今回は昨年Wiley社より出版された書籍「Design and Strategy in Organic Synthesis」の紹介をしたいと思います。
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有機合成を専門としておられるケムステ読者の方も多いと思います。そのため、釈迦に説法かもしれませんが、光学活性な有機化合物を合成する際、その手法は大きく分けて以下の3つあります。
・アキラルな分子に対し、不斉補助基や不斉触媒を用いてキラルな化合物へ誘導する「不斉合成法」
・糖やアミノ酸など容易に入手可能な光学活性分子を利用し目的化合物へ誘導する「キラルプール法」
・合成したラセミ体を、反応速度差やジアステレオマー塩の溶解度差を利用して分ける「光学分割法」
天然物などの複雑分子を合成する際には、これらの方法で得た光学活性な化合物から、さらに多段階、場合によっては数十工程の変換を経て標的分子にたどり着くことになります。
そのため天然物合成では、合成戦略だけでなく、光学活性な出発原料のデザインが非常に重要です。具体的には「簡単に」「たくさん」「純度よく」手に入り、「この先の反応に有利」な構造のものが理想的ということになります。
しかし、出発原料選びのセンスを養うには、多くの経験を必要とするように思えます。筆者は有機合成の研究をしている大学院生なのですが、逆合成してたどり着いた出発物質が意外にも高額だったり、調製が難しかったり、思ったような反応性を示してくれなかったりと、出発原料を上手く選択できなかったがために何度か痛い目にあいました。
そんな中、昨年wiley社より、天然物合成の出発原料について体系的に解説した書籍「Design and Strategy in Organic Synthesis」が出版されました。
本書の内容
目次は全部で18章からなっていますが、内容的には大きく三つの部分に分けられます。
4章までは近代有機合成の哲学や潮流を解説しており、これまでに合成された天然有機化合物や医薬品を紹介しています。
5章から9章では、キラルな出発原料を用いる合成法について説明し、利用可能なキラルビルディングブロックをアミノ酸やテルペンといった出発物質ごとに網羅。
10章から18章で、具体的な全合成の例を解説しています。
特に、一つの化合物に対し複数の合成例を挙げ、それぞれの戦略と出発原料を比較している点で、非常に参考になります。
勉強会の資料に
wiley社から出版された天然物合成の教科書といえば、いわずと知れた名著「Classics in Total Synthesis」シリーズや、問題解決の手引きになる「Dead Ends and Detours」シリーズなどが有名かと思います。しかし、出発原料にフォーカスして天然物合成を解説した本は多くなかったのではないでしょうか。
本書で取り上げられている標的化合物はタキソールやFK506など一世を風靡した難関ばかりで、全合成を達成した化学者たちがそれぞれ独自の戦略に合わせて巧みに出発原料を選択していることがよく理解できます。
この書籍の欠点を唯一挙げるとすれば、「値段が高い!」ということでしょうか。筆者は学会の書籍コーナーでつい衝動買いしてしまいましたが、ちょっと学生には手を出しづらい価格だと思います。研究室に一冊おいて、勉強会の資料にするのはいかがでしょうか?