“Click”(カチッと音を立ててくっつく)という意味の英単語が表すとおり、「手軽に強固な結合をつくる高化学選択的・高収率・高速反応を使ったものづくり」を統合的に捉える化学がクリックケミストリーです。ノーベル賞受賞者でもあるK.B.Sharplessらによって提唱された概念ですが、その未来像と価値を示した総説[1]は既に5000回以上の引用数(2014年8月現在、Web of Science調べ)を誇っており、いまや途轍もない普及力を見せています。
アジド-アルキンの[3+2]付加環化(Huisgen環化)が代名詞的反応として知られていますが、もちろんこれ一つに道具を絞らなくてはならない理由はどこにもありません。例えばチオール-エン反応なども、クリックケミストリーに適した反応として近年盛んに活用されています。
さてつい先日、クリックケミストリーの枠を更に広げる道具としての硫黄-フッ素交換反応(SuFEx反応)の活用がSharplessらによって提案されました。今回はその総説[2]からかいつまんでご紹介しましょう。
SuFEx反応とは?
硫黄(VI)フッ化物のS-F結合は、適切な活性化を経ることで求核剤(アルコールやアミン)と置換反応を起こします。化学選択性も高く、大スケールでも実施可能です。水系溶媒でも問題なく進行します。
これは原料となるSO2F基が、酸化・還元・加水分解などの各種化学条件にきわめて安定であることが理由です。特定の活性化条件(プロトン源もしくはケイ素化合物の共存)に伏さない限り、目立った反応性を示さないため高い化学選択性が生じるのです。
塩素アナログであるSO2Cl基はさほど安定でもないのですが、なぜフッ素に変えるだけでこうまで安定になるのでしょうか?
これは2つの理由によるとされています。
一つは結合エネルギー。S(VI)-Fの結合エネルギーはおよそ80-90kcal/mol (SO2F2)程度と見積もられており、S(VI)-Clのそれ(SO2Cl2:46kcal/mol)よりも圧倒的に強固です。このためS(VI)-Cl結合のようにホモリティック開裂から分解するという反応性を示しません。
二つ目はS(VI)中心における求核置換反応の遅さ。実はスルホネートの求核置換反応は、そもそもが起こりづらいものです。MsCl、TsCl、Tf2Oなどが有機合成でルーチンユースであることを知る身からは少し意外な気もします。しかし下図のように、SO2Cl基がスルホニル化ではなく塩素化目的にしばしば使われる現実からもこの特性を理解することができます。塩素をフッ素に変えるとこの反応が進行しなくなるのです。
SuFEx反応をクリックケミストリー目的で用いる際に難があるとすれば、まずフッ化ケイ素由来のゴミが出てしまうこと。とはいえ安定で不活性なものがほとんどなので、多くの場合欲しいもの機能に影響は与えないだろうとされています。
もう一つは合成原料になるSO2F2が毒性気体であること。総説中でもドラフト中で扱うことが推奨されています。とはいえこちらは「危ないものを使うと競争相手が少ないから早く一流になれるよ」と言ったという逸話を持つSharplessならではの着眼点と見れば、ある意味大変にオリジナリティある目線かも知れません(笑)。
応用例
総説が報告されたばかりのタイミングなので応用は当然これからなのですが、Sharpless自身が行ったデモを一つご紹介しましょう。
彼らはビスフェノールサルフェート重合体をSuFEx反応で合成しています[3]。下記のように触媒量の有機塩基存在下、二つのユニットをneat条件で混ぜるだけでビスフェノールの共重合体を得ることができます。反応効率が良く加水分解などの停止反応に強いため、分子量の大きなポリマーが作れることが一つの特徴です。
ビスフェノールカーボネート重合体はLexanという名で実用されていますが、これと今回合成したサルフェート体との間で材料特性を比較しています。ポリカーボネート体は強塩基性条件下で分解してしまうのですが、ポリサルフェート体は安定です。また酸素透過性もサルフェート体のほうが低く、空隙がより小さなものになっているようです。反応の化学選択性が高いため、様々な官能基が導入されたポリマーも作ることができます。
過去に全く注目を集めていなかった化学変換の一つですが、今回ようやく数多の研究者に分かりやすい形で価値が提示されました。材料、医薬、その他諸々、あらゆる方向で応用が進むことが期待されます。
読者の皆さんも、活用法をいろいろ考えてみてはどうでしょうか。
関連文献
[1] “Click Chemistry: Diverse Chemical Function from a Few Good Reactions” Kolb, H. C.; Finn, M. G.; Sharpless, K. B. Angew. Chem. Int. Ed. 2001, 40, 2004. [abstract][2] “Sulfur(VI) Fluoride Exchange (SuFEx): Another Good Reaction for Click Chemistry” Dong, J.; Krasnova, L.; Finn, M. G.; Sharpless, K. B. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, Early View. DOI: 10.1002/anie.201309399
[3] “SuFEx-Based Synthesis of Polysulfates” Dong, J.; Sharpless, K. B.; Kwisnek, l.; Oakdale, J. S.; Fokin, V. V. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, Early View. doi:10.1002/anie.201403758
関連書籍
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外部リンク
- クリックケミストリー – Wikipedia
- クリックケミストリー≠Huisgen反応、2つの意味で。(気ままに有機化学)
- アジドの話(有機化学美術館)
- The Sharpless Lab