[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

キラルアミンを一度に判別!高分子認識能を有するPd錯体

[スポンサーリンク]

みなさんご存知のように、1つの不斉炭素を有する分子は2種の鏡像関係にある異性体(エナンチオマー)が存在します。それらエナンチオマーは物理的性質が全く同じであるため、通常、NMRやTLCでは違いを検出することはできません。そこでエナンチオマーの不斉情報を得る手段として、NMRキラルシフト試薬を用いた手法が古くから知られています。代表的な例にMosher法[1]が挙げられます。

Mosher法はMTPA-Cl(α-Methoxy-α-(trifluoromethyl)phenylacetic chloride)をキラルシフト試薬として用い、アルコールやアミンと反応させ、ジアステレオマーとすることで分離、さらにフェニル基との磁気異方性効果により、1Hおよび19F NMR[2]により鏡像体過剰率の決定が可能です(図1)。

 

スクリーンショット 2015-03-05 10.35.00

図1.Mosher法

 

他にもNMRキラルシフト試薬としてキラル配位子を有するランタニド錯体や、キラル分子をNMR溶媒として用いる方法などにより鏡像体過剰率を決定してきました[3]。しかしながら、昨今ではキラルクロマトグラフィーによるHPLC分析による光学純度の決定が容易になり、NMRキラルシフト試薬は光学純度の決定という目的にはほとんど用いられなくなりました。(エナンチオマーの絶対立体配置の決定においては、Mosher法を改良した新Mosher法が、未だ信頼性の高い経験的手法として頻繁に用いられています)。

一方で、単分子でキラル認識を行い、光学純度や絶対配置の決定を行なうキラルセンシング技術は単純にそのサイエンスへの興味という点、キラルカラムが適用できない場合の代替法としてもまだまだ開発が行われています。

さて、前置きが長くなりましたが、先日、パラジウム錯体を用いたユニークなキラルセンシング技術がMITのSwagerらのグループより報告されていましたので紹介したいと思います。

“Simultaneous Chirality Sensing of Multiple Amines by 19F NMR”

Zhao, Y.; Swager, T. M. J. Am. Chem. Soc. 2015, ASAP. DOI: 10.1021/jacs.5b00556

Pd錯体でキラル認識

今回Swagerらは、NMRキラルシフト試薬として含フッ素キラルピンサー配位子を有するパラジウム錯体を考案し、キラル分子の配位により生じるジアステレオマー錯体間の19F- NMRの化学シフトの相違から不斉情報を得ようと試みました。共有結合の形成をともなわないMosher法と考えると分かりやすいと思います。また本手法を用いれば、Mosher法のような共有結合形成を伴う分子変換を行わなくて済み、サンプルの回収が容易です。

 

図2.本手法の概略図

図2.本手法の概略図

 

パラジウム錯体合成と評価

まず、トリフルオロメチル基を有するキラルピンサー配位子とパラジウムを用いて数種類のパラジウム錯体を合成しました。その後、各錯体に対しキラルアミンを配位させ、19F NMRを測定しました。ここでは錯体2aを用いたときの結果の一部を下に示します(図3)。

スクリーンショット 2015-03-02 15.50.00

図3.錯体2aにキラルアミンを配位させた後の19F NMRチャートの一例

 

 

全ての基質に対してシグナルの分離ができたわけではありませんが(原著論文参照)、多種類のキラルアミンに対してSwagerらの狙い通りジアステレオマーのシグナルを別々に観測することができました。錯体2aは分子内に12個の等価なフッ素原子を有するため、非常に感度がよく、少量のサンプル(実際50 μgのアミンでNMR測定を行っています)でも検出可能という利点があります。

続いてジアステレオマー間の19F NMRの化学シフト値の差が大きい、より優れた錯体を目指しました。配位子構造のチューニングを行った結果、最終的に錯体2cの発見に至っています。錯体2aと比較すると、ピンサー配位子の不斉点に結合したメチル基をトリフルオロメチル基に、アリール基上のトリフルオロメチル基をトリフルオロメトキシ基に変えています(図4)。パラジウム周りの空間をより嵩高くすることで、配位するアミンとピンサー配位子との立体的な相互作用が強くなり、フッ素シグナルに与える影響が大きくなると予想されます。

 

スクリーンショット 2015-03-05 10.57.20

図4.錯体2aの配位子構造のチューニング

 

実際にこの錯体2cを用いると、生じるジアステレオマー間の化学シフト値の差が先の2aを用いた時よりも大きくなりました。また、エナンチオマーを含む、構造が類似した12種類のアミンと錯体2cを同時に錯形成させたところ、ほぼ完璧に分離された12種類全てシグナルが検出されました(図5)。この結果からエナンチオマーの違いだけでなく、炭素原子一つ分の構造的違いを感知する錯体2cの分子認識力の高さが窺えます。さらに図5を見ていただければ気づく方もいらっしゃると思いますが、不斉中心の立体がSのアミンを用いた場合、Rのアミンを用いた場合より低磁場にピークが検出されています。筆者らはこの実験事実から、不斉点の絶対立体配置の予測が可能だと述べています(詳細は原著論文SI参照)。

スクリーンショット 2015-03-02 16.39.50

図5.錯体2cによる12種類のキラルアミンのキラリティーセンシング

 

さらに錯体2cは環境の異なる二種類のフッ素が導入されているため、オルソゴナルなフッ素シグナルの識別が可能です。これをうまく利用した例を図6に示します。図6aではトリフルオロメトキシ基由来のシグナルは重なっているものの、トリフルオロメチル基由来のシグナルははっきりと識別可能であり、図6bでは逆の現象が起きています。図6に示すような分子はキラルクロマトグラフィーによる光学分割も困難であり、本手法の良さを示す良い例だと言えます。

スクリーンショット 2015-03-05 0.00.33

図6.錯体2cを用いたオルソゴナルなフッ素シグナル解析

 

最後に、本手法が光学純度測定に応用可能かに調査しています。実験には事前に鏡像体過剰率を測定した(S)-α-methylbenzylamineと錯体2bを用いました。結果的に、いずれの場合も誤差は小さく、光学測定にも応用できることを示唆する結果を得ています(図7)。

 

スクリーンショット 2015-03-05 11.02.12

図7.ee測定が可能かを確認する検証実験

 

以上、キラルピンサー配位子を有するパラジウム錯体を用いた19F NMRによるユニークなキラルセンシング技術に関して紹介しました。

開発した錯体が有する、多数のアミンを同時に見分ける分子認識能は特筆すべき点です。またNMRによる光学純度測定法は比較的簡便であり、キラルカラムを用いたHPLC分析と相性の悪いキラル分子 (蛍光を発しない分子など)の場合活躍できる可能性があるのではないでしょうか。

 

参考文献・脚注

  1. Dale, J. A.; Mosher, H. S. J. Am. Chem. Soc. 1973, 95, 512. doi:10.1021/ja00783a034
  2. 通常有機分子に含まれるフッ素原子の数は水素や炭素と比較して非常に少ないため、19F NMRを用いた測定はシグナルの複雑化を回避できる。さらに19F NMRは感度が良く、かつ測定範囲が200 ppm以上と広いためシグナル分離が良好である。そのため、ジアステレオマー間の化学シフト値の差が現れやすい。
  3. Parker, D. Chem. Rev. 1991. 91 1441.

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3319032380″ locale=”JP” title=”Differentiation of Enantiomers I (Topics in Current Chemistry)”][amazonjs asin=”3319037153″ locale=”JP” title=”Differentiation of Enantiomers II (Topics in Current Chemistry)”]
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. バイオタージ Isolera: フラッシュ自動精製装置がSPEE…
  2. ラジカル種の反応性を精密に制御する-プベルリンCの世界初全合成
  3. 高機能な導電性ポリマーの精密合成法の開発
  4. 【速報】2018年ノーベル化学賞は「進化分子工学研究への貢献」に…
  5. 有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DP…
  6. おまえら英語よりもタイピングやろうぜ ~初級編~
  7. 私がケムステスタッフになったワケ(1)
  8. 科学カレンダー:学会情報に関するお役立ちサイト

注目情報

ピックアップ記事

  1. ゾイジーンが設計した化合物をベースに新薬開発へ
  2. 含『鉛』芳香族化合物ジリチオプルンボールの合成に成功!①
  3. Comprehensive Organic Transformations: A Guide to Functional Group Preparations
  4. CAS番号の登録が1億個突破!
  5. メーヤワイン・ポンドルフ・ヴァーレイ還元 Meerwein-Ponndorf-Verley (MPV) Reduction
  6. フッ素をホウ素に変換する触媒 :簡便なPETプローブ合成への応用
  7. 有機化学美術館へようこそ―分子の世界の造形とドラマ
  8. 浄水場から検出されたホルムアルデヒドの原因物質を特定
  9. マラプラード グリコール酸化開裂 Malaprade Glycol Oxidative Cleavage
  10. クラーク・スティル W. Clark Still

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の …

大人気の超純水製造装置を組み立ててみた

化学・生物系の研究室に欠かせない超純水装置。その中でも最も知名度が高いのは、やはりメルクの Mill…

Carl Boschの人生 その11

Tshozoです。間が空きましたが前回の続きです。時系列が前後しますが窒素固定の開発を始めたころ、B…

PythonとChatGPTを活用するスペクトル解析実践ガイド

概要ケモメトリクスと機械学習によるスペクトル解析を、Pythonの使い方と数学の基礎から実践…

一塩基違いの DNA の迅速な単離: 対照実験がどのように Nature への出版につながったか

第645回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科相田研究室の龚浩 (Gong Hao…

アキラル色素分子にキラル光学特性を付与するミセルを開発

第644回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 総合研究院 応用化学系 化学生命科学研究所 吉沢…

有機合成化学協会誌2025年2月号:C–H結合変換反応・脱炭酸・ベンゾジアゼピン系医薬品・ベンザイン・超分子ポリマー

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年2月号がオンライン公開されています。…

草津温泉の強酸性硫黄泉で痺れてきました【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい!  というわけで、硫黄系の温泉であり、日本でも最大の自然温泉湧出量を誇る草津温泉…

ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法

第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした …

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP