ETHのカレイラ研から全合成の論文です.Pallambins A and Bの全合成を達成しました.この論文の目玉はペンタフルベンというとてつもなく不安定な物質(-70 ºCでは安定に存在)を出発原料に使い、複雑天然物を合成したことです.
Pentafulvene for the Synthesis of Complex Natural Products: Total Syntheses of (±)-Pallambins A and B.
Ebner, C.; Carreira, E.M. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, Early View. DOI: 10.1002/anie.201505126
分子を見てわかるようにそこまで大きくはない分子ですが,環が幾重にもフューズしており,歪んだ骨格をもっています.PallambinはA, B, C, Dの4つが類縁体として知られていますが,うちAとBが非常に込み入ったテトラシクロデカン骨格をもっており、合成難易度が高い分子です.
要所要所で立体制御のトリックが含まれており,見るべきところの多い論文だと思います.要所要所の鍵反応を拾っていきます.
ペンタフルベンを使うに至った経緯
不安定物質フルベンをわざわざ原料に使った利点は主に2つあります.
まず1つにフルベンを利用した場合,Diels-Alder反応でノルボルネン骨格を構築する際に熱許容の1, 5-Shiftが起こる心配をしなくてよいということです.
もう1つの理由(こちらの要因が大きいと思います)は立体選択性です.シクロペンタジエンからスタートしてノルボルネン骨格を形成し,メチル基とシクロプロパンを後から導入しようとしましょう.しかし,メチル基を望みの立体化学で導入したとするとシクロプロパンがendo選択的にできてしまいます.逆にシクロプロパンを望みの立体化学導入したとすれば,シクロプロパンがメチル基導入をブロックします.それならメチル基に変換可能な官能基を先に導入しておけばよいということで,Diels-Alder反応後に二重結合が残るフルベンが原料に選ばれたというわけです.また,筆者らはフルベンを複雑な天然物合成の出発物質に使った例は初めてだと主張しています.
シクロプロパンとメチル基の導入
まずはじめにSimmons-Smith反応でシクロプロパン環を導入しています.論文中では様々な条件を試したことが述べられており,エキソメチレンとの化学選択性を出すのに苦労した様子が伺えます(exo選択性はconvex面からの反応より) .これで二重結合のSi面がシクロプロパンでブロックできました.Si面の立体的保護と嵩高いWilkinson触媒を利用して二重結合を還元し,メチル基とシクロプロパンを同じ面に作ることができました.
向山アルドールーDess-Martin酸化
続いて以下のアシル化ですが,調製したシリルエノラートの反応性が低い上に,生成物のβーヒドロキシケトンが不安定で逆アルドール反応が進行するという問題が発生しました.筆者らは反応を繰り返すことでこれを回避しています.しかし続くα, β-ジケトンへのDess-Martin酸化で反応時間がかかりすぎ,再び逆アルドールが進行するという問題に直面しています.筆者らはこれをDess-Martin試薬のLewis酸性が原因だと推測しています.ここで筆者らが取った対策は前もってDess-Martin試薬にt-BuOHを加えることで試薬の活性を上げ,反応時間を短縮することです. 実はこの変法,原著論文(J. Org. Chem. 1983, 48, 4156-4158 DOI:10.1021/jo00170a071 )で既に述べられています.反応が行かなくても諦めず原著をきちんと辿って変法がないか調べる大切さを痛感します.
立体的に混み合ったメチル基の導入
続いてカルボニル基へのメチル化ですが,直接的メチル化は明らかにノルボルネン部位にブロックされてしまいます.そこで筆者らはメチル基の導入と共に系を平面にし,続く1, 3-双極子付加(より嵩高い)でメチル基を立体的に不利なノルボルネン側へと押し込んでいます.さらにこの時にヒドロキシル基とイミンも導入することで続く官能基化の足がかりとしています.
ブロモイソキサゾリンの変換
しかし良いことばかりでもありません.わざわざBrを入れたのですからCross-CouplingやらなにやらでC-C結合を形成したかったのでしょうが,どのような条件もうまくいかなかったようです(苦労の跡が文中に見られます).プランBとしてイソキサゾリンをβ-ヒドロキシニトリルへ変換し,ニトリルをアルデヒドに還元しようとしたようですが,様々な還元条件を試した結果良好な結果は得られなかったようです(ここでも苦労の跡が文中に見られます).
最終的にBrをOMeに交換し,エステルを還元してアルデヒドを得たようです(ここもルイス酸性還元剤を使うとデコンポしたという苦労があったようです).
γ-ラクトンとテトラヒドロフラン環の閉環
しかしこの後の処理がちょっと気になります.CeCl3条件下でのGrignard付加でビニル基を導入した後,残る骨格であるγ-ラクトンとテトラヒドロフラン環を一気に形成し,アルドール縮合で合成を完了しています.気になることというのはこれらの反応が以前,別の研究者によるPallambins C and Dの合成論文と全く同じだということです.しかもReferenceには
for the use of this transformation during the total synthesis of Pallambins C and D, see Ref. [Pallambins C and D合成の論文]
とだけ書いてあります.ここまでの合成で幾度とない試行錯誤があり,その度にそれを乗り越えてきたことは評価すべきですが,最後の最後で手抜き感がぬぐえません.現にこの最後の変換では,環化で2つのジアステレオマーの混合物(60:40)を与えており,化合物を半分程度ロスしていることになります.
とはいえ色々な工夫が見られる非常に面白い論文だと思います.人名反応や選択性の問題などでテストの題材に使えるかもしれませんね.それにしてもこの論文,著者がカレイラと大学院生の2人になっています.ということはこれらの試行錯誤とルート検討をこの学生1人でやったということでしょうか...頭が下がります...
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