創薬化学において、標的タンパク質と相互作用するリード化合物を見つけることは大変重要です。これを効率的に行う手法として、1980年代にFragment-based drug discovery(FBDD)法が開発されました。これは、分子量が300以下のフラグメント(フラグメント)ライブラリーからターゲットタンパク質と相互作用をするものを見つけだし、そのフラグメントを組み合わせてリード化合物を構築する手法です[1]。しかし、フラグメントとターゲットタンパク質との相互作用はとても小さいため、フラグメントの候補を見つけるのは困難です。予め2つのフラグメントを対にしておくと相乗効果によりターゲットタンパク質と強く結合するはずですが、どんな方法が思いつきますか?
Figure 1. フラグメントのヒット化合物.(出典: 論文[1]より改変)
デュアルディスプレイDNAコード化化合物ライブラリー
これはDNAが塩基対を組んで2重鎖を形成するという基本的なDNAの性質を活用したものです。例えば、フラグメントAをDNAの1本鎖で修飾し、これと相補的なDNA鎖をフラグメントBをつけ、それらを混ぜることにより二本鎖を形成させます。これにより(Aの数)x(Bの数)種類のフラグメント対が構築できるわけです。さらに、それぞれのDNAの一部にフラグメントに対応したコード配列を付けておくと、それを読み取ることによってどの化合物であるかわかります。識別のために”バーコード”を取り付けたと思っていただければ簡単だと思います。タンパク質と相互作用したDNAコード化フラグメント対は、たとえ少量であってもDNAをPCRで増幅することができるため、容易に同定することができます。
今回ETH ZurichのScheuermannらは、デュアルディスプレイDNAコード化化合物ライブラリー法を改良することで、最適なフラグメントの組み合わせをワンポットで見つけることに成功し、Nature Chemistry に報告しました。
“Dual-display of small molecules enables the discovery of ligand pairs and facilitates affinity maturation”
Wichert, M.; Krall, N.; Decurtins, W.; Franzini, M. R.; Pretto, F.; Schneider, P.; Neri, D.; Scheuermann, J. Nat. Chem. 2015, Advance online publication. DOI: 10.1038/nchem.2158
では今回の改良法を覗いてみましょう。
課題はPCR
二本鎖をはがさないと、PCRでDNAを増幅できません。しかし、二本鎖をはがすと、どのフラグメントが対を作っていたかという情報が失われてしまいます(Figure 2)。今回の報告ではこの課題を、みごとに解決しています。
Figure 2. 過去のデュアルディスプレイDNAコード化ライブラリー
ポイントは、塩基を持たない核酸
今回の報告におけるDNAコード化ライブラリーの戦略を示しました(Figure 3a)。予め調製されたサブライブラリーを混合すると、サブライブラリーAとBとでランダムな組み合わせが生成します。ここでポイントとなるのは塩基を持たない核酸(d-spacer, Figure 3b)です。サブライブラリーBにあるd-spacerはサブライブラリーAのコード領域を認識しないため、AとBのランダムな組み合わせが生成します。DNAの二本鎖には塩基対が必須…と思いこんでいた私はこの戦略に驚嘆してしまいました。
二本鎖が形成されたところで、DNAポリメラーゼによってA鎖にcode Bの情報を付与します。こうしてA鎖と”対”を組んだ化合物Bの情報がコピーされました。これにより、一本のDNA鎖に対情報が記録されたフラグメント対ライブラリーができます。これらのフラグメント対はPCRの段階でも対情報が失われません。
Figure 3. 今回の報告における戦略 a)白枠で示した部分が塩基をもたない核酸、d-spacer b) d-spacerの構造 (出典:主論文より改変)
セレクションとコードの解析
Figure 4. セレクションの手順と塩基配列の同定 様々な色で示された化合物対のうち、ターゲットタンパク質と相互作用しないものは洗い流すことによって除去されます。(出典:主論文より改変)
ターゲットタンパク質とのアフィニティセレクションはFigure 4のように行われました。固相に担持されたターゲットタンパク質と結合した化合物対は、固相の洗浄後、タンパク質を変性させることで溶出されます。これをPCRにかけると、A鎖と同じ塩基配列をもつ2本鎖DNAが増幅されます。DNAの塩基配列はハイスループットDNAシーケンシングによって同定することができます。
セレクションの結果
筆者らはライブラリー構築にあたっての550個の化合物からなるサブライブラリーAと、202個の化合物からなるサブライブラリーBを用いました。つまり、ライブラリー全体として550 x 202 = 111,000種のフラグメント対を一度にセレクションしたことになります。
筆者らはまず、この手法のベンチマークとして、リガンドが既知のストレプトアビジンとHRPおよびタンパク質なしの条件を検証しています。ストレプトアビジンに対しては、ビオチンとデスチオビオチンの組み合わせが最も強い相互作用を見せました。高い検出能を示しましたが、同じリガンドポケットに入るフラグメントの組み合わせであっても、相互作用が大きいフラグメント対として検出されてしまうのは、今後の課題点でしょう。
その後、リガンドの検証が今までになされていないタンパク質AGPと、筆者らが以前から検証を行っているタンパク質HAIXの2種についてセレクションが行われました。それぞれについても、最も相互作用する化合物対が得られました(Figure 5)。
Figure 5. セレクションの結果 相互作用が著しく低い組み合わせは表示されていない。赤いプロットほど相互作用が強いことが示されている。(出典:主論文より改変)
得られたフラグメント対のターゲットタンパク質との解離定数が調べられました。1つのフラグメントだけでは解離定数が検出できないほど大きかったのに対し、フラグメント対を形成することでµM以下の解離定数を示しています。DNAを使わず適当なリンカーで接続した場合では、解離定数が5.8 µMとなりました(Figure 6a)。
CAIXに関してもDNAで接続されたフラグメント対、およびリンカーで接続した分子に関して解離定数が測定されました。リンカーに関しては様々な種類が検討されており、アスパラギン酸リンカー(Asp2)で接続された分子対ではnMオーダーの解離定数をもっています(Figure 6b)。セレクションで分子対が得られてきても、リンカーの最適化は別途必要になりそうです。
Figure 6. DNAタグ無しで合成したリガンドと解離定数 a)AGPに対するリガンド ITC: 等温滴定熱測定 b)CAIXに対するリガンド SPR:表面プラズモン共鳴法、 FP:蛍光偏光法、 FITC: fluorescein isothiocyanate (出典: 主論文より改変)
最後に、最適化されたフラグメント対がCAIXを発現している細胞へ取り込まれるかを調べています。マウスでのin vivoアッセイを行ったところ、腫瘍のある部位への選択的な取り込みが観察されました。
以上、デュアルディスプレイDNAコード化化合物ライブラリー法の改良法についての論文を紹介しました。今回のハイライトはなんといってもFigure 3に示されたコード化法でしょう。
今回見つかった小分子それ自身のタンパク質との相互作用は、検出できないほど小さかったと筆者は述べています。思いがけない小分子の組み合わせが、今まで不可能であったタンパク質の研究や創薬に貢献できる可能性があると思うと、興味がわいてきませんか?
参考文献
[1] Scott, D. E.; Coyne, A. G.; Hudson, S. A.; Abell, C. Biochemistry 2012, 51, 4990. DOI: 10.1021/bi3005126
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