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化学者のつぶやき

フラクタルな物質、見つかる

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同じ分子でも、分子の並び方が変わると全く異なる性質を示すことがあります。
最近その分子の並び方として「フラクタル構造」をとる物質が報告されたので紹介させていただきます。その前に、分子の並び方の基本、結晶やアモルファスから説明しましょう。

結晶とアモルファス

砂糖水をゆっくり蒸発させると砂糖の結晶が育ってきます。結晶中ではグルコース分子が周期的に並んでいます。砂糖に限らず、ほとんどの分子が結晶構造をとり、分子が周期的に(より難しい言葉でいうと並進対称性を有して)並びます。

グルコースの結晶構造

グルコースの結晶構造

 

そのような規則構造を取らず、不規則な構造のまま固まってしまうものもあり、これらは非晶質(アモルファス)と呼ばれます。代表的なものが窓ガラスなどのガラスですね。バラバラに並ぶより、きっちり並んだ方が分子間相互作用を多く稼ぐことができるため、ほとんどの物質は高温からゆっくり冷やすと結晶状態になります。一方溶液状態から急速に冷やすとバラバラの状態でそのまま分子運動を凍結されてしまい、アモルファスになりやすくなります。非晶質なものはガラスに限らず、たとえばプラスチックの多くもアモルファスですし、カーボン材料や金属材料でも周期構造の全くない、アモルファスカーボンやアモルファス合金と呼ばれるものもあります。結晶の内部では物質が規則的に並んでいるため、どんなに硬くてもある方向にパキッと割れやすいことがありますが、アモルファスな材料はそのような決まった向きがないため、割れにくかったり、ひびが入っても途中でひびが止まったりすることがあるため、耐衝撃性のものには適しているとされます。

 

Unknown

ガラスのアモルファス構造

それ以外の分子の並び方

それでは世の中には結晶か、アモルファスしかないのでしょうか?
最近ではそうでも無いというか、結晶の定義を考え直さなければならないような物質が見つかってきています。その代表がノーベル賞を受賞した準結晶です。準結晶はどんな方向にも周期構造がなく、通常の並進対称性を有しておりません。それでも、6次元空間の周期構造を3次元に射影したものであったりするため、全くのランダムというのとも違うそうです。6次元空間の周期構造といわれても筆者にもよくわかりませんが、この通常の周期構造がないという特徴の為に、特定方向に割れやすいということのない衝撃に対して強い材料ができると期待されます。

準結晶

準結晶

 

また別の変わった周期性として、フラクタルというものがあります。フラクタルというのは、「一部を拡大すると元の構造と同じものになる」(自己相似性)という特徴をもった図形の総称で、元々は樹木や海面のさざ波、海岸線の形など、自然の中でみられる様々な形を数学的にモデル化したものです。そのようなフラクタル特性を有する図形としては三角形を並べたシェルピンスキーの三角形、 メンガーのスポンジなどがよく知られています。

2015-06-12_09-21-06

化学の世界、分子の並び方でもフラクタル構造を作ることはできるのでしょうか。最近Wang、Gottfried、Wuらによってシェルピンスキー型構造を有する分子配列が報告されました。

 

“Assembling molecular Sierpiński triangle fractals”

Shang, J.; Wang, Y.; Chen, M.; Dai, J.; Zhou, X.; Kuttner, J.; Hilt, G.; Shao, X.; Gottfried, J. M.; Wu, K. Nature Chem. 2015, 7, 389. DOI: 10.1038/nchem.2211

 

フラクタル構造をもつ分子配列をつくる

著者らはくの字型にまがったジブロモオリゴフェニレンを清浄な銀の(111)面に真空蒸着し、すぐに極低温まで冷却することで、隣接分子間の臭素-臭素間相互作用を利用して分子を固定し、その分子配列をSTMにより調べました。すると見事なシェルピンスキー骨格が見られているではありませんか。まずはその美しい図をご堪能いただきたいと思います。

2015-06-15_08-25-16

シェルピンスキー骨格がみられるSTM像(論文より出典)

分子や冷却条件によりうまく育ったり、あまり育たなかったりという違いはありますが、ゆっくり冷却することで第4世代まで作成することに成功しています。

分子間相互作用も3つの臭素が相互作用することにより、どんなに世代が成長しても手が3つしか残らないことで、同じ世代同士がくっつくことで上の世代の骨格が成長してくると説明されています。しかしながら、同じ世代同士がくっつかなければならないという設計は見られませんし、そもそもこのような分子配列を狙って作ったとはとても思えませんし、彼らの論文も、物理学者や数学者の理論を待ちたいという結論で終わっています。

 

しかしながらこのような設計をしっかり狙って作ることができる可能性は十分にあるように思いますし、フラクタルの構造から、空間が大きく、しかも電子伝導性や引張強度などの物性にすぐれた新材料ができる可能性はあるように思われます。

またフラクタルというのは変な次元をもっている化合物として知られています。詳しくはより数学的なサイトやウィキペディアを見ていただけばわかりやすいので省略しますが、シェルピンスキー図形は2倍するとパーツが3倍に増えるので、次元はlog23 = 1.59次元ということになります。
次元性というのはある種の物性においては重要で、たとえば一次元の金属は、低温では必ず半導体に転移する(パイエルス転移)ことや、1次元の磁性体では磁石(強磁性体)にはならないことが知られています。
もしシェルピンスキー構造のパイ電子配列を作ったら、パイエルス転移をするのか?磁石になるのか?など、興味がわくところです。

また世代を重ねると急速に大きくなるという特徴は、PCR法を連想させます。我々が認識している分子というのは、1モル = 1024個程度の分子やモノマーの集まりですが、たった一本のDNA鎖でも1分ごとに倍に増やし続けると、80分程度で1モルの分子を作ることができます。
同様にもしこのシェルピンスキー図形を1つだけ、世代を成長させ続けることができれば、32世代で、1辺1mの正三角形を作ることが計算上可能です。目で見ることの出来る分子シェルピンスキー図形、なんて夢がありませんか?
その時1015個、10ナノモル程度の分子しか必要ありません。

一方、平面を隙間なく詰めると1019個程度必要です。

指数で書くとわかりにくいですが、わずか1万分の1の分子でシートを形成することができることになります。もし3次元的なフラクタルを並べることが出来たら、と考えるとインパクトは大きいように思います。

ポリマーや配位高分子などとは違う、新材料となるポテンシャルのある研究であるように思いますので、この分野の発展を期待したいです。

 

関連書籍

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