今回はScience誌より、わずか1ページながら含蓄ある論文をご紹介します。
“Bioactive Contaminants Leach from Disposable Laboratory Plasticware”
McDonald, G. R.; Hudson, A. L.; Dunn, S. M. J.; You, H.; Baker, G. B.; Whittal, R. M.; Martin, J. W.; Jha, A.; Edmondson, D. E.; Holt, A.
Science 2008, 322, 917. DOI: 10.1126/science.1162395
著者のAndrew Holtらは、モノアミンオキシダーゼB(MAO-B)を使う研究を行っている際、酵素活性に説明できないぶれが生じることに気づきました。
なぜぶれるのだろうと考え調べていったところ、なんと使い捨てのプラスチック製実験器具が原因であることが分かったのです。
生化学実験に使われるプラスチック器具は品質もお墨付きですが、そうはいっても製造過程で使われる可塑剤・洗浄剤などはごくごく僅かに残存しうるようです。実験手順によってはそれが溶け出し、結果に影響を与えることがあるというのです。
著者らの素晴らしいところはそれでお終いにせず、どういう検討条件で混入するのか(水を使うかDMSOを使うか)、容器の製造会社、はたまた試験管のサイズによっても違うのか・・・といったことまで事細かに精査し、その残留物が一体何なのかを質量分析によって突き止めている点にあります。
結論として以下の殺菌剤・潤滑剤が実験操作で混入しうることが明らかにされています。これら化合物の純品は、実際にMAO-Bの活性に大きく影響を与えるそうです。一方でこういった物質が使われないガラス器具を使う限り、一定の結果が得られるようです。
またピペットマンチップ、エッペンドルフチューブ、96穴ウェルなどからも、10%DMSOで何らかの化学物質が抽出されることが分かっているようです。
実験のウデとか誤差のせいにしてしまいがちなところを、ちゃんと原因を追いかけ突き止めているのは学ぶべき姿勢と言えるでしょう。
プラスチック製器具は生化学研究で日常的に使われるものですし、使い捨てなので毎回フレッシュな実験をしている気になってしまいます。しかしそれが実は影響要因になりうるという現実は、盲点になりやすいポイントではないでしょうか。
有機合成の現場でも金属中の痕跡量元素が実は真の触媒種だった、試験管やスターラーチップの洗い残し残渣が実は再現性の取れない理由だった、という話はしばしば耳にします。
この辺り、しっかりしたデータを出すラボほど、経験的・口伝的に注意を払う文化が醸成されているようにも思います。常日頃から気をつけておきたいですね。
ところで、この事実が「広く生化学系研究者の興味を惹くだろう」と見抜き、Science誌に投稿してしまう発想・決断(そして実際に受理されている!)は、なかなかに非凡なものがありはしないでしょうか?くだらないと思えるルーチン操作でも、価値付け次第では面白い話にできるという好例に思えました。