ケムステではもうおなじみの化学者作家・喜多喜久氏の新刊のご紹介です。今回はなんとあの事件を題材にしたらしいです。なんとチャレンジングな。
どういう結論に至るのか気になるところですが、あらすじも含めて著者にお伺いしました! それではどうぞ。
新書紹介ー捏造のロジック
「化学者のつぶやき」をご覧の皆様、いつもお世話になっております。喜多喜久です。
前代未聞の大事件により科学研究のあり方が問われた2014年。このたび、そんな一年を締めくくるのにふさわしい一冊を刊行する運びとなりましたので、ぜひご紹介させていただきたく、こうして記事を作成した次第です。
新刊のタイトルは、『捏造のロジック 文部科学省研究公正局・二神冴希』です。(宝島社・12/10刊行)
[amazonjs asin=”4800235456″ locale=”JP” title=”捏造のロジック 文部科学省研究公正局・二神冴希 (『このミス』大賞シリーズ)”]
本作の設定、あらすじと合わせて、読みどころなども紹介していきたいと思います。
(あらすじ)
独立行政法人・興国科学研究所――通称、興科研。その研究施設の一つである、フロンティアプロジェクトセンターに勤める研究者・円城寺は、ある日突然、東堂センター長の呼び出しを受ける。
東堂は円城寺に、「二年前にデータ改竄疑惑で日本中を騒がせた、“PAX細胞”についての論文が、なぜか今になって再び投稿された」と告げる。
謎の論文の著者名欄には、当時、疑惑の渦中にいた研究者たち――永瀬美春、篠崎比呂登、辰巳優梨子の三名が記載されていた。
だが、二年前の論文捏造騒動後、篠崎比呂登は謎の死を遂げ、永瀬美春は失踪したきり行方不明になっている。唯一、事件と関係していない辰巳は今回の投稿への関与を否定しているが、論文には所内の限られた人間しかアクセスできないデータが使われており、センターの研究者が作成した可能性が高いという。
いったい誰が、何のために、疑惑の“PAX細胞”についての論文を再び投稿したのか。円城寺は、事態の悪化を恐れた東堂からの命令で、関係者に話を聞いて回る役割を引き受ける。
懸命に聞き取り調査に挑む円城寺。彼は事件の収束を願っていたが、調査が一段落した直後に、同じ論文が別の学術雑誌に掲載され、それが公になったことから、状況は更に悪化してしまう。
一方、論文投稿の事実を知った文部科学省は、新設した組織・研究公正局の調査員、二神冴希をフロンティアプロジェクトセンターに派遣することを決定する。
こうして、円城寺は半ば巻き込まれるような形で、二神と共に事件の真相解明に挑むことになる。
関係者に話を聞きながら、二人はやがて二年前の論文捏造事件の真相に迫っていく。
――彼女はなぜ、論文を捏造しなければならなかったのか?
その疑問の答えにたどり着いた時、事件の裏に潜んでいた「研究者の闇」が白日の下に晒される――。
あらすじを読んで、「あの事件」を思い出される方もいらっしゃるかもしれませんが、本作は完全なフィクションであり、設定やストーリーは完全にオリジナルです。研究公正局は米国のORIを基にしたものですが、現時点では、文部科学省にはそのような部署は存在しません。
なぜこのような物語を書いたのか。
その理由は、論文捏造事件がどれほど大きく報道され、徹底的に調査されても、「どうして論文の捏造が起こるのか?」という疑問が一向に解決されないからです。
データ改竄は科学研究における最大の罪であり、やるメリットよりも、ばれた時のデメリットの方が遥かに大きいものです。それなのに、論文捏造は次から次へと起こっている。果たして、不可解なその心理を論理的に解き明かすことができるのか? その問いの答えを見つけたくて、この物語の執筆を始めました。
最初は答えを出せないまま筆を進めていましたが、自分なりに知恵を絞り、捏造が必然となる論理――ロジックに、何とかたどり着くことができました。
この物語の真相は、荒唐無稽なものです。しかし、それは一方で、ありえたかもしれない「if」として意味を持つと思っています。
基本的にバイオロジーの話なので、化学的な描写はほとんどありませんが、「あの事件」でなんとなくもやもやしたものを抱えている方なら、読むと結構すっきりできるのではないかと思います。
作家というより、科学に携わる一研究者としての思いの丈をすべて盛り込んだ一冊に仕上がっています。単行本なのでなかなか手が出しづらいかもしれませんが、書店でお見かけの際は何卒よろしくお願いいたします!
最後にもう一つ。
作中、探偵役を務める二神は、研究者たちにこんな問いをぶつけて回ります。
「あなたはサイエンスを愛していますか?」
誰もがこの問いに真剣に向き合い、自分だけの答えを見つけ出すことを願ってやみません。