高次ヘリセン
ヘリセンはベンゼン環がオルト位で縮環した多環芳香族炭化水素の一つであり、構成するベンゼン環の数n を用いて[n]ヘリセンのように命名します。ベンゼン環の水素同士の立体障害によりらせん形をとるため、不斉炭素を持たないがキラリティを発現する興味深い分子の1つです。
その構造の美しさとユニークさから多くの化学者が研究の対象としてきましたが、nが大きい高次ヘリセンの合成は困難を極めます。特に、[13]ヘリセンより大きいものはベンゼン環が3 層重なった構造になり、中央のベンゼン環は上下に位置するベンゼン環の圧迫により立体的なひずみを解消しにくくなります (図1) 。これまで、1975 年にMartin らによって合成された[14]ヘリセンが最長のヘリセンであり、この記録は40 年間破られることはありませんでした。[1]
しかし最近、東京大学の藤田教授・山形大学の村瀬准教授らによって未踏の[16]ヘリセンが合成され、ヘリセンの最長記録は更新されました。今回はこの合成法について紹介したいと思います。
“One-Step Synthesis of [16]Helicene”
Mori, K.; Murase, T.; Fujita, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2015. Early View. DOI: 10.1002/anie.201502436
鍵となるヘリセン前駆体
ヘリセンやその類縁体の合成にはいくつかの方法が報告されていますが、最もよく用いられている合成法は、(Z)-スチルベン骨格を前駆体として用いた酸化的光環化反応(Oxidative photocyclization)です。
(Z)-スチルベン骨格が前駆体として好まれる理由としては、この骨格が Wittig 反応によって容易に合成可能であることや、光によって容易に E/Z 異性化が起こるため E/Z が混在した状態で光環化が行えることが挙げられます。先に述べた Martin らによる[14]ヘリセン合成でもこの骨格による酸化的光環化反応が用いられており、彼らは[3] + [6] + [3]と[4] + [4] + [4]からそれぞれ合成に成功しています(図 2)。
一方、[6]+[6]を前駆体とした酸化的光環化反応では[13]ヘリセンを合成できないことが最近報告されていました。[3]
そこで筆者らは、反応前駆体として大きな[n]ヘリセンを用いてそれらを繋げるのではなく、小さな芳香環ユニットを複数の電子環状反応で繋げてヘリセンを合成するほうが効率的であると考えました。特に、[1]+[2]の酸化的光環化反応が選択的に[4]ヘリセンを与えることに注目し (図 3)、筆者らはサブユニットとして[1]と[2](ベンゼンとナフタレン)のみを用いたヘリセン合成戦略を立てました。
過去の報告から、 [1]+[1]+[1]または[2]+[2]の組み合わせでは[5]ヘリセンではなく、さらに反応が進行したベンゾペリレンが生成すること、[2]+[1]+[2]では環化反応によってアセン型に縮環してしまうことがわかっています。これらを考慮し、筆者らは前駆体が[2]+[1]+[1]+[2]+[1]+[1]+[2]の配列でなくてはならないと考えました(図 4)。
この設計指針の妥当性は、前駆体[2]+[1]+[1]+[2]の酸化的光環化反応によって、[9]ヘリセンが従来の方法と同程度の収率で得られたことから確認できます(図 5)。
[16]ヘリセンの合成
筆者らはこの合成指針に従い、Wittig 反応によって[16]ヘリセンの前駆体 1 を合成しました (図 6)。なお末端にある TIPSO(triisopropylsilyl ether)は反応前駆体の溶解性を向上させるために導入しています。
前駆体 1 に対して 90ºC で Hg ランプを 48 時間照射することで、TIPSO-[16]ヘリセンが収率 7%で得られました。構造は X 線結晶構造解析によって決定され、予想通りのらせん状の 3 層構造であることが確認されました。また、1H NMR では芳香族領域にある 2 つのプロトンが大きく高磁場にシフトしており(δ=5.51 と5.78; 図 8-A における Hp と Hq)、これらのプロトンは芳香環上に重なっていることが示唆されました。さらに、図 7 のように 3 段階の変換で TIPSO 基を除去し、無置換の[16]ヘリセンを得ることにも成功しています。無置換[16]ヘリセンの X 線結晶構造は得られていないが、1H NMR と MALDI-TOF MS から化合物を同定しています。(図 8)
以上のようにベンゼンとナフタレンという炭素芳香族の基本骨格を適切に配置することで、一段階の酸化的光環化反応でこれまで達成されていない高次ヘリセンの合成に成功しました。なお今回の成果は最長ヘリセンの記録更新だけでなく、光環化による高次ヘリセン合成の前駆体設計に新しい方向性を示したといえます。
ただ最後に、ちょっと気になるところが。タイトルのOne step synthesisってどこからOne stepなんでしょう?未踏化合物の合成なので普通に(First) Synthesis of [16]Heliceneの方が良い気がします。
参考文献
- Martin, R. H.; Baes, M. Tetrahedron 1975, 31, 2135. DOI: 10.1016/0040-4020(75)80208-0
- Gingras, M. Chem. Soc. Rev. 2012, 42, 968. DOI: 10.1039/C2CS35154D
- Roose, J.; Achermann, S.; Dumele, O.; Diederich, F. Eur. J. Org. Chem. 2013, 2013, 3223. DOI: 10.1002/ejoc.201300407
外部リンク