細胞表面の受容体の機能解析には、GFPなどの蛍光タンパク質を目的の受容体へ結合させて可視化する方法がよく用いられます。しかしこの方法は遺伝子組み換えを伴うため内在性の受容体には適していません。内在性受容体の解析の場合は、蛍光標識した抗体を用いて受容体を標識する抗体染色が一般的な手法として広く用いられています。
一方で、この方法は抗体を介するため、
- 受容体を直接ラベル化することができない
- ラベル化が可逆的である
と攻略しなければならない大きな2つの課題があります。
最近、海賊王、京都大学の浜地らは、独自に開発してきたAffinity-Guided DMAP化学(AGD化学)を抗体と組みあわせることで、これらの課題を解決しうる新しいラベル化法を開発しましたので簡単に紹介したいと思います(図は下記論文から出典)。
“Analysis of Cell-Surface Receptor Dynamics through Covalent Labeling by Catalyst-Tethered Antibody”
Hayashi, T.; Yasueda, Y.; Tamura, T.; Takaoka, Y.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc.2015, 137, 5372. DOI: 10.1021/jacs.5b02867
AGD化学とは
浜地らが開発した、リガンドにDMAPを連結したリガンド連結DMAPを触媒として、チオエステル誘導体をアシルドナーとして用い、標的タンパク質をラベル化する方法です(図1)[1]。生物はちょっとと思う方も、よく見れば大学初年度の有機化学で習う有機反応をタンパク質でやっていることがわかるでしょう。ラベル化はアミド結合を活性本体とは離れたところで形成するため、不可逆的かつ、タンパク質の活性を変えないという利点があります。ここで、ラベル化剤に蛍光分子を用いれば標的タンパク質を可視化することができます。これまでのAGD化学をつかって、標的タンパク質を認識するリガンドとしてFK506、ペプチド、糖鎖などをラベル化することに成功しています。[2][3]
(a)リガンドによるタンパク質の認識 (b)DMAPによるアシルドナーの活性化(c)タンパク質のアミノ酸上の置換基による求核攻撃 (d)リガンドの脱離
DMAP連結抗体をつくる
今回はリガンドとして、抗体を用います。筆者らは、リンカーの長さが異なるDMAP連結anti-HER2 scFvを3種類とDMAP連結anti-EGFR affibodyを2種類合成しました(図2)。続いてHER2タンパク質を発現させた培養細胞をDMAP連結抗体とアシルドナー(4)で処理すると、HER2を選択的に蛍光標識できました。このラベル化の効率は、リンカーの長さと温度に依存します。ここはさらっと書いていますが、泥臭い条件検討が必要な部分ですね。
*EGFR: human epidermal growth factor receptor, HER2: epidermal growth factor receptor 2
*scFv(single chain Fv):抗体が抗原を認識する最小部位をペプチドリンカーでつないだもの。標的タンパク質を特異的に認識するためのプローブ。
内在性の受容体への蛍光標識と動態解析
では内在性の受容体ではどうか。
内在性HER2、EGFRそれぞれに対して、DMAP連結抗体とアシルドナー(4)で処理すると、内在性HER2、EGFRをそれぞれ選択的に蛍光標識することに成功しました (図3. a, b)。
続いて、ラベル化が可逆的な抗体染色では困難な動態解析に取り組みました。EGFRはEGFの添加により細胞内に輸送されることが知られています。[4]DMAP連結抗体によりEGFRを蛍光ラベルした後、EGFを加え3時間放置したところ、EGFRを細胞内部で観測することに成功しました (図3. c)。
さらに、HER2 をDMAP連結抗体によりFL (Fluorescein)でラベル化し、FLでラベル化されたHER2を数時間ごとにウエスタンブロッティングで定量しました。その結果、HER2の総量は一定であったがFLでラベル化されたHER2の量は減少するため、HER2の分解と生合成が常に繰り返されていることが明らかになりました(図3. d)。
一方で、GA (geldanamycin)の添加によりHER2の分解が促進されることが知られています[5]。DMAP連結抗体でラベル化したのちGAを加え、ラベル化されたHER2を数時間ごとにウエスタンブロティングで定量しました。FLでラベル化されたHER2の分解速度が、GAを添加しない場合と比較し加速していることが観測されました。さらに、HER2の総量も減少しました。この結果は、GAの添加により、HER2の分解速度が生合成速度を上回った、もしくは、HER2の生合成が阻害されたことを示唆しています(図3. e)。
HER2のラベル化された位置の解析 (図 4)
ペプチドマスフィンガープリンティングによりHER2のラベル化されたアミノ酸残基を特定したところ、リンカーの長さから想定されるラベル化領域外に、ラベル化されたアミノ酸残基が存在しました(図4)。このことからHER2が揺らいでいるという、結晶構造解析では分かり得ない、より自然に近いHER2の挙動を観測することができています。
最後に
今回の報告では、既存の抗体染色による問題点を克服した新たなラベル化法を開発しました。また 同時に抗体 を用いることで、AGD化学の汎用性が飛躍的に向上しています。今後は、細胞表面の受容体の動態や分子間相互作用を解明する手法としてDMAP連結抗体が活躍することを期待したいと思います。
参考・関連文献
- AGD化学/浜地研究室
- Koshi, Y.; Nakata, E.; Miyagawa, M.; Tsukiji, S.; Ogawa, T.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 245. DOI: 10.1021/ja075684q
- Hayashi, T.; Sun, Y.; Tamura, T.; Kuwata, K.; Song, Z.; Takaoka, Y.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 12252. DOI: 10.1021/ja4043214