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なぜ青色LEDがノーベル賞なのか?ー基礎的な研究背景編

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Tshozoです。数年来、受賞は確実と目されていた「青色発光ダイオード」の発明と量産化に対し、名城大赤崎名誉教授、名大天野教授、カリフォルニア大学中村教授お三方が受賞されました。心よりお祝い申し上げます。

ここは「化学者のつぶやき」ですが、「この世界のどこにでも、化学」をキーワードに日夜邁進する筆者としましてはこの物理案件に化学を加味して紹介できればと思うのです。本件を3部に分け、まず出来るだけ技術的にかつ平易に本件の受賞内容をご紹介したいと思います。はじめは基礎的な研究背景編です。

 

 LEDとは?その構造と特徴

もう現代では皆様よく目にするLED。正式名称は「Light Emitting Diode 『発光ダイオード』」といいます。交差点や室内灯、玩具にも多数採用されており、浦安市にあるゆうえんちでは深夜にLEDを大量に点灯したヤンキー山車が出没します。

LED_01.pngヤンキー山車に飾り付けられるLEDの拡大像 参考文献1より引用

 この中身、一体どうなってるかというと、下図(文献1)。この「発光チップ」がLEDの心臓部です。

LED_02_1.png LEDの拡大図 同じく参考文献1より引用して筆者が編集
コンタクトワイヤもう1本は簡単のため省略

 この発光チップを「青色発光ダイオード」に絞って拡大してみます(下図・参考文献2より引用)。この中のp型GaN~量子井戸~n型GaNがLED本体であり、今回受賞されたお三方が発光実証(赤崎氏、天野氏)、及び発光性能の飛躍的な向上、低コスト化(中村氏+日亜化学)を成し遂げたものです。なお図では少し厚みを強調してありますが全体厚みはわずか2um弱で、p型GaN~量子井戸に至っては100nmにも満たないケースがほとんどのようです。

LED_03.png心臓部の拡大図 同じく参考文献1より引用して筆者が編集
側面から発光する型もあり、レーザ用途に用いられる

 ・・・しっかし複雑に材料を重ねた複層構造をしており、わけがわかりませんね。何でこんな形をしなきゃいかんのか。めんどくせぇ白熱電球でいいじゃねぇかと思う筆者でありましたが、実は白熱電球に対しLEDの発光効率(電力→光)は最大約5倍(量子効率では最大20倍程度)にも達します。また白熱電球のような断線・劣化が起きにくい。その省エネルギー性・長寿命を最大の武器に様々なところで採用が進み、今回の受賞につながったということになります。

 

何で発光するのか 「パチンコ」にたとえて説明せよ

物体が発光する現象、その理解には「電子」というものと、電子が空いた状態の「正孔」というものをイメージしていただかねばなりません。

実はこの現象、パチンコが一番たとえやすいです。漫画「賭博黙示録カイジ」で採り上げられた凶悪な高額パチンコ台。あの中で打ち上げられたパチンコ玉(活性化電子)が特定の当たり穴(正孔)に落ち込んでいくたびにキッチリ1000万円儲かる(発光)。それをまずイメージください。

LED_04.png発光のたとえ 講談社「賭博破戒録カイジ」 13巻より引用

 そしてLEDに行く前に、ここはまず身近なホタルの発光メカニズムを見てみましょう。

LED_05.pngホタルの発光メカニズム・黄色枠が発光に直接かかわる部分 参考文献4を筆者が編集して引用
青色LEDとは異なり量論反応で、基本的には原料が尽きると発光は止まる

 京都大学 加藤博章教授、中津准教授らにより2007年に明らかにされたホタルの発光機構は上のようになっており、中間体(活性化)→安定化の時に発光が生じると考えられています。この発光現象で何が起きているか結論から先に言うと、

 「物質内で活性化した電子が、特定の様式でエネルギーを失う瞬間に光を放つ
(=打ち上げられたパチンコ玉が特定の大きさの孔に落ちるときに1000万円儲かる)

ということです。この活性化は「励起」「ラジカル化」とも言われ、上の例で示したように電子が「不安定」な状態になっている、と考えてください。

そして、発光現象のポイントは下線部の2点です。まず第1、活性化した電子がエネルギーを失うと何故光を放つのか。実は原子と電子は光子(photon)を常時やりとりして結合しています(詳細は素粒子物理学まで至るので割愛)。そして活性化した電子のエネルギー状態が変わると、その差分エネルギーが「光子(電磁波)」として放出されるのです。

そして、第2の「特定の様式」というのは「電子が、受け手(一般には「正孔」)に落ち込む」ことを言います。この電子と受け手が「厳密にそろって特定のエネルギー差分を持つ」時に、キレイな発光が得られるわけです。

翻って青色LEDの場合。この2点を守ったうえで上図の積層回路上で、「活性化電子(n-GaN側)と受け手(正孔・p-GaN側)を外部電力(直流)によりどんどん供給、これにより連続的に、境界面付近で電子を連続的に落ち込ませる」反応をジャンジャンバリバリ行っていることになります。このジャンジャンバリバリの時に発光が起きるわけですね。なお量子井戸は発光のための触媒的な作用をしており、電子と正孔の熱拡散を防ぎ発光効率を上げるだけでなく、発光の波長を厳密にそろえるのに役立っています。パチンコで言うと玉を孔へ落とし込むクギの役割をしていると例えられます。

LED_24.png ものすごく簡略化した、LED発光部で起きる現象の模式図(見易さのため発光は斜め方向とした)
実際には正孔も動くところはパチンコと異なる

 ということでメカニズムのおおよそはわかって頂けたかと思います。「電子カラクリパチンコ」と言うと怒られそうですが。

 

今回の受賞の理由は?何がすごかったのか?

世界で初めて青色の連続安定発光を実証、そして高性能化を達成したからです。LEDの歴史は下のようになっており、創始者である”Nick Holonyak, Jr.“氏(今回、何故か未受賞)を皮切りに、赤色、黄色と順調に開発が進んでいました。しかし青色だけは数十年経っても出てこなかった。

LED_07_3.pngLEDの発光性能の時系列変遷 参考文献3の図を筆者が改編して引用(SiCは略した)

 実は青色LEDの実現には赤色・黄色から想像できない凄まじい技術的障壁が立ちはだかっていたのです。

材料については、結構早い段階から「特定の様式」の要である青色に向いたバンドギャップ(活性化電子が正孔に落ち込むときのエネルギー差分のこと・量子化学論で言うHOMO-LUMOギャップにほぼ相当)を持つ理論的に特定され、3つのベース物質 ZnSe, SiC、GaNに絞られていました。ですが、前者2つは比較的合成しやすくそれなりに性発光能検証が開始出来たのに対し(SiCは1980年代後半に一応市販品が出ていた)、今回の受賞に大きく関与したGaN。こいつはまず結晶作りから始めないと検証すらできなかった。研究的に「発光の性能」を検証したいのに、やらねばならないのは「高純度材料の合成」、という矛盾を抱えないといけなかったのです。ただGaNは高温でも極めて安定で、バンドギャップ的にも実は次世代の紫外発光も狙える位置にあるなど相当なポテンシャルがあることは研究者間ではわかっていました。

LED_26.png青色LEDの材料候補一覧(下線部材料)
参考文献3の図を筆者が改編して引用

 しかし、高温で安定ということは「クソ作りにくい」ということでもあります。

赤崎教授はこの点に果敢に挑戦、「我惟一人荒野をゆく」の精神で、1973年(!)時点で研究方針をGaN合成に据え、ただひたすらに高結晶化の道を進みました。1981年に天野教授(当時院生)が参加してからも困難の道を極めたのですが、反応装置と有機金属材料の組合せ、そして発光構造の試行錯誤の果てにようやくn型・p型GaNの高純度薄膜合成・積層化に成功したのち、1989年に世界初の青色発光ダイオードの実現に成功したのです(参考文献5)。当時は高純度な有機金属錯体は国内では手に入りにくかったのか、海外から取り寄せねばならなかったという記述が文献にありました。ここらへんは海外化学材料メーカの底力、と言ったところでしょうか。

LED_08.png世界初の青色発光LEDの写真 参考文献5より引用

 しかしまだ電球に比べて性能は極めて低かったし、それに当時の研究室プロセスをそのまま量産に持っていくととんでもねぇ設備投資が必要になることは明らかな状況でした。つまり製品化をどうするか、という問題は厳然として残っていたわけです。

その「どうやって安く大量に作ればいいのか」という問題に対し、中村教授(当時日亜化学所属)が中心となり量産化への道を開いたわけです。ここらへんの開発の詳細は長くなるので次回に記載しますが、いわゆる404特許と言われる「ツーフローMOCVD合成法」と、「p型熱アニール法」というキータームが存在したことだけを付記させていただきます(参考文献6、及び参考文献7参照)。

こうした幾多の苦難を乗り越え、最終的に同氏及び日亜化学は、当時赤崎教授・天野教授とタッグを組んだ豊田合成との激しい競争に競り勝ち、世界初の青色LED上市に成功しました。こうして基盤技術の完成、発光性能の飛躍的な向上、製品化を経てお三方の今回の受賞に至ったわけです。なお日亜化学の世界シェアは白色LEDでは激戦時代に入った現在でもなお20%を超えており、品質・性能に関しては他社の追随を許さないところがあるようです。

LED_09.png青色LEDが採用された製品群 おそらく、今後もっと採用先は増えていくと思われる

 なお今回の取材で赤崎教授が1973年の時点から既にGaNの可能性に賭け、数十年に及ぶ雌伏の時を乗り越え製品化に繋げたことを恥ずかしながら初めて知ったのですが、同氏はまさに人生を賭けた大博打に勝ったのだと感じました。ただ、今現在の大学や企業の環境で、はたしてそれと同等の大博打を開始出来るのでしょうか。現在ならGaNなんか選んだ時点で、審査側の方々に2秒で却下される場面がリアルに浮かんでしまうのが悲しいところで。

悲観的になっても仕方ありませんが、旧日本陸軍化が加速する日本の各組織の中でリスクの高い研究開発をどう行うべきか、というのは今後の大きな課題となる気がします。

さて、今回は基礎的な研究背景を述べました。次回は青色LEDの製法を中心とした話題を取り上げましょう。続きは性能向上・量産化編雑記編にて。

参考文献

  1. ドイツ AIXTRON社 “MOCVD Technology for LED” リンク
  2. ドイツ AIXTRON社 ”How MOCVD Works”  リンク オススメ
  3. 成大 王水進教授 ”Basics of LED” リンク オススメ
  4. “Structural basis for the spectral difference in luciferase bioluminescence”, Nature 440, 372-376 リンク
  5. 赤崎教授 稲盛財団受賞記念プレゼンテーション リンク
  6. [amazonjs asin=”4837918727″ locale=”JP” title=”考える力、やり抜く力 私の方法”]
  7. [amazonjs asin=”4901331086″ locale=”JP” title=”青色発光ダイオード―日亜化学と若い技術者たちが創った”]

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4891731389″ locale=”JP” title=”青色LED開発の軌跡―なぜノーベル賞を受賞したのか”][amazonjs asin=”4532168511″ locale=”JP” title=”青い光に魅せられて 青色LED開発物語”]
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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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