【6/20 ご指摘いただき、内容を追記・修正いたしました コメント頂きました方々、どうもありがとうございました】
【特にラングミュアについては完全に物理学で受賞したと勘違いしていました 不勉強をお詫びいたします】
Tshozoです。だいぶ間が空いてしまいましたがサボってたわけではなく窓際なりに色々忙しいのです。
今回はふと気になった表題の疑問、「ノーベル化学賞受賞者中で企業在籍中に挙げた成果で受賞された方は、今までに一体何人いるのか?」をザザッと調べてみることにしました。下線部のことがポイントになりますので、企業の顧問として活躍していたチーグラー・ナッタ触媒の祖 ジュリオ・ナッタ教授やデュポン社でカローザスと共に働いていた高分子理論の祖 ハワード・フローリー教授や、空軍(企業じゃないですが)に居たフロンによるオゾン層破壊を明らかにした大気化学者のパウル・クルッツェン教授は対象になりません。ご了承ください。
【該当者内訳】
ということで結果発表です。実は非常に少なく、総勢168人(2014年まで・某国家主義による辞退者除く)のうち7人しかいません。賞の性格からして大学や研究所に与えられるべきものですからそりゃ当然っちゃ当然なのですが、それにつけても少ねぇなぁと。詳細氏名と業績詳細は下記表になります。
いずれも凄まじいインパクトなのですが、この中でも特筆すべきなのがカール・ボッシュ。現在世界一の自動車部品会社であるボッシュ社の創業者ロバート・ボッシュを伯父に持ち、自らの父も配水管業者として成功して財をなしていた環境で育った彼は機械・金属に親しみ育ちますが、大学では化学を専攻。染料の発明者ウィリアム・パーキンの師匠であるヨハネス・ウィスリセヌスに学んでライプチヒ大学化学科を首席で卒業後にBASFに入社します。しかし、本人の性格もあってか、しばらく傍流的な仕事を続けることになります。
転換点になったのは、当時既に大化学者で「イケイケのヤマケン」的な存在だったオストワルドの実験データを検証する仕事を任され、オストワルドとの論争に勝利してから。その後ハーバーとの共研によるアンモニア量産化の成功を成し遂げ、BASFの社長、そして功罪併せ持つドイツ化学界トラスト「I.G.Farben」のトップに登りつめます。世界的な大企業での社長を務めてしかもノーベル受賞者というのは、この5人の中でも極めて異彩を放っており、物理学賞や医学賞を見渡しても例がありません。同氏の2つしかない長編伝記の”In Banne der Chemie – Carl Bosch Leben und Werk”(BASFの特許部長だったKarl HoldermannがWWⅡ後に書いた、貴重な書物)及び5年ほど前に出版された”The Alchemy of Air”を読むと、誤解を恐れずに言うと「ノーベル賞自体が霞むような凄まじい人生」であったことが伺えます。その意味でもカール・ボッシュはちょっと特殊すぎるケースと言えましょう。
筆者のフォルダが火を噴く写真集
晩年(下段)は心労により自殺未遂も起こすなど、痛々しい表情のものが多い
唯一笑みを浮かべているのはノーベル賞を受賞した時
蛇足ですが、BASFでボッシュを育てたハイリンヒ・フォン・ブルンクは、ハインリッヒ・カロと共にインディゴ量産化にも成功しま した。もともとアドルフ・フォン・バイエル(1905年 化学賞受賞/同じく化学企業のBayerとは基本的に関係なし)が合成に成功したもので、企業人として非常にインパクトの大きなノーベル化学賞受賞者を 3人(バイエル、ボッシュ、ベルギウス)も創出したことになります。後にも先にも類稀な化学界の名伯楽だったと言えますが、この御仁、
- イエスマン嫌い
- 「バクチ」好き
- 科学好きの楽観的なエンジニア
だったと伝わっています(“The Alchemy of Air” Thomas Hager 著より こちら)。親分肌というか、太っ腹なところがあったのでしょう。こういう方がいてこその技術開発であると心底実感しております。
残る6人のうち、ラングミュア氏には物理学者としての側面を取り上げた(!)素晴らしい伝記がありますし、チャールズ・ペダーセン氏は有機化学美術館で詳細が取り上げられています。また田中耕一氏は既存メディアで多く紹介されていますからここでは採り上げません。次にリヒャルト・エルンスト氏。エルンスト氏については来年NMR発明50周年ですからまた別途記事を組むので今回は割愛します。残るキャリー・マリス氏については「マリス博士の奇想天外な人生」として自伝を著されていますので筆者が書くまでもないでしょう。ウィリアム・ノールズ氏については筆者の力不足のためPNASに挙げられた取材内容以外、ご本人の人となりを示す文書が未だ見つかっておりません。
ということで個別事案は上記のボッシュのみとして、下記、共通点と特徴を書いてみることにします。
【特徴と共通点】
各位の優秀さについては筆者が語るに落ちるので省略するとして、特徴として筆者が感じたのは「化学を専攻された方で所謂「化学」の成果として受賞されたのは、2人しかいない(ペダーセン氏、ノールズ氏)」ということです(ボッシュも化学を専攻していましたが、伝記を読むとわかるとおり、装置開発に近かった成果でした)。
このお二人以外の5名の共通点としてキーワードをくくると「異分野からの武器を持っていた」ことでしょう。下のような表を作ってみたのですが、いずれの方々も純粋な化学(有機化学・無機化学)以外に別の技術軸を持っていたことが特長として挙げられます。
考えてみれば大学・研究機関に居られる先生方と企業体の中に居て戦うというのは、剣道で言うと日本代表クラスの選手に防具無しで挑むようなもんです。たとえば全合成で何十年も継続されている先生方の分野に企業の平社員が挑んだ場合、まず即死確定でしょう。
そう考えると、そういうレベルの方々を出し抜くにはルール自体を無視する場をつくるか、剣に勝てる銃器を持ってくるかしなければなりません。要は時間と技術の組合せとコンセプト(切り口)次第で、アカデミアにも匹敵するインパクトを示せるのだ、ということをこの5人の方々が示してくださっているということだと思います。
【なんでこんなことを調べたか】
筆者はある組織体に属していますが、その中で「ノーベル賞を取れるような、インパクトのある成果を出したい」と初々しく宣言する新人君たちを何人か見てきました。そしてだいたいの場合、言うも無残語るも無残でその期待を裏切られ裁量もなく科学もなく的外れのことをやることになり、目から光が消え肩が落ち立派な**になっていくのを苦々しく見ていたわけです。
しかし、最近の優秀な若者たちに接してみると、もしかしたらそういうことも有り得るんじゃないかなぁと感じました。また研究者として食っていける方々の人数が実質的にシュリンクしつつある現代、本来なら大学・研究機関の相当上位で活躍されていそうな人々が企業体に流れてきていているケースも有り得ることを考えると、決してその可能性はゼロではないはずと信じています。
あとは、そうした優秀な若者たちを受け入れた企業体が、少なくとも研究開発分野においては彼らに創造性を発揮させ、自由を与える度量を持ち、少なくとも社畜製造所となっていかないことを祈るばかりです。最も人間のニーズに近い製薬企業であっても中央研究所を閉鎖したり開発陣の人数を減らしたりすることが珍しくなくなっている現在、そうしたアホな贅沢なことが出来るわけがないだろうと言われそうですが・・・。
国内外に限らず成熟した企業体というのはそういうものだ、と筆者自身何度も聞きましたしそう世間でも言われていますが、それをやっちゃあお終ぇだよ、と思ってしまうことが頻発する現実を見ると、甘っちょろいと言われようが何だろうが、蟷螂の斧と言われようがそうした体質には常々反発せねばならんと思っています。新約聖書に「文字が精神を殺し、精神が文字を活かす」という一文がありますが、その後半の文章の意義を今こそよく噛み締めねばならんのではないでしょうか。
それでは今回はこんなところで。