四塩化ケイ素(SiCl4)をLiAlH4等で還元すると、シラン(SiH4)が発生します。
シランは、空気中で自発的に酸素と反応し、SiO2を与えます。
ケイ素と炭素
SiO2は、二酸化炭素(CO2)のケイ素類縁体ですが、これらは全く異なる性質を示します。
細かい説明は省きますが、、
(i) ケイ素の3s-3p軌道はサイズの差が大きく、混成軌道を形成する際の両軌道の相互作用が、同程度の2s-2p軌道サイズを持つ炭素の系よりも効果的ではない
(ii) 3p軌道の空間的広がりが大きいことや軌道内に節があることに起因して、π結合が弱い
などの特徴のため、π結合を持つケイ素化合物の合成には、電気陽性な置換基もしくは嵩高い立体保護基を導入するなど、通常、なんらかの安定化を必要とします。[1]
ところが、SiO2はケイ素周りに酸素が二つしかないので、容易にオリゴマー化して様々な多量体を形成し、そこでは全てのSi-O結合が単結合となります。このSiO2、サンドマンの主成分のでもあります。[2]
二酸化炭素が単量体として安定に存在できるのに対し、ここまで性質が違うとは、驚きですね。
単純に、反応エネルギーを見積もってみると、
SiO2: Si=O bond x 2 = 153 kcal/mol x 2 = 306 kcal/mol
[SiO2]n: Si-O bond x 4 = 111 kcal/mol x 4 = 444 kcal/mol
と、多量化によって、単位ユニット当たりおよそ138 kcal/mol、安定化することがわかりますね。
他にも類似の[SiaOb]を基本ユニットとする物質は、主にシリカートという形で存在しています。例えば、タルク [Mg6[Si8O20](OH)4]やトレモライト [Ca2Mg5(Si8O22)(OH)2]などなど。
一方で、SiOやSiO2の単量体は、星間分子としてまたは高温下で検出された報告例があるのみで、遷移金属を用いたとしてもマトリックス中で観測するのが精いっぱいでした。[3]
さて、ごく最近、ジョージア大学のRobinsonらによって、Si2O3とSi2O4ユニットの安定化に成功したったぜ、という論文が報告されていたので紹介したいと思います。
Wang, Y.; Chen, M.; Xie, Y.; Wei, P.; Schaefer III, H. F.; Schleyer, P. v. R.; Robinson, G. H. Nature Chemistry 2015, 7, online, DOI:10.1038/nchem.2234
著者らは以前合成した、カルベンで安定化されたSi2(1)を原料として用いています。[4] 1と酸化窒素(N2O)との反応から、Si2O3ユニットを持つ化合物 (2)を50%の収率で得ています。また、1と酸素との反応からは、Si2O4ユニットを持つ化合物 (3)がおよそ39%の収率で得られています。
それぞれ、Si2O三員環及びSi2O2四員環骨格を持つ特徴的な分子構造を、X線構造解析によって明らかにしています(下図*原著論文より)。
結合長や理論計算による電化分布、軌道の解析などから、2および3の電子状態には、それぞれ2A、2Bの共鳴構造の寄与が大きく効いていると結論づけています。
やはり、Si=O二重結合を持つ状態は好ましくないのでしょうか。2Aや2Bの中のSi-O結合は、形式上すべて単結合ですもんね。つまり、カルベンの配位によって2Aや2Bの状態を導くことができた結果、このようなSi2On (n = 3 or 4)ユニットの安定化に成功したということでしょう。
NHCをうまく利用した研究、一段落するのかと思いきや、まだまだ出てきますね。
それではもう一つ、関連論文を紹介。
Ahmad, S. U.; Szilvási, T.; Irran, E.; Inoue, S. J. Am. Chem. Soc. 2015, ASAP. DOI: 10.1021/jacs.5b01853
ドイツ、ベルリン工科大の井上らは、NHCを使うことで、アシリウムイオンのケイ素類縁体の合成に成功しています。
アシリウムイオンとは、[R-C≡O]+の電子状態を示すカチオン種であり、炭素と酸素原子間には三重結合性が見られます。
上述したとおり、ケイ素-酸素多重結合の反応性が高いことに起因して、アシリウムイオンのケイ素類縁体(シラ-アシリウム)[R-Si≡O]+を単離したという例は、これまでに報告されていません。著者らは、二つのNHCでサポートされたシリリウミリデン (4)というカチオン種を、反応の前駆体として用いています。
カチオン性のアシリウム種を合成するためにカチオン種を原料に用いる、スマートなアプローチですね。4と二酸化炭素(CO2)の反応から、直接、シラ-アシリウム (5)を合成しています。この反応では、一酸化炭素が複製していることから、金属を用いない二酸化炭素の還元、という視点からも興味深い反応だと思います。
また、先のRobinsonらによって合成された2および3と同様に、化合物5においても、5Aのような共鳴構造の寄与が分子の安定化に効いているようです。
活性な化合物を単離するには、一番安定そうな共鳴構造を見つけ、そこに狙いを絞った合成戦略を立てる というのが一つの有効な手段だということでしょう。「共鳴構造式」という基礎的なコンセプトは、日本だと高校の授業であたりで既に学ぶことと思います。最先端の研究においても、いかに基礎が重要であるか、ということを再認識させらるような内容だと感じます。
参考文献
- Raabe, G.; Michl, J. Chem. Rev. 1985, 85, 419-509. DOI:10.1021/cr00069a005
- 砂から有機ケイ素の原料を!
- (a) Jutzi, P. & Schubert, U. Silicon Chemistry: From the Atom to Extended Systems (Wiley-VCH, 2003); (b) Mehner, T.; Koppe, R.; Schnockel, H. Angew. Chem. Int. Ed. 1992, 31, 638-640. DOI: 10.1002/anie.199206381 ; (c) Mehner, T.; Schnockel, H.; Almond, M. J.; Downs, A. J. J. Chem. Soc. Chem. Commun. 1988, 117-119. DOI: 10.1039/C39880000117 ; (d) Chenier, J. H. B.; Howard, J. A.; Joly, H. A.; Mile, B.; Timms, P. L. Chem. Commun. 1990, 581-582. DOI: 10.1039/C39900000581; (e) Schnockel, H; Angew. Chem. Int. Ed. 1978, 17, 616-617. DOI: 10.1002/anie.197806161
- Wang, Y.; Xie, Y.; Wei, P.; King, R. B.; Schaefer III, H. F.; Schleyer, P. v. R.; Robinson, G. H. Science 2008, 321, 1069. DOI:10.1126/science.1160768
関連書籍
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関連リンク
- C&E NEWS
- S. Inoue
(i)
(ii) Merkel setzt auf Zusammenarbeit mit Japan
(iii) Inoue-lab