Tshozoです。少し気になりましたので、炭素繊維のことを書こうと思います。なお記事タイトルの結論は「炭素繊維は特定の性能では優位に決まってる」のですが、それ以外にも考えるべきことがあるんじゃないか、という意味であるとご理解いただけますと有難いです。
炭素繊維が応用される分野一覧 こちらより引用
筆者のおすすめは自転車とか自転車とか自動車とか
歴史
開発の経緯は非常に優れた資料類がWeb上で読める(本項の最後に記載)ため、概略のみにとどめますが、キーポイントは
「発明はアメリカだったが、飛行機などの高機能製品への応用化に成功したのは日本だった」
ということです。
日本での産業化の最初期に大きな貢献をはたした、進藤昭男博士 (産総研サイト より引用)
進藤博士のバトンを繋いだ重要人物として、東レ社の森田健一氏、三井茂雄氏が居た
いったい何が難しかったのか。
言うまでもないですが炭素繊維はある意味「究極の『量産』品」で、何千本~何万本の繊維の束を高品質で何千トンも連続して作り続けねばならないという、尋常でない製品です。普通の服に使う繊維なら別に何千本のうち数本切れていても人命にかかわらないケースがほとんどでしょうが、炭素繊維はその切れた部分にクラックが走り、全体が壊れる「かもしれない」ような構造体に使われるケースが多々あり、小姑のように(褒め言葉です)継続的に高品質を追及する/できる文化を持った企業体でなければ製造できないという意味で究極の化学品なわけです。
現在の炭素繊維生産世界シェアのおよそ60%を日本企業(東レ殿、東邦テナックス殿、三菱化学殿・2013年時点/低価格品で中国企業の凄まじい追い上げにあっている)の3社で取っているという特異な状況なのですが、先進性と国民性と企業文化とがうまく融合した結果であると言えるでしょう。研究開始当時繊維の先人であったデュポン社も1960年代当時から炭素繊維研究開発には相当長い年月をかけていたのですが、上記3社に対し結果的に「スジ悪」な量産法(乾式紡糸による原料製造)を選んだため、最終的に製品化中止を余儀なくされます。
炭素繊維の製品パッケージイメージ例 このテープ(「トウ」)の中に含まれる炭素繊維本数の量に応じ一般に
30000本以上・・・ラージトウ 30000本未満・・・スモールトウ又はレギュラートウ と呼ばれる
ボビンの図・拡大図はSGL社 HPより引用 電顕図は東レ社 社外発表資料より引用(リンクは下記)
ここ数年の「スモールトウ」生産量の推移(2015年及び2016年は予想値)
赤枠の中の日本各社も海外生産を積極的に推し進めている ラージトウは今なお日本メーカの独壇場で
また海外から叩かれないか心配になるレベル
●この項参考文献:
①「独創的な商品開発を担う研究者・技術者の研究」
文部科学省 科学技術政策研究所 第2 研究グループ 石井 正道氏による報告書 こちら
②”CFRP Engine Acoustic Cover : Low Cost Manufacturing Process by Microwave Curing and Carbon Valley Activity in Korea”
Korea Institute of Carbon Convergence Technology Henry Shin氏によるプレゼン こちら
どう作るのか
その製造方法も色々な書物やサイトで紹介されているため、下記のように概略に留めますが、おそらく実際にその工程を目にした人はそう居ないのではないでしょうか。というか、工程に携わっているという情報自体が秘事項でしょうから聞いても教えてくれないはずです。それもそのはず、戦闘機などの兵器に転用できる材料ですから(実際、某国経由で某国にこの繊維を流した会社の社員が逮捕されました(ニュースはこちら))。三社三様に色々な工夫をされているはずですが、薬籠中の秘というのはこういう技術のことを言うのでしょう。
ともかく、原料によって作り方も違うのですが、ここではポリアクリロニトリル(PAN)を原料にする製法の概要を示します。基本的には「原料繊維を高温で蒸し焼きにしてグラファイト化、バッキバキに硬くする」というもの。しかしその比較的単純(!)に見える工程の中に多大なノウハウが詰まっており、それが各社の競争力の源泉になっているはずです。筆者には及びもつかんレベルの話ですが・・・
典型的なPAN原料からの炭素繊維の製法概要と起きている反応
実際には純粋なPANではなく、ヒドロキシエチルニトリル共重合体を用いて一工夫加えているもよう
温度に応じて炭素の結晶化(部分的に黒鉛化)が進み、強度が増大する
いずれもオーストラリア国家プロジェクト”Carbon Nexus”資料より筆者が改編して引用
ただ、東レ社の発表資料からの情報や、やデュポン社が何故乾式紡糸のタイプでの炭素繊維生産から手を引かねばならなかったかを考えると、現在強度を向上させるには炭素繊維表面の欠陥を如何に減らすか、が大きな技術上のキーになっていることが推測されます。ここまで技術がハイレベルかつ緻密化してくると後発組は先行者になかなか追いつけない状況なのではないでしょうか。炭素繊維の産業黎明期に商売上の「機を見るに敏」であった各社の実力に加えて、この絶え間ない緻密化を継続して積み重ねられているかどうかが日本勢がトップをひた走っていけている重要な理由と思われます。
東レ社 社外発表資料による、表面欠陥と強度との関係を示すグラフ
年代(横軸)とともに繊維表面の凹凸を低減している様子が明確に示されている
乾式紡糸ではナノレベルの表面粗さを出すにはまずムリなレベル(資料リンクは下記)
●この項参考文献:
①「Carbon Nexus Capabilities」
Australia国家プロジェクト”Carbon Nexus”途中経過報告資料より引用 こちら
②「炭素繊維複合材料への取組み」
島田理化技報 No.23(2013) 加藤篤氏による報告書 こちら
③Standord University, 2010年 Tomoya Yamashiki氏(東レ, Director of Corporate Research and business Development)
講義資料プレゼン こちら
どう使われるのか
で、今回のメインのお話。上記のような工程を経て出来上がった炭素繊維は、そのままでは役に立たずバッサバサの髪の毛くらいの価値しかありません。ではどうするのかと言うと、下のような「ノリ(接着剤・・・のようなもの)」でかためて使います。使うにも、長繊維のままと短繊維にして使うやり方がありそれぞれ一長一短があるため、用途に応じて使われることになります。
いわゆる「ノリ」成分 エポキシ、ウレタン、ポリアミドなど
一般的には熱硬化樹脂(3次元架橋プラスチック)が主流だが、
最近熱可塑性樹脂を用いるケースが増えてきている
長ものは巻き付けて固める(上)、平ものは金型に入れて固める(下)という製法で作製
どっちも機械が相当に大型で実際に見るとなかなか壮観
こうしてできる炭素繊維構造体は非常に高強度、軽量、温度変化に対しひずまない、サビない、電気通す、無敵!鉄にもアルミにも勝つる! といいことづくめ・・・
・・・・というわけにはいかないのです、もちろん。その話はまた次回に。
●この項参考文献:
「Wirtschaftliche RTM-Prozesstechnologien für die Herstellung von CFK-Motorradfelgen 」
ETH libraryより こちら