TBS, NHKと言えば?
6チャンネル(Tokyo Broadcasting System)と1チャンネル(Nihon Hoso Kyokai)の頭文字ですよね。
でも有機化学を専門とする方にはどちらかというと、tert-butyldimethylsilyl基とNozaki-Hiyama-Kishi反応のことが先に思い浮かぶのではないでしょうか。
このように専門用語と一般的な言葉の意味が異なるケースはたくさんあるのではないかと思います。そんな話題について今回はご紹介したいと思います。
一般vs化学者
以前有機化学美術館さんでも同様のポストがありました。
日本語で化学者と一般人で意味の違う言葉というお題で、例えばドラフトと言えば一般にはプロ野球のドラフト会議などがイメージされるのに対し、化学者ではドラフトチャンバーのことであるとか、ベースと言えば楽器、いや塩基のことだなどです。同様なことは英語でも当たり前のようにあるようです。今回は久々Nature Chemistry誌からBryn Mawr CollegeのMichelle Francl教授によるthesisを基に、英語に関する話題を提供させていただきます。前回のはこちら
Chemical doublespeak
Francl, M. Nature Chem. 7, 533-534 (2015). doi: 10.1038/nchem.2288
きっかけはこんなニュースから
A University of Manchester building was evacuated because of a potentially explosive chemical, police have said.
Officers were called to the Paper Science Building, Sackville Street, at 11:30 GMT after a report some acetone peroxide had crystallised, making it volatile.
Police also evacuated surrounding buildings as a precaution but said they believed there was no malicious intent.
They said the incident was resolved and buildings reopened.
A Greater Manchester Police spokesman said there was no connection between the evacuation and a explosion involving chemicals at a University of Liverpool laboratory earlier.
BBC NEWS 2015.3.4
ざっくり訳すと、マンチェスター大学で過酸化アセトンという爆発生の物質が予期せず出来てしまい、危険なので建物を封鎖したんだけど、安全が確認されてよかったねという感じでしょうか。
さて、このニュースのどこがひっかかるのかというと、二つ目の文章になります。Google先生によりますと、
役員は、それが揮発すること、いくつかのアセトン過酸化物を結晶化したレポートの後11:30 GMTに、紙科学ビル、サックヴィル通りに呼ばれていました。(太字は筆者)
さっぱり意味が通じませんが、Google先生も本来の文脈とは異なる訳をしている単語があります。それはvolatileという単語です。
Volatileという単語は化学者の間では“揮発性の”という意味で通常使われます。しかし、このニュースではそれは適当では無く、“<物事が>変わりやすい、不安定な”の方でとらえるべきです。すなわち同音異義語(homonyms)です。
化学に関係したニュースで使われていたのでGoogle先生も揮発性の方を選択してしまったのでしょう。ある意味賢いとも言えますね。
このようにして、英単語にも同音異義語が多数存在し、1000以上あるそうです。その中にも一般的に用いられる意味と、化学者の間ではすぐに通じる意味で使われるような単語が存在します(文献のSupplementary Informationにたくさん収録されていますのでご興味がありましたらどうぞ)。例えば自転車のような二輪車もノルボルネンのような二環性もbicycleです。
変わったところではRaman スペクトルはramen noodles(ラーメン)の単数形? Ferris wheels (観覧車)とferrous ion (第一鉄イオン)は微妙に発音は異なりますが同音異字(homophones)と言ってよいかもしれません。
中には一般的に用いられてきた単語に専門用語に当てはめたものもあるでしょうが、逆に専門用語が乗っ取られた(hijacked)ものもあります。
例えばNeon paintsにはネオンは入ってません。これはネオンサインのように光る塗料ということからきていると思われます。ネオンサインは元々ネオンを封入した管でしたのでその名の通りでしたが、その後アルゴンが使われたりして名を表さなくなってきました。
Quantum Dietなるダイエット法があるそうです。量子ダイエット!?とひっくり返りそうになりますが、quantumという単語には“少量の”という意味があることを筆者は007シリーズの 慰めの報酬 (Quantum of solace)の時に学んでいたので、少量ダイエットなのかなと思いました。しかしもう一度調べると、“画期的な”という意味があるではありませんか。うーん奥が深いですね。ちなみに検索すると量子場がどうのこうのというサイトがヒットしてきますのでご注意を。
化学者vs異分野の科学者
一般人と化学者との間で異なる意味というのはたくさんありそうですが、科学者どうしでも混乱があるかもしれません。
化学者にお馴染みmoleという単語はかなり色々な意味があって面白いです。動物学ではモグラを、それが転じてスパイという意味が、ほくろ、あざという意味や、防波堤とそれこそ様々な分野で全く異なる意味で用いられます。発音も同じです。
Lead compoundと言ったら、薬学系では薬剤の候補となるような化合物、無機化学系では鉛関係の化合物と意味が違うかもしれませんね。Periodic table (周期表)とperiodic acid (過ヨウ素酸)のスペルが同じなことに学生の時気づいたときは二度見してしまいました。
略号でも分野によって異なる使い方をしたりしますね。有機化学者だったらTLCといえばthin layer chromatography (薄層クロマトグラフィー)のことですが、Google先生によればそれはR&Bの女性バンドだそうです。
物理化学者がRTと言えば気体定数と温度のことでしょうが、有機化学者なら室温(room temperature)のことかもしれません。はたまた若者の間ではTwitterのretweetのことかもしれませんね。
一つの言葉で色々意味があるのは多義語(polysemy)と呼ばれますが、こういった単語は混乱を招く可能性が少なからずあります。詩などではこういった多義性がしばしば楽しまれるのですが、明確に意味が異なることが誰からも明らかな場合は化学者も用語の命名にちょっとしたしゃれっ気を出すことがあります。Flash chromatography (フラッシュクロマトグラフィー)は明らかに光りませんが、非常に良く特徴を表していると思います。これがgas-propelled column chromatography (ガス推進カラムクロマトグラフィー)だったら野暮ったいですもんね。
言葉というのは移り変わっていくものなので、一つの言葉に次々と意味が追加されていくことは珍しくありません。科学用語を新しく創生するのもいいですが、門外漢を混乱させるような言葉はあまり好ましくないと思われます。しかし最も重要なのは、分野を超えて言葉からイメージがしやすいということだと思います。日本語、英語に限らず世界各地できっとこんなことをやってるんでしょうか。
ちなみに冒頭の有機化学美術館さんのブログのコメント欄も面白いです。あるあるネタがたくさんあります。そこで上がってなかったのでJACS (Journal of the American Chemical Society)通称ジャックスは一般にはクレジット会社かななんて。TIPSと書いてあったら普通は秘訣とか裏技ですが、有機化学ではtriisopropylsilyl基とか。まだまだあると思いますので思いついたらぜひRTして下さい!