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化学者のつぶやき

創薬に求められる構造~sp3炭素の重要性~

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前回「創薬開発で使用される偏った有機反応」として、創薬現場で使われる反応に偏りがあることを述べました。今回は、現在、創薬現場でどのような構造が求められているかという点に関して述べてみたいと思います。

求められる「反応」を知る上で重要なことは、求められる「構造」を知ることです。

前回述べた通り、創薬で使われる反応を簡単にまとめると、ありきたりの理由になってしまうかもしれませんが

「基質一般性があり、官能基耐性があり、操作が容易であること」

が条件です。これらの条件を満たした上で、現在創薬現場で求められている構造を知ることができれば、どんな種類の反応であっても産業に利用される可能性が高くなります。

では、まずは、創薬の構造(顔)に影響を与えるパラメーターの話から始めます。

創薬に利用される様々なパラメーター

1997年にLipinskiがRule of 5 (Ro5)1を発表しました。

Ro5とは、当時の経口薬(臨床薬含む)の物理化学的性質を調べ、経口薬になりうる化合物を予測するための経験則を5つにまとめたものです。

この論文の効果は凄まじいもので、2000年の始めに入社した当時、生物系の研究所からもそれを根拠に化合物展開を指摘されるほど影響力のある指標でした。以後、Ro5のようにある目的を調べるため化合物群の物理化学的性質や形状の性質等を比較する論文が山のように出て、今も増殖を続けています。

これらの論文で信頼できるものは数える程度しかありませんが、信頼できる論文であればあるほど、実務者がルールに振り回されて本質を見失うことがしばしばおこります。実務者は、各ルールには各々使うべきステージがあり、例外も存在することを忘れてはいけません(創薬のあるステージで使うと威力を発揮できるが、使う場所を間違えると迷路に迷い込むことになります。Lipinskiも指摘)。

今回紹介する論文は、2009年にJMCに発表された少し古い論文2です。この論文は、 創薬化学者であれば知らない人はいないと思いますが、創薬化学者以外にはほとんど知られていないように思われるので紹介させていただきます。

肯定的に言うなら、時間が経つ事でその論文の情報が利用・応用され、信頼性が高まっています。

Fsp3(sp3炭素の割合)の重要性:平面性からの脱出2

論文2では、創薬関連化合物の全炭素に対するsp3炭素の割合をFsp3と定義し、研究段階、Ph1(Phase 1), Ph2, Ph3, Drugの各カテゴリー毎に、Fsp3値の平均値を比較しています。

その結果、基礎研究<Ph1<ph2<ph3<Drugの順で見事にFsp3が上昇していることがわかりました(Fig1)。

これはつまり、薬になる化合物ほどFsp3が高い(sp3炭素を多く持つ)という結果です。

sp3_Fig3

Fig1 Fsp3値と医薬開発ステージの関係2

では、Fsp3が大きくなるとどういう得があるのか、まずは構造的利点について具体例をもとに考えてみます。Nを1つ含む6員環を例にすると、Fig2のようになります。

sp3_Fig1

Fig2 含窒素6員環の比較2

見て頂ければ分かる通り、ピリジン誘導体(左)はすべて平面性が高く、3次元方向への構造多様性はありません。一方、ピペリジン誘導体(右)は、3次元方向への構造多様性が大きく広がっていることがわかります。つまり、化合物に3次元的に構造の広がりを持たせた方が、化合物が薬になる確率が高くなることを本論文は伝えています。平面性が高い化合物は、結晶性が良すぎたり、脂溶性があがったり、溶解性が低かったりと色々と化合物を展開する上で苦労します。平面性に関しては「芳香環の数」という観点から、創薬上問題となる様々なパラメーターに関する報告が同時期になされており、医薬骨格中の芳香環の数が多くなることに警鐘が鳴らされています(Fig3) 3

しかし、ぺったんこ系の化合物でも薬になったものもあり、この知見にも例外があることを忘れてはなりません

DDT_arom Fig10

Fig3. 芳香環の数が少ない(緑)ほど薬の研究開発を進めやすい(developabilityが高い)3

さらに平面的構造式のみでは不十分とされる近年の例として、化合物のshape4が重要パラメーターの1つとして注目されています。つい最近まで(−2010)、多様性があるライブラリだと主張はしていても、所詮、絵に描いた2次元上の話でしかないことも多かったのですが、上記の論文が公表されて以来、そのような3次元的多様性を持つライブラリを見据えて、多くの部署では化合物を合成していることでしょう。近い将来、どの製薬会社でも化合物のSARを3次元で見る時代がくるでしょう。

構造上の特徴に紙面を費やしてしまいましたが、次にあげる事実のほうが実利的なデータでした。つまり、化合物のFsp3が高いほど、融点が低く、水溶性が高いのです(Fig4)。Fsp3が創薬上重要な物理化学的性質に大きな影響を与えているというこの結果は、驚きを持って受け入れられました。特に水溶性の変化については、溶解度とともに実測のLogPなどを測り、自社のやり方で測定し直して、真実を確かめた会社も多いのではないでしょうか。

水溶性は、創薬において鍵となるパラメーターです。いかに化合物の水溶性を上げるか、という点に各社とも苦心してきたことと思います。これまでは様々なデータを駆使して、望みの水溶性を持つ化合物を予測してから合成していたのではないでしょうか。

しかし、水溶性を完璧に予測する事は困難です。この論文は、「sp2sp3に変える」という現場視点からもわかりやすい具体的な解決法があることを示してくれました。ちなみに、水溶性が必要な理由は、薬は水に溶けないと吸収されないためです。ミセルやゲルなら吸収されると思いますが、一度結晶を作ると全く吸収されなくなります。化合物の平面性と対称性は結晶性の向上に大きく寄与するため、避けたい構造特性です。FDAが推奨する、水溶性と膜透過性を用いたBCSガイドラインでは、溶解性と膜透過性で4つのクラスに化合物を分類し、溶解性と膜透過性がともに高い(Class 1)ことが経口薬において重要なことが述べられてます5

sp3_Fig5,6 横

Fig4 Fsp3値と融点の関係2

(the aqueous solubility was expressed as logS, where S is the solubility at a temperature of 20-25°C in mol/L.)

具体的にどんな構造(反応)が望まれているのか?

一言で言えば、立体的な化合物です。

例えば、先ほどのピペリジン置換体とピリジン置換体の比較(Fig2)で考えてみましょう。平面的なピリジンの場合、Me基以外にも様々な置換基をもつbuilding blockを容易に入手できます。仮に高価で購入できなくても、望む構造の大半は、不安定なものを除けば容易に合成可能でしょう。一方、立体的なピペリジンはどうでしょうか。単純なMe置換体だけを考えても、市販品はさほどありませんし、様々な置換基がついているものは、天然由来の化合物を除き、合成例すらほとんど見つからないでしょう。

つまりは、building blockとなるシンプルな置換基のついたsp3環状化合物の簡便な合成法が求められています。building blockをバカにしてはいけません。良いbuilding blockをもたない企業は、Library design, HtoL等の様々な場面で大きなハンデを背負い込むことになります。

具体的には、4〜7員環で1つ以上のN,O,Sを含み、かつ、縮合反応やBuchwald coupling等に利用できる官能基(アミンやカルボン酸など)をもつシンプルなbuilding blockです。縮環していてなおかつ相手側が複素環の場合、利用価値が更に高くなります。しかし、平面的にならない工夫が必要です。気をつけるべきは、安定コンフォメーション(6員環でいうequatrial置換ばかり)にならないようにすることです。そのような化合物はあってもよいですが、それでは目的の立体的構造をなかなか構築できないからです。ただし、置換基を工夫すれば活用は可能です。

こういった化合物の簡便な合成法は、残念ながらほとんど目にすることがありません。(国内ではキシダ化学の頑張りが目立ちます。アミン系のbuilding blocksで比較的理想に近いものを用意しています。しかし、やはり既存の天然物由来の置換基配置が大半を占めているのが現状だと思います。)

いくつかは、直鎖系不斉反応の生成物から数ステップで作れるのでは?という方もおられると思います。その通りです。直鎖状化合物が生成する反応でも、基質一般性があり、官能基耐性をもち、グラムスケールで簡便に合成可能である事を報告していただければ理想的です。時間的余裕のあるFull paperの作成時に、面倒かも知れませんが、そのような例をいくつか示して頂くだけで、結果として反応を活用する方の数は確実に増えると思われます。

最後に

反応開発は流行に大きく左右されます。例えば有機触媒MacMillanが登場するまでは、4級アンモニウムを用いた相間移動不斉触媒がほとんどでした。アミノ酸等を利用した有機触媒反応はすでに存在し、多少は流行していたようですが、残念ながら当時の技術・知識ではポテンシャルを十分活かしきれていませんでした。

長い時を経てMacMillanらがイミニウム有機触媒の世界を広げたことを皮切りに、プロリン触媒によってその概念的有用性が示され、有機触媒研究の長く大きな流行の波がやってきました。有機触媒の前は、Pd-couplingの流行がありました。同時期後半にメタセシスの波もありました。さらにさかのぼると、ルイス酸や遷移金属を用いる不斉反応開発の波がありました。現在は、一昔前に難しいと言われた反応開発(C-H活性化、ラジカル反応等)が主流になりつつあるのではないでしょうか。

時代ごとに注目される難しい反応にchallengeすることは素晴しいことです。時を経て新たな技術と知識を利用し、従来の反応を改良することも素晴らしいと思います。一方で、今ある技術を現在産業界で求められている化合物群の合成に適用することも、反応開発研究における重要テーマの1つではないでしょうか。例えば近年、フッ素官能基(F, CF3, CF2H, CFH2など)導入反応が大きく飛躍しましたが、その背景には創薬分野と化学産業分野からの強いニーズがあったためです。また別に、クリックケミストリーという分野が切り開かれました。創薬分野が求めていた反応をSharplessが実現させてくれた例だと思います。

まとめますと創薬現場で求められる反応は、手軽で、基質一般性が高く、官能基耐性があり、グラムスケールで実施でき、精製容易であることなどが条件です。これらの条件を満たした上で、置換基を備えるsp3環状化合物を作れる反応が実現すれば、創薬の幅が広がるだけでなく、様々な産業分野で利用されるでしょう。

新規反応開発に関し、創薬化学者はほぼ無能と言ってよいでしょう。有機化学者によって開発いただいた反応を創薬に利用させていただいているという感謝の気持ちを、常に心のどこかに置いて研究(仕事)に取り組むべきなのだと個人的に思っています。

関連文献

  1. Lipinski, C.; Lombardo, F.; Dominy, B.; Feeney, P.Advanced Drug Delivery Reviews 1997, 23, 3-25. DOI; 10.1016/S0169-409X(96)00423-1
  2. Lovering, F.; Bikker, J.; Humblet, C. J. Med. Chem. 2009, 52, 6752-6756. DOI: 10.1021/jm901241e
  3. DDT, 2009, 14, 1011-1020.
  4. Nicholls, A.; McGaughey, G. B.; Sheridan, R. P.; Good, A. C.; Warren, G.; Mathieu, M.; Muchmore, S. W.; Brown, S. P.; Grant, J. A.; Haigh, J. A.; Nevins, N.; Jain, A. N.; Kelley, B. J. Med. Chem.2010, 53, 3862-3886. DOI: 10.1021/jm900818s
  5. (a) about BCS: 公式web (b) 日本語関連論文;日薬理誌(Falia.Pharmacol.Jpn.) 2009, 134, 24-2

※説明のため、論文1よりRo5に関する記述を抜粋する。

 

The ‘rule of 5’ states that poor absorption or permeation are more likely when:

①There are more than 5 H-bond donors;

②The MW is over 500;

③The Log P is over 5;

④There are more than 10 H-bond acceptors;

⑤Compound classes that are substrates for biological transporters are exceptions to the rule.

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