突然ですが、問題です。
以下の化合物の中心は不斉炭素です。絶対立体配置を R または S で決定してください。
正解は…R だそうです。筆者はしばらく迷いましたが正解できました。
しかし、ChemBioDraw 12 で求めてみると…なんと S と判定されるのです。なぜでしょう? というわけで、正解だった方も不正解だった方も、もう一度考えてみましょう。
Cahn-Ingold-Prelog 則のおさらい
今回のトピックは大学の有機化学では必ずと言っていいほど現れる Cahn-Ingold-Prelog 則です。「炭素原子に結合している4つの置換基のうち、“優先順位”の最も低いものが視線の奥になるように分子を配置する(図で a>b>c>d とすると、d が奥)。3つの置換基が時計回りに並んでいれば R、反時計回りに並んでいれば S の立体配置とする。」というものですね。
ここまでは大丈夫ですね。問題はこの“優先順位”の決め方です。全部で5段階の決定手順があるのですが、そのうち必要になる頻度が高い規則が上位2段階です。
- 原子番号の大きいものが優先する。
- 質量数の大きいものが優先する。
この決定手順は、1番目の規則で順位が決まらなかった場合に2番目の規則を適用し、それでも決まらなかった場合は…のように進みますね。今回の問題にこれを適用してみましょう。
問題の解法
まず、中心炭素に結合した4つの置換基を列挙します。「-CH2OH」「-12CH2CH3」「-14CH2CH3」「-H」ですね。炭素原子に直接結合している原子を比較すると、原子番号の最も小さい H が優先順位が最低となりますので、奥に配置します…というのは出題の段階で済んでいます。あとは残る3つの置換基の順位です。
「1. 原子番号の大きいものが優先する」を念頭に、まずは炭素原子に直接結合した原子をみると、すべて(質量数は違えど)原子番号6の炭素原子です。では、次に見るべきはどこでしょう?
ここで「2. 質量数の大きいものが優先する」に移ってしまうと間違いです。まだ原子番号の規則を隅々まで適用していませんね。そのすぐ隣の原子を比較しましょう。「-CH2OH」だけが原子番号8の酸素原子で、優先順位が高くなります。次を比較しますが、「-12CH2CH3」と「-14CH2CH3」はともに炭素原子で、原子番号の比較だけではこの2つの置換基は区別できませんでした。
そこで初めて「2. 質量数の大きいものが優先する」の規則の出番です。また中心炭素に結合した原子に立ち戻ります。今度は質量数14と12の炭素ですから、優先順位は「-14CH2CH3」>「-12CH2CH3」であることがわかります。これで優先順位がすべて決定しました。もう答えが R になるのはご理解いただけますね?
何が問題なのでしょうか?
この問題は R or S Let’s vote – NextMove Software で取り上げられています。主要な化学構造式を描くツールには絶対立体配置を自動決定する機能がありますが、上の化合物の場合に判定を誤ることが指摘されていました。ChemBioDraw ですら S と判定したというのは正直驚きます。
いかがでしょう? 命名法はあくまで有機化学の中でも軽視されがちですが、深入りしてみるとこのように紛らわしい例もでてきます。ChemBioDraw などのソフトウェアは自動で絶対立体配置を同定してくれますが、時にはこのような誤りが起こりうることに注意し、自分の手で確認することも必要ですね。
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