分子構造に“大きな環”(大員環)を含む化合物は大環状化合物(マクロサイクル)と称され生物活性物質に頻繁に見られる構造です(図1)。
例えば、大環状ラクトン構造を持つ一連の化合物はマクロライドと呼ばれ、抗生物質の代表格です。そのため、大環状化合物の合成法の確立は医薬品開発において重要な課題の一つです。天然物化学の大家であるNicoloauらは、以前、大環状フラノイドβ-ケトエステルの合成反応を開発した反応を用いて、医薬候補化合物の誘導体群を合成し、高い抗がん作用を示す化合物を発見しました。今回はその論文について紹介したいと思います。
“Synthesis and Biological Evaluation of Dimeric Furanoid Macroheterocycles: Discovery of New Anticancer Agents”
Nicolaou, K. C.; Nilewski, C.; Hale, C. R. H.; Ahles, C. F.; Chiu, C. A.; Ebner, C.; ElMarrouni, A.; Yang, L.; Stiles, K.; Nagrath, D. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 4766. DOI:10.1021/jacs.5b00141
きっかけは副反応から
2012年、Nicolaouらはメタノール溶媒中でヘキサニトラトセリウム(IV)酸アンモニウム (CAN)を作用させるとフラノイド β-ケトエステル (A)の環化反応および環化2量化反応が進行し大環状フラノイド β-ケトエステルが合成できることを発見しました。[1]
この反応では試薬を入れる順番を変えるだけで環状単量体 (B)と環状2量体 (C)をつくり分けることが可能です(図2)。すなわち、CANのメタノール溶液に基質を加えることにより環状単量体 (B)が、基質のメタノール溶液にCANを加えることにより環状2量体 (C)が得られます。この反応を用いれば、1つの原料から2つの大環状化合物をつくれるだけでなく、様々な環員数の化合物が簡便に合成できます。
大環状ヘテロ環の合成と薬理活性評価ー環の大きさをかえる
続いて、開発した合成法を用いて様々な環員数をもつフラノイド β-ケトエステルの環状単量体及び環状2量体を合成し、それら細胞毒性を評価しました(図3. 本文:Table 1, 3)。
その結果、直鎖上のフラノイド β-ケトエステル 1 や環状単量体 2–4 は細胞毒性を示さないのに対して環化2量体は細胞毒性を示し、また環の大きさに応じてその活性(細胞毒性)が変化することがわかりました(本文Table 1, 3, 5–12)。最も高い活性を示したのは26員環をもつ化合物9および28員環をもつ化合物10であり、これらより環員数が大きくても小さくても細胞毒性が低下します。そこで化合物9をリード化合物として最適構造探索を行いました。
大環状ヘテロ環の合成と薬理活性評価ーアセタール部位。架橋部、ケトン部位
次に、化合物9の構造活性相関研究を行った(図4)。アセタール部位のメチル基をエチル基(13, 14)に置き換えても活性に大きな差は見られませんでした。また大員環を形成するメチレン部分をエーテル(15, 17)やスルホニル(16, 18)に置き換えると活性は低下しました。さらに化合物9に水素化ホウ素ナトリウムを作用させ、ケトン部位を還元した19も活性は低かった。以上から著者らは、これらの部分は変更しないこととしました。
大環状ヘテロ環の合成と薬理活性評価ーエステル部位
化合物8 (n =3, 24員環) および9を加水分解したジカルボン酸20および21は低活性であったが、メチルエステル部分に含窒素ヘテロ芳香環を導入すると活性が大きく変化することがわかりました(Scheme 2, 3, 22–32)。フェニル基が導入された22–24は活性が低かったのに対し、ピリジン環やピリミジン環が導入された25–29は高い活性を示しました。3-ピリジル基をもつ26はsyn体とanti体の分離が可能であったため双方の活性が調べられ、syn体がより高い活性を示すことがわかりました。最も高い活性を示したのは、4-ピリジル基をもつ27と5-ピリミジル基をもつ29でした(Figure 5)。
メチレン部位をエーテルやスルホニルに変換した化合物15–18やジオール19、ジカルボン酸20, 21は脂溶性が低く、細胞膜を透過しなかったために活性が小さかったと考えられます。ヘテロ芳香環をエステル部側鎖に有する25–29が高い活性を示したのは、ヘテロ芳香環に由来する塩基性やp-スタッキング、水素結合によって強く受容体に結合しているからであると著者らは考察しています。環の大きさの効果は定かではないが、環状単量体では活性が低下することから、適切な距離に2つの結合部位があることが重要でありタンパク質同士の相互作用が関与している可能性があります。
どのように効いているのか?
今回発見した抗がん剤候補化合物9と28を、シスプラチンに耐性のあるがん細胞で活性評価を行ったところ、ともに高い細胞毒性を示しました。これは薬剤耐性のあるがんの新薬として大いに期待できる結果です。さらに作用機序の解明を試みたところ、化合物28ががん細胞の酸素消費速度(OCR)を低下させることがわかりました。このことから、がん細胞に対する細胞毒性はミトコンドリアの機能を阻害することに起因すると考えられます。さらに詳細に調査すると28を投与することによりグルコースの吸収と乳酸の生成が増加することがわかりました。これは28がミトコンドリアのクエン酸回路を過剰に活性化していることが示唆されます。これによりミトコンドリアの機能を阻害し細胞毒性を発揮します。さらに化合物28はミトコンドリアの遺伝子の一部の発現を抑制する効果をもつこともわかりました。
最後に
今回、著者らは自らが開発した合成法を用いて抗がん剤の新薬候補化合物を発見しました。薬になるかならないかの議論は別としてゼロからのリード化合物の探索はなかなか大変であったと推測されます。新規合成法により新規化合物をつくることができれば、このような「おまけ」がついてくる、さらに理想的な話ですが「おまけ」が主役に化けるようなことがあります。
いくつかの「世界を変えた分子」は実はここからスタートしているものも多いのも忘れず研究したいですね。
関連論文
- Nicolau, K. C. et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 4726. DOI: 10.1002/anie.201201538