【注:日本アルミニウム協会殿の再三の主張により、下記の学説の大半は確証に乏しいとされており、筆者もその主張に沿っております つまり99%の認知症案件はアルミニウムとは無関係と考えておりますが、残り1%未満の案件については未だ調査すべきことはあるんではないか、と考え本記事を作成致しました 某ナンタラ水とかのような輩の片棒を担ぐ意図は一切御座いません】
Tshozoです。1996年あたりのある日、テレビを見ていた筆者はショッキングなタイトルの映像を目にしました。
「アルミニウムがアルツハイマー病の原因となり得る?!」
筆者は番組を見終えたそののち、アルミ製の鍋を片っ端から廃棄する暴挙に出ました。その際同居人と大喧嘩したのは懐かしい思い出です。今でもバカにされますし筆者もそう思います。あれから20年、齢55を数えようとしております。嘘です。ともかく先日何故か当時のことが走馬灯のようによみがえり、あの話の経緯を含めて調べてみることにしました。筆者は医学/薬学系の知識に乏しく、トンチンカンなことを記載しておる可能性がありますが、どうぞご指摘頂きますようお願い申し上げます。
【アルツハイマー病とは?】
定義だけ述べると「認知症の一種」と規定されます。若年性(若い場合は30代近辺から)のものがあるのが特徴で、記憶力低下、記憶障害、認知力低下など恐ろしい症状が徐々に進行します。2013年時点で65歳以上の死因の第6位、という米国CDCのデータが示すように(こちら)治療どころか現状維持すらも困難なケースが多数あるほどです。
Alois Alzheimer 博士により、世界で初めてアルツハイマー病と診断された女性 Auguste Deter
参考文献:”Auguste D and Alzheimer’s disease“より引用
生前のMRI(核磁気共鳴法)診断や死後開頭によりわかる確実なアルツハイマー病の証拠としては、脳の顕著な委縮です(下図)。加えて大脳皮質に「老人班」と呼ばれる組成物が発生します。これがどういう経緯で発生するかははっきりしていないようですが、原因は遺伝的なものと後天的なものに分かれ、後者の率が9割以上で、血流不良(運動不足など)、特定の脂質、肥満、アルコールなどが悪影響を与えるケースが多いようです。
右側がアルツハイマー患者の脳 大きく委縮していることが一目瞭然
参考文献:“IVIG and Alzheimer‘s Disease”より引用@Paul Elrich Institute
いずれの場合も共通して一番の「ワルモノ」と考えられているのが「アミロイドβ」。上記の女性”Auguste Deter”の死後検査した脳内にもそのアミロイドβの影響による「老人班」と「繊維状物質(フィブリル)」が大量に存在していました。この物質を「原因」と考え て何とかして抑え込むのが、現在の医学・薬学界の大きな大きなミッションとして掲げられています。
Auguste Deterの委縮した脳内から検出されたアミロイドβの影響と考えられる
「老人班(左)」と「フィブリル(右)」の拡大図 参考文献は同上
これまでの膨大な状況証拠と世界中の医師・研究者のたゆまぬ調査により、このアミロイドβはほぼ「犯人」と推定されてきました。ですがこのアミロイドβの後ろに本当の「原因」があるのではないかと考える方も居られます。つまり「そもそもアミロイドが何で大量発生するのか」を源流に遡って考えようとする説の数多ある中に「アルミ(など)が原因ではないか」という一説があるわけです。今回はそのお話。
【そもそもの経緯】
なんでアルミが原因物質として槍玉にあげられることになったのか。それは第二次世界大戦末期のグアムまで遡ります。グアム諸島の特定地域で、認知症患者が多発していたのを在留していた米軍の軍医H.Zimmermanが見つけたのが発端でした。
そしてその後、下記のような時系列で「アルミとアルツハイマー」の関係性が発表されてきました(参考文献:“Aluminum and Alzheimer’s Disease: An Update”, J. Alzheimers Dis Parkinsonism 2013, 3:2 九州大学大学院医学研究院 大八木教授による論文、及び英国国民保健組合”NHS”による”Alzheimer in the Press“資料、及び三重大学医学部による”紀伊半島の風土病“資料より引用)。
【社会的なもの(一部疫学的なものを含む)】
◎1945年?
→ グアム島チャモロで多発していた認知症・パーキンソン病・ALSの患者脳内からAl元素が見つかる
米軍の指導の結果、1980年代には解消された模様(再発生していると2013年に報告あり)
◎1960年?
→ 和歌山県古座川周辺で天保時代から存在した風土病「牟婁病」が、ALS(筋萎縮性側索硬化症)及び
パーキンソン認知症症状と特定 なお古座川水質には大量のMnとAlが含まれていることが判明(繰返し発生?)
◎1988年
→英国南西部 キャメルフォードで飲料水源に20トンの硫酸アルミニウムが流入
それを飲んでいた地域で、当時40代の女性がアルツハイマー様症状を発症(2006年に死亡)【学術的なもの】
◎1930年代:
→ 硫酸アルミニウムなどアルミニウム化合物が医薬品の補剤(adjuvant)として使用され始める
◎1950年代:
→ サルの髄液にアルミニウムイオンを注入すると「てんかん」様症状を示すことが明らかになる
◎1960年代:
→ ウサギの脳内にワクチン補剤として使用されたリン酸アルミニウムを注入すると
てんかん様症状の発症に加え、脳内にフィブリル状物質が発生することが示される
◎1970年代:
→ アルミによるフィブリル状構造がアルツハイマーによるフィブリル構造と酷似することが
示される(後に違う構造であることが判明)
◎~1980年代:
→著名な脳科学者 ガジュセック博士の論文により、グアム島民のALS発症者の脳内に
健常者と比較して結構な分量のアルミニウムが蓄積していることが判明・・・以後、議論は継続中
ただ以上をみても何故1996年にテレビに採り上げられるようなトピックは無く、理由については不明なままでした。放映されたのは〇売系だったかなと思うのですが。ともかく、当初は特定地域の風土病として、1960年の論文以降は「アルミニウムイオンが体・脳に及ぼす影響」として認識されてきたということになります。
ただ、このうち風土病と認識されていた例は「本当にアルツハイマー病罹患だったのか?」を示す証拠が薄く、特にグアムALS・PDCでの例と紀伊ALS・PDCの例については患者に共通して老人班が出てなかったりするため、厳密にはアルミとアルツハイマーとの関係は極めて薄いと考えられます。
それにアルミ等を大量に採った人間に認知症症状が出たとしても、正しい組織観察を行わない限りそれは定義に沿ったアルツハイマー病である保証はないわけです。また「たまたまアルミを多く含む地域と認知症を多く示す地域が一緒だった」可能性があるため、良い証拠とは言えません。たとえばクールー病(クロイツフェルト・ヤコブ病)のようにその土地の文化が原因だったとも考えられるのです。今後、こうした報道が出てきた場合は上記の点を十分に留意する必要があります。
【結局のところ、どうなのか?】
一定数の研究者達が支持しているものの、上記の「アルツハイマー特有の老人班が出ない、極めて少ない」ことなどから、本件の「アルミニウム(など)原因」仮説は基本的にはずっと傍流のままです。主な理由としては下記の3点が挙げられます。
1. 身の回りに大量のアルミニウムが存在しているのにアルツハイマー症状が多発しない
(アルミは地表で3番目に多い元素)
2. アルミニウムを含む薬剤(一部の胃薬)を相当量飲んでも発症が無い例が多数ある
3. アルミニウムイオンを大量に含む飲料を継続的に飲んでも発症が見られない例が多数ある
(例えば紅茶では最大1.0mg Al/200ml程度)
筆者が窓から投げ捨てた鍋もこんな感じでした(引用:Alzheimer in the Press)
アルミニウムは空気中で酸化被膜を作って非常に腐食しにくくなりますので、上記1経由ではそもそも体内に入り込みにくい。一方、2,3は少し不思議ですが、人間の体内にはもともと不要な物質を排除するしくみが備わっており、多少入ったところですぐ排出してしまうので体内に蓄積しにくい、と考えるのが妥当と思われます。
これらのことから、日常使いのアルミニウムがアルツハイマーを発症させるような影響があるのか、に対しては今のところ「影響無い」と考えられます。アルミニウム製行平鍋からラーメンを食ってた筆者や両親、友人が結構な高齢の今もなお健在であるという実感に基づいても、一般的な人間が50年以上大量に食ったり扱ったりしてて何も起こらん物質というのは「主原因」ではない、と断じるのが科学的に正しいスタンスでしょう。
ということで、明確な証拠も無しにアルミニウムが体に悪いだの何だの地獄に落ちるだの多宝塔だの何かを買え買えと騒ぐ輩はこうした歴史背景と科学的な背景を勘案しない薄っぺらい人物に間違いありませんので、信用しないでおきましょうね。
【・・・とは言うものの+追加トピック】
ただし、確率的に「実はアルミが原因の一つだった」となる可能性は捨てきれません。しかしながら実際に金属イオンに関してどういうプロセスが脳内で起こっているのかを検証するのは極めて難しいようで、そのための道具をそろえたとしても確証を得るには相当時間がかかるでしょう。
なお、上に挙げた「牟婁病」については興味深いトピックがあります。アルミとアルツハイマーとは上記のように明確な関係性は乏しいものの、ALS(筋萎縮性側索硬化症)とパーキンソン複合認知症(ALS・PDC)という重要な神経疾患の原因にはアルミなどのイオンが関係しているのではないか、という示唆を与えてくれるフィールドワーク結果が残っています。これは東京大学の医学部長を務めた故 白木博次教授と、和歌山県立医科大学の八瀬善郎教授(いずれも1960年当時)が調査した研究で、「紀伊ALS(Kii ALS)」という形で現在も国内外含めた各種論文に引用されています。
太平洋域で何故かALS・PDCが多発していた地点のマップ
(グアム/紀州では通常の100倍の割合で発生していた)
白木 博次教授 と 八瀬善郎教授
その内容は南紀のALS多発地域の各患者宅へ足を運んだ入念な実態調査と水質調査とに基づいており、その中で住民が常用している水中のイオン組成で極端に必須ミネラルのカルシウム(Ca)とマグネシウム(Mg)が少なく、代わりにマンガン(Mn)とアルミ(Al)が多量にあることが判明したのです。そしてこの水組成がグアム島チャモロとよく似ていたことから両教授はこの水を常飲していることが主原因であり、CaとMgの代わりにMnやAlを体内に取り込んでしまったせいではないか、と推定しました。白木教授の著書「冒される日本人の脳―ある神経病理学者の遺言」でも、このイオン組成が原因ではないかと主張しています。
もっとも、現時点において全面的にこの主張を支持する研究者はわずかで、確実性が高いものではありません(特にAlイオンだけの過多が影響するという「明確に有意な結果」は得られていない・下図)(この他、グアムと紀伊半島に繁殖するソテツの実に含まれるサイカシンが原因であるという説もある)。
世界中で行われた水道水中のアルミイオン量と認知症との発症関係性(+ あり - なし)
だいたい五分五分で、発症率はアルミの濃度に無関係では、という結論が妥当に見えてくる結果
(参考文献:”The epidemiology of aluminium and Alzheimer’s disease“)
(最新の研究結果まとめはこちらの論文を参照 ”Aluminum and Alzheimer’s Disease: An Update“)
なお1990年にはこの紀伊ALSは撲滅されたとされていましたが、最近の研究でやはり未だ存在するという研究結果も出てきており(参考文献:「紀伊半島の風土病」元三重大学医学部葛原教授によるもの)こうした、少し頻度の低いような事象を見直して、方向性を探ったりするのも意外と大事なのではないでしょうか。
そして、この「金属イオンと神経疾患」というトピックで研究を1990年代から続けているのが英国Keele UnniversityのChris Exley教授(同教授のホームページ)。一歩間違えるとトンデモ系と勘違いされそうなこの研究テーマを、シリコン元素を含めて総合的に「アミロイドと金属」「人間のアルミへの暴露」などの一般化したテーマとして研究を進められています。
Chris Exley 教授(引用:同大学HPより)
特に「人間のアルミへの暴露」というテーマにおいて挙げられている例として、今年発表されたこちらの症例報告書(硫酸アルミニウム「粉塵」に長期間暴露した58歳の白人男性がアルツハイマーを発症したもの)、および2013年に発表した総説(“Human exposure to aluminium“)の主張はかなりな直球です。以下、後者から一部抜粋します。
上記総説本文より引用 部分訳は筆者が実施
是非はともかく、「現状では呼吸器、皮膚、傷口などに対する値、たとえば粉塵を吸ったり粘膜から吸収したりするケースについて研究が不十分で、アルミニウムがそれらに対し一律無害だというのはおかしい」というのが同教授の主張です。同教授の主張に沿うと、鼻の粘膜(皮膚すらも)で吸収されたり、または内臓疾患による出血部位からアルミニウム(イオン)を過剰に吸収されたら影響が出る、という事態がありうるわけです。
いずれにせよどの推論もまだデータは少なく、言い切るには物量不足な印象は否めません。実際、1988年の英国での硫酸アルミニウム漏洩事件は「健康被害無し」と結論付けられた報告書が出されています(その報告書)。ですがこの「経口以外からの金属イオンの体内吸収」というのは科学的には興味深い切り口であり、是非とも今後も実証を積み重ね、礎を築いて頂きたいところです。
【補記】2002年に厚労省が薬品類について「アルミニウム製剤の長期運用を見合わせる」通達を出していました(リンク)。基本的には腎臓に障害のある患者に発生しうる透析脳症を予防するための通達のようですが、どういった背景でこの通達がなされたか少々気になるところではあります。
おわりに
身の回りのアルミ製品がアルツハイマーの主因物質である、という可能性は上記のように極めて低いです。が、その可能性を排除しない許容性と、それを追及する「自由」は残しておくべきだと思います。何か、別の切り口での新知見が得られるかもしれないのですから。そして、それが新たな分野を切り拓いて認識を変える嚆矢となるのかもしれないのですから。
その点、個人的にはあまり好きではないイギリスで上記のような研究室が存在し、研究が継続されている点は素晴らしいと感じます。アカデミアであっても企業であっても、研究・開発に対する生産性オリエンティッドモノカルチャーや抑圧性全体主義がどういう結果を生むか、ここしばらくの騒動で嫌というほど思い知った筆者としては、イギリスの例のような科学精神の自由が少しでも残るよう、切に願うものです。
・・・とは言うものの、自由にし過ぎてると件(くだん)のような事象がはびこるのが人間の性で・・・どこまで行っても科学は人間が使うものだと実感します。
それでは今回はこんなところで。