のリストに加わりました。そしてさらに、タリウム、インジウム、ヘリウム、サマリウム、ジスプロシウム、ユーロピウムが続けて発見されました。
元素の周期律を唱えたDomitri Mendeleevの理論は、1875年にPaul-Émile Lecoq de Boisbaudranが分光学的手法によりガリウムを発見したことで地位を確立することになります。その元素はメンデレーエフが周期表の穴にまだ発見されていないエカアルミニウムとして予測されていた元素だったという話はあまりに有名でしょう。
また光は化学を二次元から三次元の世界へ誘いました。Louis Pasteurは酒石酸の塩の結晶が2通りの形状がある事に気付き、その結晶によって平面偏光が逆に回転することを発見します。これは現在でいうところの化合物の立体化学の幕開けとなりました。
レーザーはどうでしょう。化学者はレーザーの利用というよりも、レーザーを発生させるための素材の開発で初期の貢献をしており、遅くとも1962年には論文が登場しています[2]。また、レーザーによる分光学も発展してきました。レーザーを用いた質量分析で田中耕一博士が2002年にノーベル化学賞を受賞したのは記憶に新しいところです。
さらに、Harry KrotoとRichard Smalleyが行ったレーザーを用いた実験の過程でC60、すなわちフラーレンが見出され、1996年のノーベル化学賞になっています。
その他にも、フェムト秒レーザーの利用や、光レドックス触媒など光が関係する化学はホットなものが盛りだくさんです。化学者にとって光はまさしくライトセーバーのような頼もしい武器となっているのです。今からでも遅くありません!物理学者だけに限らず化学者もぜひこのIYL-2015を盛大に祝おうではありませんか!!
10月以降にもイベントが盛りだくさんでありますので参加を検討されてはいかがでしょうか。詳しくはこちら
大きなイベントとしては国際光年総括シンポジウムが12月11日に東大で開催されるそうです。ケムステも出展予定のサイエンスアゴラでもセッションがあるみたいですから、ケムステブースにご来場いただいた後にぜひどうぞ(セッションに参加予定の方もぜひケムステブースにお立ち寄り下さい)。
今回のポストはIYL-2015のサイトと、お馴染みNature Chemistry誌よりMichelle Francl教授のthesisを参考にさせていただきました。前回のはこちら
The enlightenment of chemistry
Francl, M. Nature Chem. 7, 761-762 (2015). doi: 10.1038/nchem.2354
関連文献
- Nature 118, 874–875 (1926). doi: 10.1038/118874a0
- Nature 196, 832–833 (1962). doi: 10.1038/196832a0 &