[スポンサーリンク]

一般的な話題

オペレーションはイノベーションの夢を見るか? その1

[スポンサーリンク]

今回はとある書籍を通して「イノベーション」に共通する事項を検証してみたいと思います。

Tshozoです。

 以前、とある集まりで大学教授各位の講演を聞く機会がありました。その中で

 「今の日本企業のほとんどはオペレーションしかしてない、イノベーション的な活動が何もない」

 という要旨の指摘がありました。べらんめぇ口調で、言葉は悪いですが極道粗野に見えかねない態度。ですが、その中身は迫力と人間的魅力に溢れ、何より聞いている人を引き付ける求心力がありました。

 その人とは、本田技研工業で長年新製品の開発にたずさわった「小林三郎」氏です。現在は大学の客員教授を務める傍ら、様々なところで講演を行ったり寄稿をされたりしています。最近ですと「ホンダ イノベーションの神髄」という興味深い書物(こちら → )を発行されています。

inno_02.png?小林三郎氏 

現在は中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授のほか様々な大学の非常勤講師を務める

(写真は本田財団-インド工業連盟共催2007年シンポジウム資料より → 

?inno_04.png

同氏の代表著書「ホンダ イノベーションの神髄」 日経BP社殿 →  より刊行

 同氏は本田技研工業の研究開発部署(のちに分社化)である本田技術研究所に入り、やりたくもなかった(本人談)エアバッグの市販化に20年を注ぎ、主席研究員、経営企画部長まで勤め上げた叩き上げの技術者です。創業者 本田宗一郎の薫陶を受けた久米 是志氏 ( ホンダ元社長) に支えられて開発を続けてきたことが、同書に詳しく記載してありますので一度ご覧ください(久米是志氏は引退後、優れた書籍「ひらめきの設計図」を書かれています →  日本能率協会殿のインタビュー →  こちらもお勧めです)。

 なお筆者はホンダファンではありませんし、本件を以って同社を持ち上げたりする気は毛頭御座いません。しかし同氏の主張は一般性・蓋然性に優れ、極めて読み物として興味深いため、やはり紹介すべきと考え今回の記事を書きます。また、化学界であってもイノベーションは切望されており、経験的にですがその本質はどの業界でも変わらないと考えますので是非お付き合いください。

 まず最初に言葉の説明から。いわゆる狭義には技術的な革新を示す「イノベーション」という言葉は今ではかなり市民権を得ていますが、元々この言葉を使いだしたのはハーバード大学の経済学者シュンペーター教授( →)で、彼は研究とビジネスとの繋がりに注目し、産業の成熟度によってそれぞれの意義は変わるとしました。つまり

 黎明期      → Invention (インベンション 「発明・発見」)

 萌芽期・発展期 → Innovation(イノベーション 「革新」)

 成熟期      → ???

と区別していたようです。 なお???のところはシュンペータ教授は定義していませんでしたが、今の産業に当て嵌めるとおそらく”Improvement 「改良」”が入るものと考えられます。

 この分類に従い、教授の言葉を借りて定義すると、イノベーションとは「黎明期から発展期をつなぐ、破壊的かつ創造的な(Creative Destruction)ビジネスの大鉱脈を探り当てること」と言えます(参考 →   ) 。

 で、小林氏が集中的に述べていたのは「Innovation」にあたるところなので、本記事を主に読まれている研究者の方々にはあまり関係ないように思われるかもしれません。ですが、InventionもInnovationも、いずれも「成果の不確定性にどう対峙し切り抜けるか」が主要な課題になるはずですので、どちらもその点は共通として以下話を進めていきます。詳細は上記の本を読んで頂くとして、彼はそうした不確定性が支配する世界(企業)の中で何が成果につながるキーとなるかにつき、次の3つにポイントを絞って述べていました。

 ①開発(品)が人間に対して持つ「価値」の発見、設計または再認識

 ②想い、情熱、哲学

 ③厳しく指導しつつも長期間見守ってくれる上司

 ・・・うさんくせぇ、と言われるのと、古い、と言われるのと2点あると思いますが、多分ご指摘の通りです。筆者もある意味そう思います。きっと、今現在の日本企業の中でマジメに①②③をやってたら確実にアホンダラ扱いで、関係者は即刻クビか第一リストラ候補になるでしょう。

 しかしながら。

 小林氏はそうした「アホンダラ」を切り捨てていることが今現在の日本国内のイノベーションを悪い方に矯めてしまっている、と断じています。つまり日本の企業がイノベーションではなく「オペレーション」に特化するあまり、イノベーションに対する意義を理解しなくなっている、もしくはその取組みを止めてしまっていることが原因だと。

 ではここで言う「オペレーション」とは何か。小林氏、久米氏が言うには「前例があり」「8~9割がた大体予想が出来て」「事務処理能力に長けていればだいたい出来る」仕事ということです。例えれば、既製品改良系開発、プラント設置、工程管理、保守といった業務のことでしょう。

 大事なのは、両氏の主張は「これらの仕事が要らない」というのではなく、あくまで「オペレーションとイノベーションでは要求される能力が大きく異なる」ということ。実はこれは、有名な「イノベーションのジレンマ」を記したハーバード大学クリステンセン教授が同書で述べた重要な結論のひとつと同じなのです。

 ホンダは「技術研究所」という身軽な別会社を設置することによりイノベーションを起しやすい体制を実践するという時代の先取りを30年以上も前に実施していたのですから、当に炯眼としか言いようがありません。また、世界でも超一流の経済学者が出した結論が、「落ちこぼれ」(小林氏ご本人曰く)の部類に入る人間が様々な開発の末に出した結論とほぼ同じというのも非常に興味深いところです。

inno_03.png「イノベーションのジレンマ」 世界中でベストセラーになった(翔泳社殿 発刊 → ●)

 そして更に話を発展させ、このイノベーションで大事なのは事務処理能力・論理性ではなく、上述の非論理的な念と想い(①②)と理解ある上司(③)であるということを小林氏は強調しています。同氏の主張に沿うと、技術そのものはどっちかというとインフラ的な役割、或いは後からついてくるということのような気がします。

ちょっと全体が長くなりそうなので今回はここまで。次回は上記の考えが本当に当てはまり得るのか、いわゆる「イノベーション」に相当するような難易度の高い事業化の実例を見て検証してみましょう。

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4798100234″ locale=”JP” title=”イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)”][amazonjs asin=”4822276155″ locale=”JP” title=”ホンダ イノベーション魂! (日経ものづくりDVD BOOK)”]
Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 「重曹でお掃除」の化学(その1)
  2. ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mi…
  3. ポンコツ博士の海外奮闘録 外伝② 〜J-1 VISA取得編〜
  4. ChemDrawの使い方【作図編②:触媒サイクル】
  5. 林 雄二郎博士に聞く ポットエコノミーの化学
  6. クライオ電子顕微鏡でATP合成酵素の回転の細かなステップを捉えた…
  7. 多様なペプチド化合物群を簡便につくるー創薬研究の新技術ー
  8. 奇妙奇天烈!植物共生菌から「8の字」型の環を持つ謎の糖が発見

注目情報

ピックアップ記事

  1. ヴィ·ドン Vy M. Dong
  2. フリーラジカルの祖は一体誰か?
  3. 平尾一郎 Ichiro Hirao
  4. ポルフィリン中心金属の違いが薄膜構造を変える~配位結合を利用した新たな分子配向制御法の開発~
  5. 合同資源産業:ヨウ素化合物を作る新工場完成--長生村の千葉事業所 /千葉
  6. シャレット不斉シクロプロパン化 Charette Asymmetric Cyclopropanation
  7. 椎名マクロラクトン化 Shiina Macrolactonization
  8. アスパラプチン Asparaptine
  9. アジサイには毒がある
  10. 独メルク、米シグマアルドリッチを買収

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年3月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP