2月初旬にシンガポールに客員教授として呼ばれまして、1週間シンガポールに滞在しました。
その間、二つの大学、NTUとNUSを訪問し、NTUでは授業と講演、NUSでは講演をしてきましたので、その様子とシンガポールの化学(主に有機化学)についてお話したいと思います。
シンガポールってどんな国?
シンガポールは言わずと知れた東南アジア屈指の貿易都市。日本からは飛行機でおよそ6時間程度と、意外に時間がかかります。いきなり話はそれますが、帰国の便は真夜中(1時頃)に出るものがほとんどで通常帰国時は朝に到着します。
国土面積はなんと東京23区ほどしかなく、最も東に位置する空港から西の端まで高速をつかうと1時間とかかりません。そんな小さな国ですが、7000以上の国際的な企業が集まり、冒頭の写真にあるように世界的にも屈指の近代国家といえるでしょう。
人口は500万人ほど(東京23区は900万人ほど)で、中国系民族が7割を占めるため、アジア感はかなりあります。もちろんすべての場所において英語は通じますが、場所によっては中国語で話しかけられるときもしばしば。
気温は激アツかとおもいきや、2月は比較的ましで、夜間の外は涼しいぐらいでした。とはいえど、日中はやはり暑いだけでなく湿度も高く、スーツなんかで歩くとかなりひどいことになります。ただし、大学などの建物内はすべて空調が完備されており、逆に寒いぐらいです。
交通は地下鉄も通っていますが、基本的にタクシーを使いました。タクシーは日本に比べて安く(どの国でも日本に比べたら安いですが)空港から最西端に走っても30-40シンガポールドル程度。金曜日の5時頃はタクシーは大盛況でなかなか捕まえにくいようです。皆スマートフォンのアプリを使って、タクシーを呼んでいました。
基本的に米国などと異なりチップなどの文化はなく、タクシーでもホテルでも食事の際も払う必要はありません。物価に関しては、大学の学食は大変安く(2ドル後半〜7ドル程度)、外食は少し高め、アルコールやタバコは日本の2倍以上する感覚でした。特に現在(2015年2月)はシンガポールドルが1ドル= 95円前後するため、つい数年前の1ドル 60-70円であった頃に比べるとちょっと高いなと感じるのは仕方がないのかもしれません。
車の保有はかなり難しく、車を購入するために700万円程度のcertificateが必要となります(10年更新)。さらに車の値段も日本の2倍近くするので、最低でも1千万円は必要です。富裕層の持ち物ですね。
ちなみにゴミがなくきれいな街!ゴミを捨てると多額の罰金を払わされる!といったイメージが有ると思います。罰金に関しては本当だと思いますが、街の綺麗さは日本と同等か少しきたないです。どちらかというと中国系民族が多いのにも関わらず、とっても綺麗な国であるといえます。東南アジアの国でいったことがあるタイやマレーシアとしか比べることができませんが、それらの国に比べると圧倒的に綺麗な街でした。
2つの大学NUSとNTU
さて、シンガポールにはいくつかの大学がありますが、我々化学者の関係する大学はNUSとNTUです。
NUS(National University of Singapore :シンガポール国立大学)は1905年創立のシンガポールで最も歴史のある総合大学です。QS世界大学ランキングでは22位(2014年度)と高い評価を受けています。日本の東京大学が31位でしたので、ランキング上は世界屈指の大学の1つであると言えます(ちなみに化学分野では12位、東京大学が9位です)。キャンパスは比較的市街地に近くに位置し、大学内も広いため、無料のバスが走っています。
対して、NTU(Nanyang Technological University, Singapore: 南洋理工大学)は1991年と20年ほど前にできたばかりの新設の理工系大学。研究に力を入れており、シンガポールの研究に関する助成金に関しては最多の額を得ているそうです。ランキング上では39位とNUSにはおよびませんが(化学分野は44位)、創立50年未満の大学としては世界で第二位の評価を受けているそうです。キャンパスはシンガポールの西に位置しており、タクシーで行くのがもっとも便利です(むしろそれ以外は不便です)。大学内は緑あふれるキャンパスで、NUS同様に学内無料バスが走っています。学内にドミトリーがあり、大学生のほとんどはそこで1人暮らしをするのが普通らしいです。一方で、大学院生用や博士研究員のドミトリーはなく、周辺のアパートメントに住むのが通例化しているという話でした。大学教員もとくに若手は学内の宿舎に住んでいる方がほとんどでした。
両大学に共通するのは、敷地が大変広く、暑いこともあり歩いて動くのは少し大変であるということ。NUSは歴史があることから新しい建物と古い建物が混在している、NTUは比較的すべて新しいといったことです。
滞在時は、NTUのキャンパス内にあるNECのゲストハウスに宿泊し、NTUのオフィスの一室を貸していただきました。
化学科を訪問して
さて、ココからは少し化学(有機化学)の話が入ります。まずはNUSから。
NUSの化学科には日本からは京都大学の名誉教授の林民生先生(触媒反応開発)が在籍しています。講演の日に、長めのお昼と共に、構内を散歩しながら多くのお話をさせていただきました。ホストをしてくれたのは Zhao(Yu Zhao)博士。現在NUSの助教授で10数人のグループで林先生と同じく触媒反応の研究を行っています。
ちなみに、少し話がそれますが、シンガポールでは米国と異なり(日本と同様で)Family Name First Nameで記載するのが通例です。ZHAO博士は ZHAO Yuと名刺に記載があったので、YuがFamily nameかとおもいきや、First nameだと。一方で、日本人や欧米の外国人は米国と同様に First Name Family Nameの順で名刺にも記載してあります。若干ややこしい気がしました。
ディスカッションしたのは最近教授となったLu教授(Yixin Lu)、Yeung准教授(Yeung Ying Yeung)、Zhao博士、そして1週間前に化学科に着任したばかりのGe博士(Shaozhong Ge)(Hartwig研でポスドク)でした。皆、メインには触媒化学でなかなかプロダクティビティは高いようでした。建物や設備は新しいとはいえませんが、最低限のものは問題なく揃っていました(化学科内を見学してさせていただく時間がなかっためあまり詳細はわかりません)。ここで講演をさせていただきました。
NTUは若手の日本人が大変多く、筆者と研究分野が近いところでも今回ご招待いただいたNTUの化学科長である千葉俊介准教授に加え、吉戒直彦助教授、金城玲助教授、山根基助教授、そして計算化学に平尾 一助教授がいます。
今回の訪問では、千葉准教授、吉戒助教授、金城助教授、Robin Chi准教授、Qichun Zhang准教授、Xuewei Liu准教授、 Steve Zhou助教授、Roderick Bates准教授、そしてTeck Peng Loh教授とディスカッションしました。千葉、吉戒両博士のアクティビティの高さは前々から知っていたので、最新の有機反応開発を説明いただきました。カルベン反応で最近論文を怒涛の如く出しているChi教授も楽しそうに自身の化学を話してくれました。Zhang博士では9個並べたアセンが印象的で、Liu教授は糖鎖合成の新手法をディスカッションしました。Loh教授は相変わらずのマシンガントークで、驚愕するほどの幅広い化学を話していただきました。今回の訪問で、一番会いたかったのは金城助教授。ほぼ同年代で典型元素化学で活躍している若手化学者です。筑波大の関口研で行ったケイ素ケイ素三重結合「ジシリン」の単離の仕事をみたときから、全く違う分野にもかかわらず昔から注目していました(その後も含めた関連記事:このホウ素、まるで窒素ー酸を塩基に変えるー)。いまや日本では少ない教科書を変えることのできるような面白い研究をやっています。
また、学内も案内してもらい、驚いたのが、学生実験室の広さと設備の良さ。190人同時に学生実験を教えることができ、学生1人1人ドラフトがありました。名大も3年前につくったばかりですが、ここまでの設備にはできなかったなと関心しました。
講演は丁度同じタイミングでACP lectureship awardを受賞されてシンガポールを訪れていた、阪大の好光健彦准教授とback to backでお話させていただきました。
NTUでは講演に加えて、Current topics in organic chemistsyの講義も行いました。学部3年生と4年生が混じった20人程度のクラスだったのですが、皆まじめに聞いていたのが印象に残っています。ちょっと驚いたのが、講義はすべて録音・録画されていたこと。講義に参加した学生があとから復習できるように、また参加していない学生でも聴講することができるような配慮らしいですが、ちょっと複雑な気持ちでした。
少しだけシンガポールの名物・名所について
正直ほとんどシンガポールを観光するような時間はなかったのですが、夜のマリーナベイサンズ付近と、最終日に世界三大残念うんぬんの1つであるマーライオンぐらいは見に行きました。
マリーナベイサンズ付近は夜景がとっても綺麗であること、マーライオンは期待値マイナスであっただけに、意外に悪く無いといった印象でした。期待値マイナスでご覧になることをオススメします。
食事に関しては毎日違った料理に連れて行っていただけたため、マレーシア料理、中華料理はもちろん、ドイツ、フランス料理までいただきました。中華を中心になんでもあるといった印象です。小籠包も北京ダックも地ビールも大変美味しかったですが、もっとも気になったものが2つ。
1つは、NUSの講演の後の会食で連れて行っていただいたプラナカン料理を提供する「Bule ginger」で、デザートとして食べた(食べされられた)「ドリアンチェンドル」。よく言えばグミ、悪くいえばミドリムシのような緑色のチェンドル、甘い小豆に加え一番上に乗っているのがドリアンペースト。匂いも味も大変強烈でした…
もう1つは最終日に人気海鮮レストラン「Jumbo Seafoods」で食べたシンガポール名物「チリクラブ」。エビチリのカニ版みたいな料理で、大きな鍋にカニがまるごと(小さくても2kg前後)入ってきます。一人ではまず食べきれない量です。汚れるのを気にせず手でモリモリ食べる感じです。カニはもちろんこのソースがとっても美味しくて、一緒に食べたチャーハンも最高でした。値段は時価ですが、8000円ほどだった気がします。シンガポールを訪れた際は是非。
最後に
このように短期間の滞在となりましたが、ひと通りシンガポールの風土と化学に触れることはできました。講義はなかなか大変そうでしたが、みな軽装で自由にレベルの高い研究を比較的豊富な資金と素晴らしい設備でやっている気がしました(ちなみに給料も日本の国立大学に比べると圧倒的に高額です)。なかなか日本では年齢が若いと資金面でもポジションとしても独立できないので大変羨ましく感じました。
1点だけ問題が。シンガポールには化学系の研究所等はほとんどないので、シンガポール人はほとんど大学院に進学しないということでした。共同研究者としては中国などの海外に求める必要がありそうです。
ところで、各所で「いつ、来るの?」と聞かれ、何のことかとおもいきや、近々移ってくるのかと思われていました。残念ながら、移勤の予定は全くありませんのであしからず。
最後にこの度、お招きいただき、何から何までお世話になりました千葉さんを初めシンガポールの化学者にこの場を借りて心より感謝を申し上げたいと思います。
外部リンク
- 南洋理工大学での研究と教育,そして大学運営 – 東京大学 大学院理学系研究科・理学部
- シンガポールの大学 海外大学進学特集〜世界で学ぶという選択〜 | 海外教育情報サイトSPRING(シンガポール)
- シンガポールに新天地を求めて – 理学から羽ばたけ – 東京大学 大学院理学系研究科・理学部