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ADC薬基礎編: 着想の歴史的背景と小分子薬・抗体薬との比較

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既にケムステでは2回武装抗体(ADC:antibody-drug conjugate)について速報記事(1回目2回目)が掲載されています。

今回はこれまでと異なる以下の4つの視点からADC薬を取り上げてみたいと思います。

  1. 創薬上の歴史的背景という側面
  2. 創薬化学の視点小分子と抗体薬とADCの比較
  3. これまで見捨てられてきた天然物の有効利用という視点
  4. 知財・CMCの視点

この記事を書くきっかけになったのは、2013年にFDAの承認を受けたT-DM1というADCがJurnal of Medicinal Chemisry(JMC)に報告されたからです1。化合物の違いだけでなくlinkerの働き、linkerと抗体を結ぶ残基等様々な違いをもつ2つのADCが、異なる2つの先進的なベンチャーから承認を受けたことから、

小分子、抗体薬、に次ぐ創薬分野一角を占めることことがほぼ確実になったと思えました。

上記の4つの観点を考慮し、大きく基礎編と応用編に分けて話します。今回は基礎編として1. 着想の歴史的背景」と2. 小分子、抗体、ADCのPros&Cons をまとめます。

では、まずは、創薬の歴史的背景に関してまとめていきます2

 

1. 歴史的背景 (分子標的薬までの道のり)

一昔前まで、がんという疾患に対して有効な治療薬が存在せず、手術や放射線等を用いた医師による医療措置がとられていました。第2次大戦後、大きな戦争が存在しなかった歴史的要因と医療技術の進歩のおかげで、日本をはじめ先進国の間で人類の平均寿命が急速に伸び始めました(図1)3

fig1

図1 日本の平均年齢の変化(厚生労働省の数値データ利用)

 

一方、がん罹患の国民あたりの割合を年齢区分で比較すると、日本では男女ともに40才を超えるとがん罹患率が増加を始め指数的に増加することが統計的に示されています(図2)4。つまり、1950年くらいまでは、がんに罹患する頃には寿命が尽きていたと言い換えることができるかもしれません。がん罹患者数の増加により、抗がん剤へのニーズneedsが大きなり、抗がん剤の開発が製薬会社の大きな目標となりました。

 

fig2

図2 2010年の日本人の年齢階級別がん罹患率(国立がん研究センター資料)

 

初期の抗がん剤は、細胞毒となる化合物群の利用でした。数多くの天然物とその誘導体で殺細胞活性が認められ、作用メカニズムが解明されたものも多く存在していました。しかし、薬に必要な条件を満たす化合物はほんの一握りでした。実際に薬となった化合物の標的は、主にDNA合成を阻害するもの(DNAのアルキル化やDNA代謝拮抗剤(5-Fluoro uracilなど))やtublinなどを標的とした細胞分裂を阻害する化合物でした。それらの化合物は普通の細胞にとっては迷惑な化合物です。そこで考えられた作戦ががん細胞と通常の細胞の分裂(増加)速度の違いを利用してがん細胞を殺す手法です。しかし、これは分裂の早い骨髄(造血器官)の細胞等への副作用が避けられないばかりか、通常細胞にも作用することが避けられず、患者に耐え難い負担をかけることが問題となりました。つまり、therapeuic windowが十分とれないという問題が生じました。

そこで、分子標的薬という戦略への試みが始まりました。すなわち、がん細胞にのみ(もしくは非常に多く)発現しているタンパク等を標的とする作戦です。この分子標的薬には大きな期待が向けられ多くの研究・開発がなされました。なぜなら、がん細胞にのみ標的にできるので副作用を大幅に軽減できることが期待されたからです(効果(薬効)への期待の大小は存在したようですが)。つまり、患者のQOL (quality of life)を大きく向上させることが期待されました。この分子標的のアプローチとして、小分子を用いる方法と抗体を用いる方法の2つのアプローチで各社が研究開発にしのぎを削りました。

先に見事に成果をあげたのは、抗体でした。1997年に抗体医薬rituximab(商品名リツキサン)FDAの承認を受けました。遅れること4年、2001年にFDAの承認を受けたimatinib(商品名グリベック)を皮切りに小分子薬も続々と承認を受けました。

 

2-1. 創薬化学の視点から:抗体と小分子のPros&Cons

抗体薬は製薬業界に革命をもたらした素晴しい手法です。1980年代に基礎研究が盛んに行われ、1990年代になって、3つの抗体薬が実用化され、一気に注目されるようになりました。2011年の世界売上上位10品中4つが抗体薬であることをみてもその躍進ぶりがわかります。このため、

「小分子薬をなくして、抗体薬のみにしたらいいではないか」

と考える方もいるでしょう。まず、「なぜ、小分子薬が必要なのか?」について少し述べてみたいと思います。

抗体薬を簡単に言えば、抗体が抗原を特異的に認識するヒトの免疫機能の仕組みを治療に応用した薬です。最初に承認を受けた他の(マウスとヒトの)キメラ抗体では重篤な副作用や抗体に対する抗体の出現の問題がありました。そのため今では完全なヒト化抗体が作製されるようになり上記の問題は改善されています。

 

抗体薬の利点は、

  1.  選択性が高い(特異的)
  2.  副作用が少ない
  3.  血中半半減期が長い(週—月)
  4. 探索—CMC(Chemistry, Manufacturing and Control)まで方法論がほぼ確立している

という点にあります。

 

一方、抗体薬の問題点は、

  1. 投与方法に身体への侵襲を伴う(静脈注射、皮下注射等)
  2. 生産コストがかかる
  3. 細胞外の標的しか利用できない

などが一般的にあげられると思います。

 抗体の最大の利点は、標的特異性です。このため副作用が目的の標的に基づく予想される範囲におさまるということがあげられます。逆に大きな欠点は、細胞外や細胞膜上の標的しか利用できないことにあると思われます。経口投与できないことは不便ですが、半減期が長いことを考えれば、患者のQOLはずいぶん改善されていると言えます。また、がん細胞を標的とした場合、固形がんで作用し難いという問題がありましたが、免疫細胞(ADCC)やマクロファージ(ADCP)を活性化させることで、治療効果が期待できるものも出て来ています。

 

一方、小分子薬は細胞膜透過性があるため細胞内のタンパク等も標的とすることが可能なことが大きな利点です。このことは固形がんでも薬効を示す可能性を持つことを意味します。一方で小分子薬の欠点として、標的への選択性が低いということが上げられます。

通常、小分子で膜透過性のあるものは、脳内を除いて身体のあらゆる場所に分布することが可能になります5。そのため、臓器選択的やある細胞選択的に化合物を届けることは小分子単独では不可能です(DDS (drug delivery system)を用いれば将来可能かも)。全身への分布は、望まない標的(off target)への小分子の作用を可能にします。通常、小分子では1つ以上の標的を生体内に持つと考えます。つまり、分子標的薬といっても小分子である以上、副作用の軽減はできても副作用を失くす事は不可能と言っても過言ではないでしょう

小分子は細胞内の標的を狙えるが副作用が問題である一方、抗体は副作用を大幅に軽減できるが細胞内の標的は狙えません。このイライラを一気に解消する手段の1つとして、小分子と抗体のメリットを利用した新しい技術であるADC (antibody-drug conjugate)の研究が行われるようになりました。アイデアはシンプルで、抗体にlinkerをつけて小分子をつなげるというものです。

ではなぜ、これが画期的なのでしょうか。また、どういう問題点が潜んでいるのでしょうか。

2-2. 創薬化学の視点から:ADCのメカニズムとPros&Cons

ようやくADCに辿り着けました。ここから本題のADCの話に入ります。まずは、作用の発現機について考えてみます。

目的標的に辿り着くまで、ADCのPK/PD(薬物の体内動態)は、抗体と同等と考えてよいと考えます(1つの抗体に多数の小分子を搭載しすぎ全体の物理化学的性質が変わる場合や、小分子の搭載により抗体自身が変性をもたらす場合は当然問題が生じます)。体内の血中を通ってADCの抗体が、細胞表面の標的を認識します。(その後のメカニズムは、図5を参照していただくとわかりやすいと思います。)標的を認識した小分子をつけた抗体がinternalization(内在化) (receptor-mediated endocytosis)という過程を経て、細胞内に取り込まれます。その後、pH5程度のlysosomeに送られて様々な酵素による分解を受けます。その結果、小分子もしくはliker付き小分子が細胞質に侵入することが可能になります。

現在のところ、小分子は、殺細胞活性を有するものを用いている場合がほとんどなので、目的のがん細胞のみを殺すというのが理想的なメカニズムとなります。抗体をDDS(drug delivery system)のように目的地への輸送にのみ使うことも可能でしょうが、現在上市されているADCの2つの抗体はとも、抗体自身も抗がん剤として働くものを用いています。

 

fig3

図3 FDA承認を受けたADCs。上が2011年、下が2013年。(ref2-Fig33を引用)

 

次に各過程にどのような問題が実際の現場で存在するのかについて述べていきます。

まず、ADCの血中における安定性が重要です。ヒト抗体の半減期が長い場合でも、目的地に着く途中でlinkerが切れてしまった場合、活性代謝物(切れたlinkerが結合した小分子)と抗体を別々に血中に入れたのと同じ効果を示すため、重篤な副作用をおこす可能性があります。

次には、標的到着後のinternalizationのステップです。問題点は、標的に応じてこの現象のパターン(頻度や効果)が異なることにあります。標的が目的に応じたInternalizationパターンを持つかどうかがポイントとなるでしょう。一般にADCの創薬が可能な標的として標的抗原の「発現度」「内在化率」「動的挙動」の3つの性質のバランスが重要と言われています。

抗原の動的挙動とは聞き慣れない言葉かもしれませんが、抗原は常に一定量同じように財棒表面に存在するわけではないという考え方です。一般に、細胞表面の抗原は、細胞内に取り込まれ、また膜表面に表れるということを繰り返すものが多くあると言われています。極端な例ですが例えば、最大で10個しか抗原が表面に存在しないとしても、それが細胞内に取り込まれて表面に戻ってくる時間が非常に短い場合、抗原が最大で1000個存在するけどほとんど内在化しないといった抗原より、標的として可能性があるということです。

うまく抗体が内在化された後、ADCに求められる条件は、lysosome内で小分子自身が安定で、細胞内に活性代謝物(小分子)が分布される必要があります。細胞内へ小分子を送り込むために、各社はlinkerに様々な工夫を施します。Likerには大きく、切れるlinkerと切れないlinkerが存在します。具体的に求められる切れるlinkerの性質は、血中において安定でかつlysosome内で分解されることが条件です。切れるものは、酸性条件下もしくはlysosome内の酵素を用いてlinkerが分解されます。切れないタイプに求められる条件は血中での安定性とlysosome内で抗体が分解されることで、『アミノ酸—liker—小分子』という形となり細胞内に展開されても活性を維持できるように工夫をする必要があります。どちらのlinkerもFDAの承認を受けているので、どちらのタイプもうまく工夫すれば薬として機能するようです。

 

2015-01-08_03-05-13

図4 FDA承認を受けたADCsの小分子部分(ref2-Figを引用)

 

最後に小分子について考えてみたいと思います。

ADCに用いられる小分子は、現時点では殺細胞活性のある小分子が使われる例が臨床試験にあがっています(図4)。

どのような小分子がADCに求められているのでしょうか?

血液脳関門や腸や肺、腎臓の近位尿細管など、生体内に存在する生体異物を排除するMDR(multidrug-resistant)ポンプ(代表例がPgp(P糖タンパク))は、抗がん剤等により誘導されることが知られています。Pgpは、疎水性の高い化合物を細胞外に排出することが知られています6。そのため、脂溶性の高い化合物を用いると、細胞外に排出され、血中に入ると全身で副作用がおこります(図5)。すなわち、親水性の高い化合物が目的のためには必要になります。

最初に承認を受けた brentuximab vedotinはこのタイプでAuristatin E (MMAE)というペプチドに似た比較的親水性の高い小分子を利用しています。末端のアミンからカルバメートでp-aminobenzyl(PAB) -Citrulline-Valと繋がるリンカーを持ち、そのlinkerがcathepsin Bで切断されMMAEが細胞内に放出されます。極性の高い化合物を用いているのでPgpの基質となりにくいことが期待されます。

一方、昨年承認に至ったT-DM1(ado-Trastumab emanstine)の小分子部位は、MMAEより脂溶性の高いAnsamitocin P-3を還元したMaytansinolがベースになっています。では、なぜより脂溶性が高く細胞外に排出される可能性のあるAnsamitocin誘導体でも、Pgpで排出されず、副作用を抑えることができたのでしょうか(実際、S-Sを含む切れるタイプの非極性のLinkerを用いた場合細胞外への排出が認められています2)。そのカラクリは切れないlinkerにあります。Maytansinol のOH基に切れないLiker(抗体のLysに結合)で抗体のLysに結合させることで、抗体がlysosomeで分解される際、『Lys-Linker-Maystansinol』という極性の高い活性代謝物が細胞内に放出されます。このため、Pgpの基質にならず、結果副作用を抑えることができたと考えられています。

 

Fig5

図5 細胞外に排出されるメカニズム(ref2-Fig13を引用)

 

基礎編の終わりに

以上、ADCに関して、その「着想に至った歴史的背景」と「分子標的薬といっても、小分子薬と抗体薬とADC薬、各々に得意不得意があること」について述べてきました。

抗がん剤開発の歴史は、がん患者のQOLをいかに改善するかという点で進歩してきました。

そのためこれまでの抗がん剤では、副作用の大きさ故に、薬が効いても免疫が下がり、結果として肺炎等の病気で亡くなる例が多くありました。また、副作用の毒性に死ぬまで悩まされることも大きな問題でした。

分子標的薬という新しい概念は、副作用を下げることに大変大きな寄与をしていることは確かです。この概念は、標的ガン細胞に非常に多く発現するタンパク、もしくは、一分子(もしくは数種類)のDNAが変異した遺伝子変異が原因で変異したタンパクが発現するため、がんを引き起こすような標的タンパク等特殊な条件で有効に作用する創薬であり、投薬前にその薬が有効か否かを検査する遺伝子検査を臨床試験の時点から取り入れる例も多く見受けられます。それゆえ分子標的薬の中には、テーラーメイド薬と言われものもあります。

しかし、これは裏を返せば、上記の条件(ある種タンパクの高頻度の発現や遺伝子変異したタンパク)を満たさないがん患者には、ほとんど無効であることを意味します。つまり、同じがん種でもその原因の違いにより、薬の恩恵を受けれる方と恩恵を受けられない方の差が大きくなることを意味します。通常、製薬会社は、患者数の多い疾患にほとんどの資源を使い、標的や疾患の選択と集中を行います。これは、製薬企業といえども営利を求める企業である以上、仕方のないことではありますが、この事実がマイナーながん種や疾患を持つ患者に大変厳しい状況を作り上げている現実があることを知っていてください。アカデミアで創薬を目指されている方達が、対象疾患や標的を設定する際、是非この事実を思い出していただきたく思う次第です。

後半では、これらの基礎編で述べた事実から、応用編として、3. これまで見捨てられてきた天然物の有効利用という視点、4. 知財・CMCの視点、の2つのテーマに関してADCについて提言と考察を述べてみたいと思います。

 

参考文献/footnote

  1. Lambert, J. M.; Chari, R. V. J. Med. Chem.2014, 57, 6949. DOI: 10.1021/jm500766w
  2. Chari, R. V.; Miller, M. L.; Widdison, W. C. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 3796. DOI: 10.1002/anie.201307628
  3. http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/19th/sanko-1.html
  4. http://ganjoho.jp/public/statistics/pub/statistics01.html
  5. (補足)  脳内を例外的に扱った理由は、脳内には血液脳関門(Blood Brain Barrier)という構造があり脳内部への異物の侵入から守られているためです。この作用は、脳内の血管内皮細胞は細胞間の結合が密でかつ必要な化合物を脳の組織液に通し異物を排除する仕組みを持っているためにおこります。しかし、小分子では、脳内に化合物を分布させることも脳内に分布させないことも可能で実際現在脳内の薬はほぼ小分子のみです。一方、抗体を脳内の標的に到達させることは通常の方法では不可能です。今年Roche社が血液・脳関門の突破のために、トランスフェリン分子を細胞の表から裏へと運ぶシャトルとしてのトランスフェリン受容体が使い脳内を標的にできる抗体を開発しました。この手法で実際薬ができるのなら将来が非常に楽しみです。
  6. (book) Drug-like Properties: Concepts, Structure Design and Methods, E.H.Kerns and Li Di, ACADEMIC PRESS, chapter 9.
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