ホタルの光で生理活性物質を高感度で捉える
ホタルの光に代表される生物発光を用いたイメージング手法(Bioluminescent Imaging: BLI)は、蛍光イメージング手法(Fluorescent Imaging: FLI)と比較し、目的外の蛍光分子の励起を防ぎ自家蛍光の影響を最小限に抑えることができるという利点があります。したがって、蛍光イメージングに比べて高感度なシグナル検出が可能であり、動植物内での生命現象を解明するために利用されています。中でも、特定の生理活性分子を認識することでその発光がON/OFFになる生物発光プローブを用いたイメージング手法は、どのような時に、どのような場所で、その生理活性分子が発生しているのかを生体内で可視化できる強力な手法です。
生物発光法で用いられるluciferin-luciferase反応は、以下のような生化学的な酸化反応です(図1)。始めに、発光基質であるluciferinがluciferaseの触媒作用によりMg2+、ATPと反応してluciferyl-AMP中間体を形成します。さらにこれが酸素と反応し、二酸化炭素の放出を伴って発光体oxylluciferin anionを生成します。ここで生じるアニオンは励起状態であり、基底状態に遷移する際にエネルギーを光として放出します(図 1)。この光が生物発光であり、これを用いて生物発光プローブが開発されてきました。
現在までに報告されているluciferinやその類縁体を用いた生物発光プローブは、luciferinの6’位をマスクした「caged luciferin」のみであり、これを用いたイメージング手法では検出対象が6’位の置換基を分解することのできる場合に限られます。また、従来用いられてきた6’位の置換基がヒドロキシル基であるluciferinは、エーテル結合が発光を常に消光状態に抑えてしまうため、電子制御を用いたプローブなどの他の制御原理を用いたプローブとして用いることはできません。
これらの背景をもとに今回東京大学の浦野らは、新しいプローブとしてamino luciferin (AL)に注目しました。6’位のALは、生物発光に必要となるluciferin骨格を損なうことなく、窒素原子上にさまざまな修飾を施すことが可能です。そこで、筆者らは、ALの6’位の窒素原子に基質内の電子遷移を制御する化学スイッチを導入することによって、生物発光のON/OFFを変えることができることを初めて見出しました。さらに、開発した新しいイメージング手法を用いることで、従来では検出が困難であった生理活性分子の一つである一酸化窒素の生体内イメージングに応用することに成功しました。
“New Class of Bioluminogenic Probe Based on Bioluminescent Enzyme-Induced Electron Transfer: BioLeT”
Takakura, H.; Kojima, R.; Kamiya, M.; Kobayashi, E.; Komatsu, T.; Ueno, T.; Terai, T.; Hanaoka, K.; Nagano, T.; Urano, Y. J Am Chem Soc 2015, 137, 4010. DOI: 10.1021/ja511014w
PeT & BioLeT
蛍光分子や生物発光分子は、分子内の電子が励起状態から基底状態に遷移したときに光子を放出します。汎用されている蛍光プローブには、光誘起電子移動(photoinduced electron transfer, PeT)を蛍光制御の原理として利用したものが多く知られています2。PeTとは、光吸収によって励起状態となった蛍光団とその近傍に存在する原子団との間に生じる電子移動です。この現象を利用すると、励起された電子は元の軌道に戻れず、蛍光団由来の蛍光がみられなくなります。2005年、筆者らは、蛍光団近傍に結合した原子団が、蛍光団にどれだけ電子を与えやすいか(電子供与能:HOMOのエネルギー準位)をコントロールすることで、蛍光のON/OFFを制御できることを見出しています。PeTは蛍光団の励起状態に対する近傍原子団のHOMOからの電子移動であるが、luciferinに代表される生物発光物質もその励起のされ方が異なるだけで蛍光分子と同様の励起状態をとります。このためluciferin骨格の近傍に化学スイッチを導入することにより、このスイッチ部位からの電子移動によって発光を制御できるのではないかと考え、この仮説を検証しました。筆者らは、この現象をBioluminescent Enzyme-Induced Electron Transfer (BioLeT)と名付けています。
BioLeTの置換基依存性
まず筆者らは、ALに対して、電子供与能の異なる分子をluciferin骨格の近傍に結合することで、その電子供与能と基質の発光強度の関係を調べました。その結果、高い電子供与能をもつ分子(HOMOのエネルギー準位が高い分子)がluciferin骨格の近傍に存在する場合には、電子供与部位から発光部位への電子移動により消光状態に抑えることができることがわかり、BioLeTの存在を強く支持する結果となりました。
一酸化窒素イメージング
動物体内では、マクロファージが病原体を殺すためにNOを生産することが知られています。したがって、バイオイメージングによってNOがいつどこで発生しているかを明らかにすることができれば、生体内での免疫機構の解明につながると期待されています。しかし、caged luciferinのような従来の生物発光プローブでは、NO、H2O2などの生理活性物質は末端の保護基を外すことのできないため、その存在を検出することができませんでした。今回、筆者らはBioLeTのコンセプトにより、NO非存在下では発光をOFFとするが、NO存在下では化学スイッチと反応して発光がONになるプローブ diaminophenylpropyl-AL (DAL)を設計しました。diaminobenzeneは空気中でNOと反応してbenzotriazoleを形成することが知られています。これにより、DALはNOと反応する前は生物発光を触媒するluciferase存在下でも発光を示さないが、NOと反応させるとNO依存的に発光を回復させると考えられます。実際、in vitro実験において、DALを緩衝溶液に溶解させ様々な活性酸素種(NO、H2O2など)を添加したのちluciferaseと反応させると、NO選択的に発光が観測されました。
さらに、筆者らはDALをin vivoイメージングへと応用しました。この実験では、luc gene transgenic rat (luc-Tg rat)を用いて行っています。luc-Tg ratにはROSA26プロモーターの下流にluc geneを組み込んだ遺伝子を導入しており、全身にluciferaseが発現しています。このラットに対してNO発生源であるNOC7とプローブであるDALを投与したところ、腹膜腔においてNOの発生が観測されました。また、発光の光量測定によって生体内のNO生産量をモニターすることに成功しました。
今回、筆者らが提唱したBioLeTによる生物発光の制御法は、従来の生物発光プローブでは検出できなかったNOのイメージングを可能にしました。本手法により生体内のさまざまな生理活性分子をイメージングできる可能性を秘めており、これまで謎とされてきた多くの生命現象の解明に役立つと期待できます。
参考文献
- 後藤俊夫著,「生物発光」, 共立出版 (1975).
- Urano, Y. et al. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 4888.DOI: 10.1021/ja043919h
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