有機分子が反応する際にその化学結合に着目すると、結合の形成にはつねに結合の切断が伴います。分子骨格を構成する炭素ー炭素単結合(C–C結合)の形成と切断の完全制御は、分子モデルを組み立てるような自在合成が実現可能となるため、合成化学者の夢と言っても過言ではありません。
そのため古今東西、C–C結合の形成と切断に関連した反応開発研究が行われてきました。そのなかでも特に最近、”不活性な“C–C結合を切断し(C–C結合活性化)新しい結合を形成する触媒反応が注目されています。
そのC–C結合活性化反応には高活性な遷移金属触媒を用いることが常套手段となっていました。
ごく最近、N-ヘテロ環状カルベン(N-Heterocyclic Carbene; NHC)を用いたC–C結合切断・形成反応がシンガポール、Nanyang Technological UniversityのRobin Chiらのグループによって報告されました。
“Carbon–carbon bond activation of cyclobutenones enabled by the addition of chiral organocatalyst to ketone”
Li, B.-S.; Wang, Y.; Jin, Z.; Zheng, P.; Ganguly, R.; Chi, Y. R. Nat. Commun.2015, 6, 6207. DOI: 10.1038/ncomms7207
有機分子触媒の1つである、NHC触媒がシクロブテノンのC–C結合切断を触媒することを初めて示しただけでなく、遷移金属触媒反応では困難であった立体選択的分子間反応に成功しました。今回は、遷移金属触媒のC–C結合活性化反応から、本論文の紹介までを述べたいと思います。
遷移金属触媒によるC–C結合活性化
上述したように、典型的なアプローチではC–C結合を切る『はさみ』の役割をするのはRhやNiなどの遷移金属触媒です(図1)。例えば、シクロブテノン環C–C結合(比較的反応しやすい”不活性”C–C結合)が遷移金属触媒に酸化的付加することでC–C結合が切断されます。その後、オレフィンと反応して挿入、還元的脱離によって生成物が得られます。
しかし、遷移金属触媒を用いることの欠点があります。それは遷移金属触媒あるいはその中間体の反応性が高すぎるため、化学選択性やエナンチオ選択性などの制御が困難であるということです。近年、遷移金属触媒を用いた不斉反応が報告されているものの分子内反応が多く、立体選択的に分子間反応を進行させるのは簡単ではありません(図2)。[1]
NHC触媒によるC–C結合活性化
そこで、Chiらは通常使用される遷移金属触媒ではなく、これまで使われていなかった有機分子触媒に着目しました。では、どのようにC–C結合を有機分子触媒で開裂したのでしょうか?
彼らは有機分子触媒としてキラルなNHC、基質にシクロブテノン1とイミン2を選び、図3のような機構を考えました。彼らの考えでは、NHC触媒が1のケトン部位に対して求核付加した後(step1)、C–C結合が開裂しビニルエノラート中間体が生成します(step2)。この中間体がイミン2と反応し形式的[4+2]環化反応が進行した後(step3)、NHCの触媒が再生するとともに目的物が得られるのではないかというものです。
Chiらの考え通り、NHC触媒前駆体Dを用いてシクロブテノン1aとイミン2aを反応させたところ、目的物3aを高収率で得ることに成功しました(図4)。反応は立体選択的に進行し、2つの連続する不斉点を構築することができました。NHC触媒非存在下では反応は進行しないとのことで、Chiらが想定したようにNHC触媒のケトンへの付加反応が足がかりとなりC–C結合の開裂が起きていると考えられます。
基質適用範囲
著者らはシクロブテノン1やイミン2の各位置にアリール基やアルキル基など様々な置換基を導入して、基質適用範囲を綿密に調査しています。一部だけ紹介します(図5)。触媒前駆体Dを用いた場合、3aは高収率かつ高いエナンチオ選択性で得られるのに対して、イミンの置換基をメチル基から電子求引性のCl基を導入するとエナンチオ選択性が急激に低下します。一方、より電子求引性を有する触媒前駆体Eは、3aより3oに対して高いエナンチオ選択性を示しました。この結果から、エナンチオ選択性の制御にはイミンとNHC触媒前駆体の電子的性質が大きく関与することが予想されます。
以上、NHC触媒を用いたC–C 結合活性化反応の論文を紹介しました。基質と触媒が可逆的に相互作用して反応が進行する有機分子触媒の特徴を生かした反応開発だと思いました。C–C結合活性化においてはもっぱら遷移金属触媒が用いられてきましたが、有機分子触媒もC–C結合を活性化できることが見出されました。この論文を皮切りにさらなる方法論が開発されることに期待したいと思います。
参考文献
- (a) Liu, L.; Ishida, N.; Murakami, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 2485. DOI: 10.1002/anie.201108446. (b) Xu, T.; Ko, H. M.; Savage, N. A.; Dong, G. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 20005. DOI: 10.1021/ja309978c. (c) Souillart, L.; Parker, E.; Cramer, N. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 3001. DOI: 10.1002/anie.201311009.
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