Tshozoです。今回はMITからのNature Chemistry記事を紹介いたします。
今回も現所属組織にまつわるアレコレを書こうと考えていたのですが、身が危うくなる可能性があるため自粛致します。気を取り直して今回はNature Chemistryに掲載されましたMIT-Harvardによる共研内容を速報としてご紹介したいと思います。その論文とはこちらです。
“Templated assembly of photoswitches significantly increases the energy-storage capacity of solar thermal fuels”(リンク)
本論文のコンセプトを示す代表図(図自体は2011年時点で完成していた模様)
図はこちらより引用 Prof. Grossmanによるコンセプト説明動画はこちら
なおこの論文には二人の著名な教授、GrossmanとNoceraという二つの御名前が載っていますが、そのうち後者のProf. Nocera氏は数年前、”Artificial Leaf”という研究成果でその名を広く知られました(それ以前からもかなり有名でしたが)。
Prof. Daniel Nocera氏と代表的な成果「Artificial Leaf」
コンセプトの説明論文はこちら 写真などはこちらより引用
その当時からお二人が中心に置いていたコンセプトは、「太陽光の固定化」= Solar Ray Fixationです。これはどういう意味を持つのか。これを伝えるには太陽からのエネルギーフローを理解する必要がありますのでそこから話を進めるとしましょう。
太陽光は、密度はともかく再生エネルギー中で最も賦存量(存在する全体量のことと考えてください)が最大です。最大どころか、石油を含む風力、バイオマス、水力など全てのエネルギーは太陽光を起源としているわけです。なお原子力・地熱は通説として太陽光起源ではないです、念のため。
太陽光の賦存量を示す比較図(引用はこちら)”Solar”の規模間がハンパない
このうち、現在地球上に降り注ぐ太陽光を活かして人類のエネルギーへ活用しようという取組みは何十年も前からずっと続いています。日本でも1980年前後に「ニューサンシャイン計画」なる通商産業省(現・経済産業省)が主導した研究開発活動が進行していました。このプロジェクトに伴い各要素技術で一定の成果は収めたものの、現在に至るまでやはり人類の主要エネルギーは化石燃料なわけです。
香川県 旧仁尾町に作製された集光型発電装置 現在はどうなってることやら・・・(引用:通産省発行文書)
しかしこのまま世界中で化石燃料で火祭りしてては色々とどうにもアカンですので、世界各地で様々な太陽光等を利用した代価エネルギーの実用化研究開発が進められているのはここで述べるまでもないでしょう。
このうち、従来から太陽電池発電がずいぶんと騒がれていますが、実はエネルギーの媒体(エネルギーキャリアとも言います)は電力だけではないのです。電力はそりゃ世界中で使われていますが、実は「同時同量」が必要という厄介な性質を持ちます。つまり作ったと同時に使わなければならない『置いておけないナマモノ』で、お魚に例えるならマンボウとかシラウオとかのように採ったらすぐ食べなければ商品との意味を持たない、需要と供給のバランスが常に成り立ってないと(成り立たさないと)アカン媒体です。
ということで保管が困難ですので(一般的な電池なんかで巨大な電力量を貯められると思っちゃいけませんよ、ついでに言うと送電線敷くのもすげぇ金かかりますよ)その代りに出来るだけ安く長期保存しやすいエネルギーキャリアに変換しときたいと考えるのは結構妥当な方針だと思います。例えば、H2、EtOH、MeOH、NH3など・・・H2はそこまで大量に安くは貯められませんが。これらに変換して、貯めるだけ貯めて、必要な分だけ出す。ある意味、太陽から石油が出来るのに似ていることから米国では”Solar Fuel“という名称で整理してプロジェクト化している研究機関もあるくらいです。
ノーベル賞受賞候補に頻繁に名前が挙がる「Harry Gray」教授によるSolar Fuelの提唱論文誌(引用)
で、今回紹介する論文はこのエネルギーキャリアのうち、電力に比べあまり注目されてこなかった「分子構造の違いによるエンタルピー」を選んだことを特徴とするものです。なお分子構造の差ではなく、酸化還元電位の違いによるエンタルピーを用いたものを電池と言いますね。
エンタルピー (enthalpy = ΔH)はドイツ語のenthalten 「内包する」という動詞からきており、ざっくり言うと「系内部に貯蔵されるエネルギー」です。一般に熱エネルギーとしては物質の比熱(分子の運動)を利用するものが代表的ですが、保管してるうちにガンガン冷めてしまい、扱いづらい。また、広い温度範囲で同じ相(液体とか)で居られる材料があんまり無いため効率的に集温できない、という宜しくないタイプのエネルギーキャリアなわけです。
そこで、分子構造の変化として保存できれば、しばらく保存しても適切なスイッチ(触媒とか)で随時熱を取り出せるはず。昼間エネルギーを貯めておいて、夜熱を活かす、という面白い使い方も出来る可能性があるわけです。
今回の成果の理屈上コンセプト代表図(引用)
基底エネルギー(左底部)状態から吸光して右側の状態に持っていく、またその逆が繰返し出来るかどうかがカギ
今回の論文の結果は率直に言ってあまりエネルギー貯蔵量や放熱性能は高くはないのですが、考え方がユニークであり分子構造が色々と発展が利きそうな成果ですので今回取り上げることにしました。どうかお付き合いください。
まず、今回の論文のコンセプトから。もともと光反応による分子構造の変化を活かしたエンタルピー貯蔵、というコンセプトは昔からあり、下図のようないわゆる「フォトクロミック」材料を利用しようという話は1983年に出ていました。その時の分子構造はこちら。
(引用)
しかしこの材料は確かに構造変化は起こすのですが、その可変サイクル数はとても実用に足るものではなく、貯められるエネルギー量が非常に低かったようです。その後も細々と改良は続いていましたが、大した進展はありませんでした。
これに対し、今回のGrossmann教授、Nocera教授。従来の技術の問題点とその解決策を2点に絞りました。
①光によって発生する分子構造の変化が少なくて容量(ΔH)が少ない
→ だったら、光で発生する変化を大きくしてやればいい
②光によって発生する変化が不安定で貯蔵時間が短い
→ だったら、変化後の状態をよりStableなものにしてやればいい
この2点を同時に行うため、彼らは「A. リジッドな骨格に + B. 高密度に官能基を付加して + C. 光変化後のコンフォメーションのアライメントを制御し前後のエネルギー変化を大きくした分子構造」というコンセプトを立ち上げます。
本論文の代表的な分子構造図(引用は本論文より)
こうしたコンセプト、当たり前のようで当たり前でない気がしています。筆者が最初考えたのはBくらいのもので、AとCの組合せについては思いついてもその制御・実現性が分子上で実現するのは非常に難しいのではないかと思うからです。
特に、今回論文で用いられるA部分であるSWCNTの表面反応性が非常に低く、端部はともかく側面には特に高密度に官能基が付きにくいことを経験していたためなのですが、ここらへんはどう工夫して高密度に付けて実現させたのか気になるところです。論文中のように過酸化ベンゾイルで付くのは筆者の経験上SWCNTの端部だけだったような気がしますが・・・。
ただ、この分子構造を「設計様式化」することで、研究の裾野が広がるようにしている点はやはりコンセプトの作り方のレベルが違うなぁと思わざるを得ません。加えて、一つ前の論文(Nano Letters)できちんと土台を作ってNature Chemistry へステップアップするその仕事の作り方も素晴らしいなぁと感じます。もう老い先短い筆者ですが、今からでもこうした考え方のカケラでも身に着けたいもんです。
長くなりそうなので今回はここまでで、また次回。次は論文の詳細に移ります。
参考文献
- “New Materials for Solar Thermal Capture and Storage” 2011 MIT Research and Development Conference
- “More QM Modeling for Solar Thermal Fuels, Plus a Little H-Storage” MIT OCW, Introduction to Modeling and Simulation : Spring 2012
- “A FUNDAMENTAL LOOK AT ENERGY RESERVES FOR THE PLANET” R. Perez
- “Solar Fuels” GCEP Symposium 11 October 2012
- “Templated assembly of photoswitches significantly increases the energy-storage capacity of solar thermal fuels”
- “Azobenzene-Functionalized Carbon Nanotubes As High-Energy Density Solar Thermal Fuels”