この「つぶやき」では化学ブログらしく、「気になる化学の入試問題」もチェックしてきております。
2/25・26は国公立大学の前期入試でした。入試問題・解答速報は既に各所で公開されていますが、なんと今年は化学問題の中に、研究倫理を問うかのような出題がされていたという話を聞きました。
やはりお前だったか
こういうことをやってのけてしまうのは、皆さんのご想像通り東京大学です。
東大の入試問題には、「どういう学生に入学して欲しいか」「最高学府ならではの社会へのメッセージ」が様々な形でちりばめられているとする話はかねてより有名です。今回の問題もその一つと見て良いでしょう。
どんな問題だったのか見てみましょう。大問3-II、例年「有機化学」が出題されているゾーンです。 (ちなみに式(7)はジアゾカップリングによる色素合成を示す反応式ですが、今回の話には関係ないので省略します)
本ブログの常連読者の皆さんなら、おそらく正答は一瞬で分かると思います。
そう、(1)と(4)ですね。
実験化学の経験を持つのであれば、常識中の常識ともいえる事項です。
しかし、これは大学入試問題です。実験のトレーニングをろくに受けてない人間が解くものです。
果たして一体何割の受験生が解けたのでしょうか?(皆さんならどれぐらいだと見積もりますか?)
実は本質的な問いかけになっている
少し細かく読んでみましょう。選択肢(1)についてです。
端的に言えば、実験データと実験マニュアルのどっちを優先すれば良いか?ということです。
あくまで普通の高校生の立場で考えて見ましょう。実のところ、判断に困る記述ではないでしょうか。
というのも普通の高校生は、実験化学者が実験データに重きをおく意識の高さ、実験化学という特殊世界の文化・慣習について実感を持つ機会に乏しいからです。
もちろん学生実験などで誰しも作業経験はあるのでしょうが、高校ぐらいだと教科書通り・先生の言うとおりの手順をなぞった経験しか持たない人が大半だと思われます。場所によっては、大学の学部生でもそうかもしれません。そんな経験だけでは、この内容を腑落ちさせることは難しいでしょう。
次に選択肢(4)を見てみましょう。
「理論的にそんなことあるはずがない・・・」という現実に実験化学者の立場からどう対処すべきか?という、意外に深いことを問うている選択肢に見えます。
いやいや信ずるべきは実験データにきまってんじゃん、大げさに取り過ぎ、常識じゃん??・・・確かに、そう思えてしまう程度の話かも知れませんよね。
そんな方には、一つ良い記事をご紹介しましょう。少し長いですが、面白いので一通り引用してみます。
試験内容は至ってシンプルで「鉄球を落下させ、重力加速度を求めよ」のみ。試験場には鉄球やストップウォッチなど実験に必要な器具が揃っている。高校生にも解ける問題だし、実験の手順させ間違えなければ小・中学生にもできる実験である。どのように実験を行い、その記録をとり、回答を導き出すかという至ってシンプルな試験に見える。
重力加速度は既知の値であり、受験者は皆 9.8 m / s2 を導き出せば良いと考えている。ところが、実験を行い計算すると重力加速度が 20 m / s2 ともとまる。重力加速度が二倍も大きな値になるなどありえないため、受験者たちは実験手順を間違ったのだろうと、何度も実験や計算をやり直すが、結果は常に 20 m / s2。受験者たちは、自分たちが間違っているのだろうと考え、重力加速度が 9.8 m / s2 となるようにデータを改竄し提出した。
受験者たちの答えは揃いも揃って、9.8 m / s2。それを見た試験官は「お前たちデータを改竄しただろう」と言って実験台をめくると、そこには磁石が。つまり、鉄球に重力以外の外力が加わっていたため、加速度が大きめの値である 20 m / s2 と求まったのだ。データを改竄して、9.8 m / s2 とした受験者たちは全員試験に落ちたらしい。この試験は科学者たるもの、データを改竄してはいけない、という倫理観を見る試験でもあったのだ。
それでは、データを改竄せずに答えを提出すれば合格だったのだろうか。おそらく、それでも不合格だったのではないかと僕は考える。重力加速度は既知の値である。それを何度も実験し、計算しても異なる値がでるのは鉄球に重力以外の外力が働いていると看破しなければならなかった。そして、磁石であると見破り、その磁石に強さまで求めれば文句なしに合格だったのだろう。
科学者は現象を観察し、その現象が起こるメカニズムを自ら考えなければならない。重力加速度を求める実験で 20 m / s2 という値が求まったのなら、実験手順に誤りはないか、なければ何故既知の値と一致しないのかまでを考えられない人材はオックスオードには必要ないのだろう。
試験内容は単純だが、実験操作に、実験のデータ処理、実験の考察、科学倫理観、科学の本質である観察までも問う非常に深い試験だなと。グーグルやマイクロソフトの試験よりも、深いなと僕は感じました。
逸話の真偽は分かりませんが、真実だとして話を進めます。
オックスフォード大という破格のポジションが、まさに目の前にぶら下がっている。ひょっとしたらもう職探しに後がないという、瀬戸際プレッシャーも手伝っているかも知れません。
こういう状況に置かれたとして、『やらかしてしまうことなど絶対ない!』と、皆さんは自信を持って言いきれるでしょうか?
スケールは全く違いますが、上の逸話にしても選択肢(4)にしても根っこは全く同じです。「理論上ありえないことを、理論に合うよう丸めてしまう」ことの是非を試験にしているのです。
実験化学の根底を揺るがす行為ですから断固として抗わなくてはならないのですが、これも実験化学者がデータを重視する意識がいかに高いかを認知しておかないかぎり、究極的な理解に至るのは難しいでしょう。
やはり経験の浅い普通の高校生には、なかなか難しいお話だとも思えます。多感な時期にあっては、自分だけ正しいデータを出せないことが恥ずかしいとする自意識も手伝ってしまうかも知れません。ここまでの事をきめ細かく教えてくれる高校化学の先生も、さほど多くないのではないでしょうか。
東大からのメッセージを読み解く
このような入試問題が出された背景には、まず間違いなく「アノ事件」があると思われます。
そういった世相を反映したうえで、「こんな学生が来て欲しい」とする東大のメッセージを読み解くと、
- 一般ニュースをちゃんと追っていることは前提
- 「実験ノート」「捏造」などの単語を巷で騒がれるまま一人歩きさせず、「問題の根っこはどこにあったのか?」と捉えようとする姿勢がある
- マニュアルを絶対視しない
- 不可解な現実に直面してもねじ曲げず、真摯に受け入れることの重要性を理解している
・・・と見ることができるやも知れません(深読みしすぎかも知れませんが(笑))。
今回の設問が高校レベルか否かは議論を呼びそうですが、「望む学生の選別」という観点ではそれなりに機能しそうですし、東大の伝えたいことはきっちり伝わる問題になっているように個人的には思えました。
最高学府の問題は、噛めば噛むほど味が出るように作られている様子です。
いろいろ深読んでみて、普段と違う見方で入試問題を楽しんで見るのもまた一興ではないでしょうか。
関連書籍
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