前回の記事では、脳/神経科学研究の進展に革命的な寄与を果たした技術「オプトジェネティクス」について簡単に紹介しました。
今回はこの革命的技術がいかにして開発されたか?というお話を紹介したいと思います。
異分野の交差点が新たな革命をもたらした
オプトジェネティクスの決定版はスタンフォード大学のカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)教授によって開発されました。(1971年生まれの43歳。若い!!)
彼は精神科医でもあり、「どうにも手の着けようが無い精神病を何とかしたい」という問題意識を持っていました。しかし既知の治療法にしても、ほとんどが歴史の偶然によって見つかってきたものばかり。なぜそれが発症するのかすら、科学的にも調べようがなかったのです。
一方、微生物学の世界では、「オプシン」と呼ばれる遺伝子にコードされる光感受性イオンチャネルが研究対象となっていました。微生物の環境応答挙動を理解したいというモチベーションがあってのことです。このような光感受性タンパクの存在は40年以上前から知られていましたが、神経科学とはあまりに無縁の存在でした。
しかしダイセロス教授は、これこそが生命機能解析に強力なツールになるだろうとの洞察のもと、哺乳類の神経細胞に光応答性チャネル(ChR-2)を発現させ、光に正確に応答させられることを実証したのです(2005)。そして後に、生きて動いている動物の行動を、光で操作することにも成功しました(2007)。
遺伝子操作と光学的手法を組み合わせた生命機能解析法であることから、この手法は光遺伝学(Optogenetics)と名づけられました。
神経細胞に限らず一般活用可能な手法と位置づけられ、それ以降、爆発的普及を見せていることは前回述べたとおりです。
オプトジェネティクスとそっくりなノーベル賞技術?
化学と生物学との交差点に身を置く方々であれば、以上の逸話はどこかで聞いたような話かもしれません。
実はこれ、皆さんご存じ緑色蛍光タンパク(GFP)の開発物語と甚だそっくりなのです。
GFPの開発経緯についても簡単におさらいしてみましょう(ケムステのノーベル賞特集記事もご参照ください)。
そもそもGFPは、「オワンクラゲがなぜ光るのか」を研究していた下村脩教授によって発見されたものです。何の役に立つかなど考えることもなく、全くの興味本位で行われていた基礎研究でした。
しかしあるとき「生命現象の見える化にGFPが有効なのでは!?」と考え、GFPを生命研究の世界に持ち込んだ科学者がいました。それがMartin Chalfie教授です。彼はにGFPをコードする遺伝子を組み込み、想定通り生きたままの生物を染め上げることに成功したのです。
その後GFPを用いた生命研究は、爆発的な普及を見せます。さらなる決定的進歩を後に達成したのが、Roger Tsien教授です。彼は分子設計技術を武器にGFP分子そのものを加工し、ありとあらゆる発色団を作り出しました。これによりFRET相互作用などに基づく解析を実現、より複雑な生命現象の見える化を可能にしたのです。
GFPの開発経緯はざっくり言うとこんな感じで、一連の研究でノーベル賞を授与された学者もこの3名となっています。
さてここで2つの技術を見比べて見ましょう。・・・なんとも同じような構図が見えて来ませんか?圧倒的評価を得る技術的ブレイクスルーには、こういった発展パターンを伴う本質があるのではないかとすら感じます。
この構図を考えると、仮にオプトジェネティクス技術に対してノーベル賞が与えられるとすれば、
一人目は『微生物学分野で光応答性タンパクを発見した人物』
二人目は『タンパクを生命科学研究に持ち込んだ人物』(=ダイセロス教授)
三人目は『人為操作性および技術に多様性をもたらし、応用範囲を飛躍的に拡大させた人物』(=イマココ!!)
になるという予想ができるわけです。
イノベーションの相似構造を読み解く
GFPも光応答性タンパク(チャネルロドプシン)も、分子としてみればSingle Componentで機能するタンパク質という点で同じです。この特性は技術の簡素化に貢献し、普及に一役買っています。
さらには全く異分野の成果を組み合わせてシンプルな技術に仕立て上げ、巨大な問題解決をもたらしたイノベーション構造も大変酷似しています。
全く別途に開発されたイノベーティブ技術にもかかわらず、両者には高い相似構造がうかがい知れる。これは非常に興味深いことだと思えます。
生物機能を人為制御する手段として光が有効だろう点を最初に指摘したのはダイセロス教授では無く、ノーベル賞学者のフランシス・クリックだそうです。1979年の時点で既に言及していたそうで、恐ろしいほどの洞察力・先見性に畏怖を禁じ得ません。
とはいえアイデア/思想だけではどうしようも無かったということもまた事実です。
光応答性タンパクも光制御のアイデアも古くより知られていた。
にもかかわらず、ごく最近まで誰一人として普及の決定打を打てなかったのはなぜだろうか?
ここらの疑問を深掘りしていけば、「イノベーションを確度高く起こすための秘訣」を読み解くことができるやも知れません。
歴史構造を抽象し、そこから学ぶ目を持っていれば「今このタイミングで何を開発すべきか」をしっかり押さえ、自分なりの確信を抱いて進むべき道を選ぶことができる気がします。
大当たりを何度も引ける天才科学者というのは確かに存在するのですが、上記のような高度に抽象的な事実(≒いまどこを攻めれば良いか)を、体感的に分かっている人なのかも知れません。
授賞分野は化学賞?
一見して生命科学の研究であっても、ノーベル化学賞を授賞されてきた分野は多くあります。それらはある特徴を備えているように筆者個人は感じます。
例えば最近では構造生物学(2009、2012)、生命機能の分析技術(2008、2014)などがそういった例に相当するでしょう。いずれも「分子」や「構造」にフォーカスした研究に見えます。医学・生理学賞が「生命機能」を重視するスタンスとは対照的です。
これは分野の棲み分けとか常識とは無縁なものらしく、ノーベル賞委員会の思想を強く反映してのものだろうと思われます。ケムステでも毎年化学賞を予想していますが、その際には思想を踏まえることが重要ではないかとも思えるのです。
オプトジェネティクス技術のインパクトは破格であり、ノーベル賞は当確だろうと筆者個人は評価します(立役者のダイセロス教授も若いですし)。
そしてこれまで見てきたとおり、この技術は極めてエンジニアリング要素が強く、既にノーベル賞を受賞したGFP技術とも各所で高い相似性があります。
こういった事実からも医学生理学賞では無く、「ノーベル化学賞として評価される可能性が高い技術」だと結論できるように思いますが、どうでしょうか。
授賞がいつかは分かりませんが、いち化学者としてもその日を楽しみに待とうと思います。
おまけ
余談ですがダイセロス教授は、脳科学におけるもう一つの革命的技術・脳透明化法「CLARITY」の開発者でもあります。
おそらくは生きた脳で出来る方法の開発を究極目標に据えていると思うのですが、これとオプトジェネティクスを考え合わせてみるとどうでしょう・・・脳構造を視覚的に探るというのは、あくまで表面的名目でしかないように見えて来ます。
すなわちその実は、『脳を透明にして奥まで光が届くようにして、外科手術なしにオプトジェネティクスを行いたい!』というなんともぶっ飛んだ発想がもとで開発されたのでは?ということです・・・そんな風に、筆者個人は勝手に捉えています(笑)
ともあれこの2つの技術が融合するとどういうヴィジョンが実現できるのか、ダイセロス教授が見ている世界とは一体どんなものなのか・・・想像を巡らせてみるのもなかなかに楽しいことだと思います。
関連書籍
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