化学に関係することをしようとすれば、必ず一度は見ることになるのが原子量です。
原子量がわからなければ物質量がわかりませんので、正しく化学反応を行わせることはできません。でも原子量って既に決まった値だから、原子量に関する科学は終わったなんて思っていませんか?
正確な原子量を追い求めることは、宇宙の定数を追い求めることなのです。そこには宇宙の真理が眠るロマンあふれる科学があるのです。
今回のポストはNature Chemistry誌よりIUPACの原子量および同位体存在度委員会(Commission on Isotopic Abundances and Atomic Weights)のJurius Meija委員長のthesisをご紹介します。前回はこちら
An ode to the atomic weights
Meija, J. Nature Chem. 6, 749-750 (2014). Doi: 10.1038/nchem.2047
正確な原子量の決定に対して大きな貢献をしたのは間違いなくTheodore William Richardsです。その功績に対して1914年にアメリカの科学者として初めてのノーベル賞が与えられています。今年は丁度それから100年なんですね。
今でも数年ごとにある原子の原子量が改定された、というニュースを耳にすることもありますよね。原子量とそれを取り巻く科学も日々進化しています。でも原子量をそんな正確に決める必要はあるんでしょうか?普段の実験ではせいぜい小数点以下の数桁しか使いませんし、そもそも4桁以降なんてどこに載っているかもわかりません。
“Several fundamental constants of nature are determined with the help of high-precision atomic-weight measurements.”
しかし、正確な原子量を求めることは、世界を大きく変えてしまうほどのインパクトを持っていることがあります。ノーベル物理学賞受賞者のSteven Chu曰く、”新しい科学が新しい一桁から始まる“だそうです。確かに、Harold Ureyは水素の原子量を正確に測定していくことにより、重水素を発見するに至っていますし、1972年にはガボン共和国のOkloにて天然の原子炉が発見されていますが、これは算出するウラン-235の含量が通常の0.720%よりも0.003%少ないことに気づいたことがきっかけとなって発見に至ったのです。ざっと見積もって20億年前から続いているものと考えられています[1]。最近では数億円のケイ素-28の単結晶を用いてキログラムとモルの再定義が検討されていたりもしています[2]。
画像は文献より引用
アボガドロ定数やプランク定数は重要な物理定数ですが、これらはリュードベリ定数によって関連づけられています。別々に求めたアボガドロ数とプランク定数をリュードベリ定数を介して比較すると非常によく一致しますが、近年の精密な測定では数ppmほどずれがあることがわかっています。これは主に原子量測定の補正によるところが大きいとされています。
他にもファラデー定数を決定する際は銀の原子量が、ボルツマン定数を求める際にはアルゴンの原子量が重要な役割を果たします。すなわち、宇宙に普遍的に現れる物理定数を求める際には正確な原子量というものが必要不可欠なのです。
現在ではテルルを除いて標準原子量の測定には質量スペクトルが役立っているそうですが、これからの時代はどうなっていくのでしょう。19世紀の化学者は原子量を決定することを追い求め、20世紀の化学者がこれらの意味を求め、同位体の存在を突き止めてきました。21世紀では全く新しい現象が原子量を正確に求めることによってもたらされる時代となるのかもしれません。
周期表を眺めるとき、原子量の物語のこともふと思い出してみて下さい。
関連文献
[1] The Oklo phenomenon. Smith, P. J. Nature 252, 349 (1974). Doi: 10.1038/252349a0 [2] Determination of the Avogadro Constant by Counting the Atoms in a 28Si Crystal. Andreas, B. et al. Phys. Rev. Lett. 106, 030801 (2011). Doi: 10.1103/PhysRevLett.106.030801