[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

オゾンと光だけでアジピン酸をつくる

[スポンサーリンク]

さアジピン酸(adipic acid)といえば高校でも習うナイロン6-6の原料であり、現在でも最も重要な化学工業の原料の一つと言っても過言ではありません。

2013年現在、350トン以上生産され、過去5年の生産量の推移をみると、その生産量は毎年5%以上増加しています。

この度、そのアジピン酸を、オゾン(O3)と光だけでつくってしまうという驚愕な研究結果がScienceに報告されました。

 

One-pot room-temperature conversion of cyclohexane to adipic acid by ozone and UV light

Hwang, K.; Sagadevan, A. Science 2014. DOI: 10.1126/science.1259684

 

どのように工業生産されている?

そもそもアジピン酸はどのように工業生産されているのでしょうか。下記のシクロヘキサンを原料とした硝酸酸化法が代表的な合成法です。

2014-12-24_06-29-30

アジピン酸の代表的な工業生産法

 

まずシクロヘキサンをコバルトもしくはマンガン触媒下、高温・高圧条件で酸化することでシクロヘキサンおよびシクロヘキサノールの混合物にします。得られた混合物は俗にKAオイルといわれ、アジピン酸の原料だけでなくシクロヘキサンとシクロヘキサノールを蒸留で分けて様々な化学製品の原料として使われることからその生産量はアジピン酸の倍ほどと言われています。そのKAオイルを硝酸酸化することで、アジピン酸へと導きます。硝酸酸化の転化率はとても高く、数%の副生成物は生じますが、問題なく進行します。大変効率のよいプロセスのように思えますが、主に以下の大きな問題点があります。

 

1. シクロヘキサンの酸化の転化率は4-11%と低い

2. 反応条件に高温もしくは高圧を必要とする

3.硝酸酸化により生成される二酸化窒素(NO2)が環境汚染の原因となっている

 

特に3に関しては

「1日平均値が0.04~0.06ppmの範囲内またはそれ以下であること、またゾーン内にある地域については原則として現状程度の水準を維持しまたはこれを大きく上回らないこと」

とされており、二酸化窒素(NO2)は代表的な環境汚染物質としての地位を確立しています。つまり相当だめなやつです。

 

二酸化窒素を生成しない方法

そういうわけで二酸化窒素を生成しない方法が研究されてきました。代表的な手法は野依らが開発したシクロヘキセン酸化法です。[1]

2014-12-24_06-30-43

野依らのアジピン酸合成法

 

出発物質をシクロヘキセンとしてそれを過酸化水素・タングステン触媒で酸化することにより、高収率でアジピン酸が得られかつ復姓するのは水だけという大変クリーンな反応です。しかし、そもそもより高価なシクロヘキセン(vsシクロヘキサン)や過酸化水素(vs 酸素)を用いなければならない、といった欠点があります。

 

オゾンと水だけで反応させる

さて、本題となりますが今回報告された方法は以下のとおり。シクロヘキサンに光照射下オゾンを作用させるだけでアジピン酸に変換できます。

2014-12-26_14-52-49

新しいアジピン酸の合成法

しかも高温・高圧条件を必要とせず、室温・1気圧で反応します。転化率は中程度ですが、シクロヘキサンから考えれば硝酸酸化法に比べて大変高い転化率になります。生成物の選択性は少し低いのが難点ですが、KAオイルから始めると非常に高い収率と選択性でアジピン酸に変換可能です。

もっとも強調すべき点は、「こんな簡単な方法でできるんだ。」ということ。

論文のSuporting Informationに実験方法が写真で掲載されています。

光照射下のオゾン酸化でアジピン酸をつくる方法(原著論文より抜粋)

光照射下のオゾン酸化でアジピン酸をつくる方法(原著論文より抜粋)

合成方法

a) シクロヘキサンを入れる

b) 100W Hgランプで照射下、オゾンをバブリングする

c) 白い固体が徐々に析出する

d) アジピン酸の粗生成物を得る

e) 酢酸エチルとヘキサンで固体を洗浄

f) 純粋なアジピン酸の出来上がり

 

このようにわかりやすく、かつ非常に簡単な方法のようです。まさにコロンブスの卵といわざるを得ない研究結果です。他にも様々な類縁体を同条件で変換することができます。詳しくは原著論文にて。

 

バートンチャレンジ

ノーベル化学賞受賞者であるバートンを冠して、1999年に5000ドルの賞金をかけ未解決の化学反応として提案された「バートンチャレンジ」という課題があります。[2]

それは

「n-ヘキサンを酸化してアジピン酸を85%以上の選択性で作れますか?」

というもの。

今回の反応はn-ヘキサンというわけではないですが、この課題の解答に匹敵するような研究結果ではないでしょうか。

まだまだ合成化学としてやらなければならないことはある。そう思わせる論文でした。

 

参考文献

  1. Sato, K.; Aoki, M.; Noyori, R. Science 1998,281, 1646. DOI: 10.1126/science.281.5383.1646
  2. Wilson, E.; Chem. Eng. News, 1999, 77, 24. DOI: 10.1021/cen-v077n001.p024
Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 二丁拳銃をたずさえ帰ってきた魔弾の射手
  2. アニリン類のC–N結合に不斉炭素を挿入する
  3. 無水酢酸は麻薬の原料?
  4. UCLA研究員死亡事故・その後
  5. Illustrated Guide to Home Chemis…
  6. IRの基礎知識
  7. 標準物質ーChemical Times特集より
  8. 2024年ノーベル化学賞は、「タンパク質の計算による設計・構造予…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 材料開発の変革をリードするスタートアップのデータサイエンティストとは?
  2. 【ケムステSlackに訊いてみた⑤】再現性が取れなくなった!どうしてる?
  3. HOW TO 分子シミュレーション―分子動力学法、モンテカルロ法、ブラウン動力学法、散逸粒子動力学法
  4. ロッセン転位 Lossen Rearrangement
  5. 東京化成、1万8千品目のMSDS公開サービス
  6. ダフ反応 Duff Reaction
  7. 阪大で2億7千万円超の研究費不正経理が発覚
  8. チャイタン・コシュラ Chaitan Khosla
  9. 十全化学株式会社ってどんな会社?
  10. システインの位置選択的修飾を実現する「π-クランプ法」

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年12月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP