ロタキサンのシャトリング
ロタキサンとは、一般的に棒状分子がリング状分子の輪の中を通り、棒状分子の両端が大きな分子(ストッパー)で固定されている超分子のことを言います。ロタキサンの特徴としてリング状分子が棒状分子上の2つの認識サイト間を移動する、つまりシャトリング分子として働くことが知られています。うまく設計したリング状分子と棒状分子を使えば、リング状分子の「動」と「静」や、2つの異なる認識部位をデジタル信号の「0」、「1」と見立てたスイッチングが理論的には可能です。このようなロタキサンを使ったシャトリング分子は1991年Stoddartらによって初めて合成されました [1] (図 1)。Stoddartらは温度可変NMR測定により、20 ℃においてはリング状分子が2つの認識サイト間を動き–50 ℃では停止するといった溶液中での分子シャトリングを実現しました。その後、pH応答[2]、光応答[3]、認識サイトの酸化還元応答のシャトリング分子[4]などが設計・合成されています。
さて、一見するとロタキサンを用いたシャトリング分子の合成は2000年代初頭には確立したように思えます。しかし、これまでに報告されたロタキサンのシャトリングや回転運動は全て溶液中での観測であり、実際にこの科学を高密度な分子素子や分子スイッチなどの材料として応用することを考えると固体中での高密度な運動が求められます[5]。最近、ようやく固体中(MOF中)で分子シャトリングを実現した研究結果がウィンザー(Windsor)大学のLoebらによって報告されましたので紹介したいと思います。
“A molecular shuttle that operates inside a metal–organic framework”
Zhu, K.; O’Keefe, C. A.; Vukotic, V. N.; Schurko, R. W.; Loeb, S. J. Nature Chem. 2015, 7, 514. DOI: 10.1038/nchem.2258
固体中での分子シャトリング成功の秘訣
固体中でロタキサンが動かない理由は、固体状態ではロタキサン同士が水素結合や分子間力で密にパッキングされており、リング状分子の動きが阻害されているからです。一方、溶液中では分散するため分子の自由度が高く、その結果、シャトリングが高速で進行し、それを観測可能となります。そのため固体中でのロタキサンの運動を誘発するためには固体結晶中にリング状分子が動くことができる「空孔」が必要となります。
そのためLoebらは、ロタキサンと空孔をMOFで作り出すことを考えました。これが固体中における分子シャトリングを成功に導いた秘訣です。
実際、2003年ロタキサンを含むMOFであるMORFの合成に成功しています[6]。MORFのX線単結晶構造解析から、ロタキサンがMOF中に含まれていることを確認しています。また、2012年には、2つのベンゼンジカルボン酸部位の間にクラウンエーテルを導入した1を合成しました。Loebらは1とCu(NO3)2・3H2Oを用いて錯体を形成させ、MOFであるUWDM-1をつくりました。UWDM-1を使ってロタキサン中のクラウンエーテルの回転を固体NMRによって観測することに成功しています[7]。さらに、2014年には亜鉛を用いたMOFに2を含ませたUWDM-2及びUWDM-3を調製し、両者のリング状分子の回転運動を固体NMRによって観測していています[8]。そして、今回はより空孔が広いUWDM-4を調製し、MOF中でのシャトリング観測を試みました(図2)。
MOF中でのシャトリング分子のデザインと合成戦略
MOF中でのシャトリング分子を設計するキーポイントは次の2つ。
- リング状分子の運動に必要な結合能の高い認識サイトを2箇所導入すること
- ロタキサンのリング状分子が棒状分子上を動くために十分広い空孔を準備すること
この2点に注意して著者らはシャトリング分子の設計・合成を行いました(図 3)。より広い空孔をもつMOFとしてZn4O(TPDC)3 (TPDC = Terphenyl dicarboxylic acid)を選定し、TPDC骨格にジアミンを導入した4から5に誘導しました。5のイミダゾール骨格はカチオン性であるため、これにクラウンエーテル([24]crown-8)を添加するとイミダゾール近傍にクラウンエーテルを固定することができます。その後、アルデヒドを同じTPDC骨格を変換することで、認識サイトを2つ有する化合物6を合成しました。さらに加水分解による3の合成、続くZn(BF4)2・6H2Oとの錯形成によって、分子シャトルを含む金属有機構造体UWDM-4 ((Zn4O)2(4-4H)3))を合成しました。
MOF中での機能の観測
著者らは得られたUWDM-4に関して、温度可変1H-13C CP/MAS NMRを測定しました(図 4)。高温時にはシャトリング分子が運動することでコアレス(2つのピークの融合)が生じ、1種類のピークとなることが予想されます。低温になるとシャトリングが弱まりコアレスは生じず、2つのピークとなると考えられます。実際に、高温では、ベンゾイミダゾールの2位に対応する1つのピーク(154.0 ppm)が観測されましたが、室温まで下げると2つの異なるピーク(152.7, 155.2 ppm)が観測されました。この結果より著者らは、MOF中でシャトリングが行われていることを結論づけています。また、MOF中におけるシャトリングは、温度可変NMRの実験データに対してピークフィッティングを行うことで、1秒間におよそ280回運動していることが分かりました。このような固体状態中での分子シャトリングの観測は初めての例です。
応用可能?
今回はLoebらによって報告されたMOF中でのシャトリング分子の合成について紹介しました。将来的には、分子スイッチなどの機能性材料としての応用が期待できる!
といいたいところですが、それはまだまだ先の話。なかなか困難な道があると思います。ただ、分子が密に凝集した固体中にも関わらず、その固体中で分子が運動させるアイデアと設計・また実際に合成し、シャトリングを観測したことは現象論として大変面白く、こういう研究は材料としての使える、使えないという議論の前に、ピュアなサイエンスとして価値のあるものだと思います。
関連文献
- Anelli, P. L.; Spencer, N.; Stoddart, J. F. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 5131. DOI: 10.1021/ja00013a096
- Bissell, R. A.; Cordova, E.; Kaifer, A. E.; Stoddart, J. F. Nature 1994, 369, 133. DOI:10.1038/369133a0
- Murakami, H.; Kawabuchi, A.; Kotoo, K.; Kunitake, M.; Nakashima, N. J. Am. Chem. Soc. 1997, 119, 7605. DOI: 10.1021/ja971438a
- Tseng, H.-R.; Vignon, S. A.; Stoddart, J. F. Angew. Chem. 2003, 115, 1529. DOI:10.1002/ange.200250453
- (a) Loeb, S. J. Chem. Soc. Rev. 2007, 36, 226. DOI: 10.1039/B605172N (b) Coskun, A.; Banaszak, M.; Astumian, R. D.; Stoddart, J. F.; Grzybowski, B. A. Chem. Soc. Rev. 2012, 41, 19. DOI: 10.1039/C1CS15262A
- (a) Loeb, S. J.; Davidson, G. J. E. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 74. DOI:10.1002/anie.200390057 (b) Hoffart D. J.; Loeb, S. J. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 42, 901. DOI: 10.1002/anie.200461707
- Vukotic, V. N.; Harris, K. J.; Zhu, K.; Schurko, R. W.; Loeb, S. J. Nature Chem. 2012, 4, 456. DOI: 10.1038/nchem.1354
- Zhu, K.; Vukotic, V. N.; O’Keefe, C. A.; Schurko, R. W.; Loeb, S. J. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 7403. DOI: 10.1021/ja502238a
関連書籍
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