「有機化学反応の王道」とも呼ばれるアルドール反応。その特徴、マイルストーン的研究、最近の動向について解説していくシリーズ記事である。
第1回は、アルドール反応とは何か、また、古典的条件に付随する諸問題の解決が実用性を高めるために必要不可欠であるという話をした。
第2回は、その課題解決を目指して確立された初期的な信頼性の高い手法、金属エノラートを用いる方法論を概観してみたい。
金属エノラートを用いるアルドール反応
古典的条件は乱暴に言うと、ドナー・アクセプターとなるカルボニル化合物と活性化剤(酸もしくは塩基)を一緒くたに混ぜて行う反応である。この条件では、本来アクセプターとして働くべき化合物がドナーとして働いたり、同じもの同士がくっつくホモカップリングが起きてしまったりなど、いろいろと不都合なことが多く起きてしまう(図1)。欲しいものだけをとってくるには、反応条件に工夫が必要となる。
この問題をまず解決したのが、強塩基によってドナー化合物の完全な脱プロトン化を行って、金属エノラートを前調製しておき、そこにアクセプター化合物を反応させる手法である(図2)。
古典的条件に比べ、以下の3点で改善されている。大変信頼性の高い方法であるため、現在でもよく用いられている。
① 低温で進行する (速度論支配の生成物も得られる)
② 交差反応が優先する
③ 立体選択性の予測が可能
特に③の特徴は、アルドール反応の有用性を飛躍的に高める大きな価値となった。少し詳しく見てみよう。
図2に示すように、この方法ではsyn体/anti体といった2種類の立体異性体が考えられる。何とかしてこれを作り分けたいところだ。
研究の結果、エノラートの幾何異性を制御すれば可能、ということが分かった。例えばリチウムエノラートの場合、Z-エノラートからはsyn体、E-エノラートからはanti体が得られる。
これを統一的に理解するためのモデルがある。1957年にZimmermanとTraxlerが提唱した、六員環遷移状態モデルだ。置換基どうしの立体反発が最も小さくなるよう、金属を介した「いす型六員環配座」の遷移状態を考えれば、立体化学が上手く説明でき、予測にも役立つ (図3)。
よく用いられる金属エノラートとその特徴
現代でもよく用いられる金属エノラートと、その特徴を列挙しておこう。
● リチウムエノラート
THF等の非プロトン性溶媒中において、LDAやLHMDSなどのかさ高い塩基を用いて発生させる。かさ高い塩基を用いる理由は、カルボニル基への求核付加を抑えるためである。
リチウムエノラートの幾何異性は、カルボニル化合物の構造・塩基・溶媒等に影響される。
とりわけエステルをLDAで処理する場合は、HMPAの添加が脱プロトン化の選択性を逆転させる。すなわち、通常はE-エノラートが生じるが、HMPAを添加した場合にはZ-エノラートが生じてくる。(図4)
これは以下のように説明されている。つまり、前者のケースでは、六員環遷移状態から脱プロトン化が起きる(図5, Irelandモデル)。一方で、後者のケースでは、HMPAの配位によりリチウムの関与が妨げられる。このため、エステルの配座存在比に依存した、脱プロトン化の選択性が見られる(図6)。
LDAでは速度論支配のエノラートが生じる。しかし、他の条件を用いれば熱力学支配のエノラートも生成させることができる。すなわち、高温・可逆な平衡条件下に、リチウム塩基で処理すれば、熱力学的に最も安定なエノラートが生じてくる(図7)。
エノラートの幾何異性制御を適切に行うことが出来れば、図3の六員環遷移状態モデルによって、立体の予測が可能である。
リチウムのように会合しやすい金属の場合は、非解離機構の介在も考慮する必要がある(図8)。
THF中にカルボニル化合物をLDAで処理すると、数段階の化学反応を経て4量体を形成する(この結晶構造は確認されている)。解離機構はエノラートモノマーからの反応を想定する一方で、非解離機構では4量体のままアルドール反応が進行すると考える。おそらく両者の機構が混在しているのだろうが、その比率は溶媒、添加剤、基質の構造、塩基のかさ高さに大きく依存すると考えられる。
● ホウ素エノラート
ルイス酸性をもつホウ素化合物と、嵩高いアミン塩基を用いて発生させることが一般的である。試薬を選ぶことでE/Zエノラートの作りわけも可能となる(図9)。
ホウ素エノラートを用いた場合には、一般にリチウムエノラートより高い立体選択性が発現する。B-O結合がLi-O結合よりも強く短いため、6員環遷移状態の相対的安定性の差が高まるためである。図10に具体例を示す。
● ケイ素エノラート
金属エノラートを単離することは困難であるが、ケイ素エノラートは格別に安定で単離精製することができる。カルボニル求電子剤をこれと共存させ、TiCl4、SnCl4、TMSOTf等のルイス酸で活性化することで、アルドール付加体を効率的に得ることができる。この方法は当時東京大学の向山光昭教授によって開発されたことから向山アルドール反応 (図11)と呼ばれ、有機合成化学におけるマイルストーン成果の一つとなっている。日本人の名を冠する人名反応としては、かの鈴木カップリングと並ぶ知名度を誇り、この反応を知らない有機合成化学者はまず居ない。
ケイ素のLewis酸性は弱いため環状遷移状態をとりにくく、線形遷移状態で進行すると言われている。リチウム・ボロンエノラートなどに比較して、高い選択性を発現させることは困難な傾向にある。生成物の立体化学は、用いる基質の構造・Lewis酸などによって大きな影響を受ける。(図12)
他にもチタン、スズ、亜鉛など様々な金属エノラートの発生法が知られているが、特に多用されるのは上記3つである。
さて続いての次回は、より近代に開発された、キラル補助基を用いる不斉アルドール反応について触れることにしたい。
(※本稿は以前公開していた記事に現代事情を加筆・修正したうえで、ブログに移行したものです)
(2001.6.4 執筆 by ブレビコミン、2015. 9.22 加筆修正 by cosine)