もうコピペという言葉は広く使われるようになりましたね。STAP細胞問題で繰り返し使われ、一般にも浸透した感があります。PCの操作でコピー、ペーストするからコピペなわけですが、こういった行為はPCが普及する前からありました。
しかし、学術論文において他の論文の文章を拝借してくる剽窃は許されない行為の一つです。
STAP細胞問題ではずさんな論文の正体が次々に暴かれております。写真の使い回しや、でっち上げ、データの切りはりなどは科学の本質を裏切る恥ずべき行為です。一方で科学的に正当な論文を書く際にどこかから文章をコピペしてしまう行為はどうでしょうか?内容は全く問題なく、ノーベル賞級の発見であったとしても、文章の剽窃があった場合はやはり不正な論文ということになります。
ただし、自分の書いた論文の文章を次の論文に拝借する自己剽窃についてはどうでしょうか?そんなに大きな問題になるでしょうか?
今回のポストはSTAP細胞問題シリーズという訳ではないのですが、たまたまNature Chemistry誌のthesisがBryn Mawr CollegeのMichelle Francl教授による、剽窃についてでしたので、それを基にして少し書きたいと思います。前回のはこちら
Attack of the clones
Francl, M. Nature Chem. 6, 267-268 (2014). doi: 10.1038/nchem.1906
科学的に正しいデータが得られ、新しい事実や理論を明らかにしたら論文として発表する必要が出てきます。通常研究グループはただ一つの事を研究しているのではなく、同時進行で似たような研究をしていることが普通です。同じような課題であれば書く論文の内容も似てきますよね。そうするとどうしても似たようなイントロを書く必要があります。実験操作もほぼ同じだったりしますよね。だったら過去の自分の論文から文章を拝借してくるのはどうでしょう?これは自己剽窃に当たります。
ビールが進むとかそういう問題ではありません
当然一つ一つの論文にはなんらかのオリジナリティーが必要です。実際問題としては触媒の金属変えてみたとか、配位子の構造を変えてみたとかそういった研究がどうしても必要になります。そうすると金太郎飴のような論文が量産されることになってしまいます。英語ではsalami publicationと言うそうですが、サラミの方が切り口も切るところによって結構違うので金太郎飴よりはマシかもしれませんね。金太郎飴論文はあまり好意的に受け取られないことの方が多いですが、私個人的には金太郎飴論文だって科学の発展には必要だと考えています。みんなが全く新しいパラダイムばかりを目指していたら科学は成熟しないで薄っぺらいもので終わってしまうと思います。
さて、論文誌には同じ雑誌であっても短い速報(letter, communication)という形式と通常の論文(article)というのがあったりします(総説, reviewというのもありますが論文とは別の扱いです)。速報専門の雑誌もありますし、形態は様々です。Nature誌もLetter, Articleの両方の形式を受け付けています。しかし最近ではデジタル、オンラインで行われることから出版の速度は早いので速報という概念が薄くなり短報みたいな扱いになっています。一応単に論文の長さだけでなく速報性があるかどうかも採択の基準にうたわれていることが多いようです。
以前はまず研究で速報性がある成果が出たら、速報として早く報告して、その後じっくりと研究の詳細や具体的な実験方法をフルペーパーとして報告することが広く行われていました。例えば抗がん剤タキソールの全合成についてNicolaouらはNature誌に速報を出した後、研究の全貌をJ. Am. Chem. Soc.誌に4報連続のフルペーパーとして報告しています。
こういったやり方は印刷物しか無かった時代は出版までの時間を考えれば合理的でした。しかし現在ではオンライン出版が当たり前になりましたので、速報であっても実験の詳細や論文の本文では書ききれなかったデータなどをSupporting InformationまたはSupplementary Materialsという形で別途用意し、オンラインで提供する必要があります。論文によってはこのSIの方が長かったりします。そんな状況なので、速報(短報)を出してお終いというケースが圧倒的多数ですね。ただ研究の詳細が分からないので、失敗例とか、細かいノウハウとかを知る機会が減ったかもしれません(詳細キボンヌです)。詳細を解説するわけですから、このようなケースでは自己剽窃もあるでしょう。当然引用もしているはずですから倫理的にも問題ないと思います。
図は文献より引用
論文だけではなく研究費の申請書をパクるという事件もその昔あったそうで、著名な有機化学者だったこともあり、当時はかなり大きく取り上げられたようです。これは申請書を審査する側だった研究者がその申請を却下し、数年後に別の機関への申請書にパクリの文章を使ったら、その審査員がたまたま当人だったことから発覚したものです。論文だろうが研究費の申請書だろうが、他人のパクリは知的な暴力(intellectual violence)ですので許されるものではありません。
特に学術論文を書く際にはどうしても似たような研究であれば同じような表現の文章を書くことになりますので、いいフレーズがあればコピペしたくなってしまいます。その際には明確に引用する必要があるのかなと思います。それさえ守れば科学的な主張を明確にして伝えるためには一定の文章を繰り返し使う自己剽窃はむしろ推奨していいのではないでしょうか。
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