2010年ノーベル物理学賞を受賞した、炭素のみからなるシート状物質「グラフェン」。現在、新規ナノ材料として注目を集めています。
一方、ナノサイズのシート状物質はグラフェンだけではありません。例えば、金属と配位子を用いて合成される「金属錯体ナノシート」も盛んに研究が行われています。最近、東京大学の西原教授・坂本助教らは自身らが開発した「気液界面合成法」を用いて、単層金属錯体ナノシートを作成しました。さらに、作成した単層ナノシートは、光電変換材料として応用可能であることを実証しました。
“A photofunctional bottom-up bis(dipyrrinato)zinc(II) complex nanosheet”
Sakamoto, R.; Hoshiko, K.; Liu, Q.; Yagi, T.; Nagayama, T.; Kusaka, S.; Tsuchiya, M.; Kitagawa, Y.; Wong, W.-Y.; Nishihara, H. Nat Commun 2015, 6, 6713. DOI: 10.1038/ncomms7713
今回は、金属ナノシートとはなんぞや?というところから、論文の内容まで紹介したいと思います。少し長くなりますがご容赦ください。
金属錯体ナノシートとは?
金属錯体ナノシートは、合成が簡便であることや半導体特性・高電導性などの性質を有していることが知られています。なかでも単層の金属錯体ナノシートは、多層のナノシートと異なりシート同士の重なりを防げるため、電導性の向上といったより効率的に物性を発現できる利点があり注目を集めています。
金属錯体ナノシートの作成法は2種類に大別できます(図1)。現在主流の作製法である「トップダウン」合成法は、結晶性層状化合物から層を剥離する方法です。
一方、構成要素(有機分子や金属イオン)からナノシートを構築する「ボトムアップ」合成法も報告されています。しかし、これまでは構造構築手法の開発に主眼が置かれていたため、十分な機能創出に関してはあまり報告がありません。
今回の論文の筆者らは金属錯体を基本単位とした単層金属錯体ナノシートの「ボトムアップ」合成法の開発とナノシートの機能性材料としての価値を実証することを目標として研究を進めてきました。
金属錯体ナノシートのボトムアップ合成法
金属錯体ナノシートの「ボトムアップ」合成として、「液液界面合成法」が広く用いられています(図 2)。「液液界面合成法」は、水層と有機層にそれぞれ金属イオンと配位子を溶解させ、両者を重ねることで水層/有機層界面で金属錯体ナノシートを成長させる手法です。しかし、この手法では生成したナノシートがさらに自己集合して多層のナノシートが生成することから、単層の金属錯体ナノシートを得ることは困難でした。
これを改善するために1990年代に「気液界面合成法」が考案されました。この手法では、金属イオンの水溶液表面に配位子の有機溶液を微小量散布します。有機溶媒はただちに揮発し、気液界面で錯形成反応が進行します。反応容器に分散したナノシート断片を界面に力をかけて集めることで単層ナノシートを得ることができます (図 3)。しかし、これも欠点がないわけではなく、従来の「気液界面合成法」では、力をかけることで生成したシート構造が重なってしまう、折り返されてしまうなどの問題がありました。
気液界面合成法の改善
2013年、筆者らは「気液界面合成法」を改善し、界面に力をかけずに単層のNickel bis(dithiolene)ナノシートを合成しています[3] (図4)。
ようやく話が冒頭に繋がりましたが、今回、筆者らはこの手法を用いることで新たな単層の金属錯体ナノシートを合成し、それを色素増感太陽電池の色素部分に応用できることを示したのです。
分子設計とナノシートの構築
一般に、機能性分子の性質は結晶状態や基板上に塗布した際に生じる分子同士の重なりによって大きく変化することが知られています。筆者らは、色素増感太陽電池の色素として、分子同士の重なりがない単層の2次元ナノシートを用いることで光電変換効率が向上できるのではないかと考え、bis(dipyrrinato)zinc(Ⅱ)錯体ナノシートの合成を行いました。金属錯体のデザインは、これまでの色素増感太陽電池の研究をもとにbis(dipyrrinato)zinc(Ⅱ)錯体を用いた(図 5)。︎dipyrrin配位子は、自発的・可逆的に金属錯体を形成する性質を有することが知られており、自己組織化によるナノシートのボトムアップ型の合成に適しています。また、bis(dipyrrin)zinc(Ⅱ)錯体は可視-近赤外領域に大きな極大吸収を有し、光機能材料として期待できるモチーフであることが知られています。
単層金属錯体ナノシートの合成
筆者らは、末端に3つのdipyrrin部位を有するトリフェニルベンゼンL1と酢酸亜鉛を用い2013年に報告した「気液界面合成法」を利用して単層金属錯体ナノシートを合成しました(図6)。そして、透明電極を気液界面に接触させることで、合成した単層ナノシートを電極上に塗布することに成功しました。一連の操作は室温・大気下で行うことができ、簡便にできる。
単層ナノシートの物性を確認する
目的とする単層の金属錯体ナノシートが生成はXPSとAFM (Atomic Force Microscope)を用いることで明らかにしています。
配位子のみのXPSスペクトルを測定した場合、窒素原子のピークとしてpyrolとimine構造由来の2本のピークが観測されました。一方、bis(dipyrrinato)zinc(Ⅱ)錯体ナノシートの配位子中の2つの窒素原子は等価になるため窒素原子由来のXPSスペクトルは1本になり、錯形成していることがわかりました。さらに、XPSのピーク面積からサンプル中の窒素/亜鉛存在比はN:Zn = 4 : 1の比であることがわかり、bis(dipyrrinato)zinc(Ⅱ)錯体が形成していることが示唆されています。
また、AFM測定の結果、金属錯体シートN1の厚さが1.2 nmであるとわかり、これがbis(dipyrrinato)zinc(Ⅱ)錯体の厚さと一致することがわかりました。以上より、生成したナノシートが単層のbis(dipyrrinato)zinc(Ⅱ)錯体ナノシートであると明らかになりました。
さらに形成したナノシートは、500 nm付近の可視光領域に吸収が見られたため、色素増感太陽電池のような光電変換材料への応用の可能性が示唆されます。
XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy):サンプル表面にX線を照射し、生じる光電子のエネルギーを測定することで、サンプルの構成元素とその電子状態を分析することができる。
AFM(Atomic Force Microscope):原子間力顕微鏡。AFMの端針を用いてサンプル表面を削ることにより、基盤とサンプル表面の距離を測定することができる。
色素増感太陽電池への応用
合成した金属錯体ナノシートの光電量子収率を測定を行いました。ナノシートをSnO2上に貼り付けて作用電極とし、対電極としてPt電極、参照電極としてAg電極、電解質としてtriethanolamine (TEOA)を用いて、光照射時のアノードの電流変化を計測しました。測定の結果、光を照射した時のみ光応答電流が流れることがわかり、色素増感太陽電池の有機色素として用いることができることを示しました。また、層数と光電量子収率の関係性を考察したところ、単層で最大の光電量子収率(0.86%)であるとわかりました。この値は、M2 (0.030%)やこれまで最大とされたM3 (0.069%)に比べ10倍以上大きい値を示しています(図 7)。単層のナノシート構造が光電量子収率を向上させることを示唆するとともに、光電変換機能を有するナノシートの合成に成功した例といえます。
今後の展望
筆者らは、色素増感太陽電池の色素として光電変換機能を有する金属錯体ナノシートの「ボトムアップ型」合成に成功し、単層シート構造が機能性材料として有用であることを示しました。現在材料に応用されている他の金属錯体モチーフも単層シート状構造にすることにより、様々な性能の向上が期待できると思います。
参考文献
- Kai, K.; Yoshida, Y.; Kageyama, H.; Saito, G.; Ishigaki, T.; Furukawa, Y.; Kawamata, J. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 15938. DOI: 10.1021/ja804503f
- Hoshiko, K.; Kambe, T.; Sakamoto, R.; Takada, K.; Nishihara, H. Chem. Lett. 2014, 43, 252. DOI: 10.1246/cl.130882
- Kambe, T.; Sakamoto, R.; Hoshiko, K.; Takada, K.; Miyachi, M.; Ryu, J.-H.; Sasaki, S.; Kim, J.; Nakazato, K.; Takata, M.; Nishihara, H. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 2462. DOI: 10.1021/ja312380b
外部リンク
- 西原研究室 – 東京大学大学院理学研究科化学専攻/理学部化学科
- 西原寛 – Wikipedia