「越の国、燃土、燃水を献る(又越國獻燃土與燃水)」
とは日本書紀にある第三八代天智天皇の七年(668年)秋七月の記述です。
日本書紀の時代から我が国でも燃土、燃水、すなわち原油もしくは石油が産出していたことが分かります。
越(こし)の国とはすなわち現在の新潟県あたりの事を指しているものと考えられ、そこから近江大津宮へと運ばれたとされますので、新潟と石油には古くからの歴史があるようです。
では我が国の原油ってどうなのよ?ということで今回のポストでは我が国の原油の過去と現状について少し調べてみました。
最古の油田?
最古の油田がどこなのか、というのは少し難しい質問かもしれませんが、約5000-3000年前の縄文時代にはすでに、北海道から東日本にかけて天然アスファルトが利用されていたと推察されます。土器の修復や接合などにアスファルトを使用した形跡があります。
極めつけは人面付環状注口土器で、土器全体がアスファルトでコーティングされています。重要文化財に指定されており、秋田県立博物館に収蔵されています。
画像は文化遺産オンラインより
その天然アスファルトの重要な供給地は秋田県の豊川油田のあたりと考えられ、槻木遺跡群として現在では日本の地質百選の一つと認定されています。ただ、アスファルトが掘削によって得られたというよりも、地表に露出している粘っこい泥状の物として認識されていたのではないでしょうか。油田から原油を取り出していたわけではないと思います。
石油発祥の地
日本最古の石油発祥の地とされているのは、新潟県胎内市の旧黒川村です。ここの周辺では燃える水、すなわち臭水(くそうず)が自然に地表に出てきていたようで、あたかも黒い川の流れのようであることから地域の名前が付けられたものと考えられます。冒頭の日本書紀の記述にある燃土、燃水を採掘したのはこの地であると考えられています。
この地では明治時代に来日した英国人医師のシンクルトンがそれまでの湧いてくる原油を掬うだけの水平堀ではなく、近代的な垂直堀の技術を導入し、1891年には機械による採掘もされるようになりました。
しかし、戦後採算が取れなくなったことから商業的な採掘は終了しており、現在では油田跡地がシンクルトン記念公園となり、記念館も設置されています。
近代的石油採掘
1871年に信濃国出身の石坂周造(山岡鉄舟の義弟)は、日本初の石油会社とされる長野石炭油会社(後に長野石油会社に改称)を設立します。長野石炭油会社は伺去真光寺村(現 長野市真光寺)の油井、すなわち浅川油田から採掘した原油を妻科村石堂町(現 長野市北石堂町)の刈萱山西光寺に設置した日本初の石油精製所で精製して販売しました。しかし残念ながら5年後に倒産しています。
日本の近代的な石油採掘が最初に行われたのは、静岡県牧之原市の相良油田とされています。石坂周造は1873年に東京石油会社相良支社を設置し(現存する東京石油株式会社とは無縁)、この地に鉱区を取得、手堀の掘削を始めます。同年米国から蒸気機関による綱掘機(つなぼりき)を導入し、採掘に成功しています。しかし全てを機械式にしたわけではなく、手掘りと併用でした。最盛期の1884年には年産720 kl(4500バレル)でした。その後、1904年には日本石油株式会社がこの地に進出するものの、1938年に撤退、最終的には1955年に廃坑とされました。
この地は経済産業省の近代化産業遺産に指定されており、相良油田資料館が資料を展示し当時の様子を伝えています。
ちなみにこの油田から算出する原油はガソリンや灯油になる成分が34.0%と大変良質で(サウジアラビア産の原油で25%)、やや赤褐色ですが透き通っています。どろっとした原油という感じではなくサラサラしていて、精製しなくても自動車に使用できるほどだそうです。
画像は牧之原市観光協会HPより
国内原油生産の現状
国際石油開発帝石は22日、新潟県の南桑山油田(五泉市)で、厚さ約24メートルの新規油層を発見した、と発表した。平成28年度に追加の掘削作業を実施する。成功すれば同油田の原油生産量が日量300~380バレルから約3倍に増加する見込みだ。
産経ニュース2015.6.22
というニュースが先週飛び込んできました。
規模は小さいながらも国内で原油の採掘が続いているというのは少し意外に思われたかもしれません。しかし、上述の通り国内では北海道、秋田、山形、新潟、長野、静岡と、過去に掘削が終了したものから現在でも採掘が続いているものまでいくつかの油田があるのです。
上述した長野の浅川油田、静岡の相良油田は既に生産が終了しており、現在稼働中の油田は日本海側に集中しています。
今回ニュースになった新潟県南桑山油田は新潟市秋葉区から五泉市に位置しており、2004年から試験生産が開始され、これまでに約16万キロリットル(100万バレル)の原油を生産しています。今回の国際石油開発帝石の発表によると、深度3900メートル付近で新規油層を発見し、厚さ約24メートルにおよぶものと推定されています。
目論見通りならば1日1000バレル程度の原油が生産できることになります。これが多いのか少ないのかですが、世界最大の油田であるサウジアラビアのガワール油田が1日500万バレルの生産量ですので、それに比べたら極めて少ないと言わざるをえません。
全国では平成22年には約873,000 kl(540万バレル)の原油生産があったものの、漸減傾向は止まっておらず、平成26年には約644,000 kl(400万バレル)に減っています。その中でも新潟県内で生産された原油は約398,000kl(250万バレル)程度ですので、国内の約6割を占めています。ちなみに天然ガスの生産量は、全国約28億m3のうち新潟県内で21億m3が生産されていて、8割近くを占めています。
このように細々と続いてきた国内の原油生産ですが、先細り感は否めませんね。現在はほとんど全てを輸入に頼っています。1950年ころに日本のアラビア石油株式会社が現在のサウジアラビアとクエートの中立地帯にあるカフジ油田での採掘に成功し、海外で油田を自主開発する動きもありました。しかしカフジ油田は2000年に40年間の採掘権が切れてからは採掘権の更新、延長は認められませんでした。
現代の生活に必要不可欠な原油ですが、どうやって確保するのかという問題については日々国内外で絶え間ない努力がなされているのでしょう。化学という学問は(特に有機化学)、原油が無くなったら成り立ちませんので、感謝しております。
我が国の原油に関する資料館などを一度訪れて先人たちの苦労を労いたいものです。
参考にしたサイト
- 新潟県: 石油(原油)・天然ガスの生産概況
- 柏崎市: 草生水の歴史と献上場
- 発祥の地コレクション: 日本最古の石油発祥の地
- 潟上市: 豊川油田跡