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化学者のつぶやき

結晶スポンジ法から始まったミヤコシンの立体化学問題は意外な結末

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ケムステ昨年の人気No.1記事は東大の藤田誠先生らのグループが報告した結晶スポンジ法に関するものでした。

筆者も久しぶりに論文を読んで背筋が寒くなるというか、科学の大きなブレークスルーの瞬間に立ち会ったような、エキサイティングな経験をさせていただきました。

しかも一筋縄ではいかなそうな天然有機化合物であるmiyakosyne Aの絶対立体配置を決めてしまったということで、筆者を含め天然物化学に関係する研究者に与えた衝撃はとてつもなく大きいものでした。しかし続報でお伝えした通り、どうもその部分に関する結論は議論の余地があるとのことでした。

最近miyakosyne Aの立体化学に関する最終的な結論が報告されましたので紹介したいと思います。

そもそも有機化合物の絶対立体配置を決めるにはどうすればいいでしょうか?軽くおさらいしておきます。

1, 既知の化合物と比旋光度の符号を比較する

これが最もポピュラーですね。合成品と天然物の比旋光度を比較するというのは王道です。しかし、標品が必要となることや、誤差が比較的大きいので比旋光度の絶対値が小さい場合などは注意が必要です。

?2, ジアステレオマーの関係にある化合物に誘導して比較する

鏡像異性体を識別するのは困難ですが、ジアステレオマーであれば物理的性質が異なりますので、HPLCやNMRで異なる挙動をします。Moscher法や改良Moscher法などが有名です。

3, 円二色性などを比較する

比旋光度の比較が難しい場合でもCDなどを利用すれば感度も高いですし、決定できることがあります。標品が無い場合でも経験則によって絶対立体配置をかなり正確に予測することもできます。

最近ではVCDも普及してきましたし、赤外円二色性(論文はこちらなど)なども利用が進んできましたが、いかんせん機器が高額でどこにでもあるわけではないというのが難点と言えば難点ですか。

4, X-線結晶構造解析

通常のX-線結晶構造解析では相対立体配置は間違いなく決まりますが、絶対立体配置の決定は重原子の異常散乱を利用する必要があります。結晶スポンジ法ではそのスポンジ自体に重原子を含んでいますので、重原子を含まない有機化合物でも絶対立体配置が決められるという大きなメリットがあります。またそもそも化合物が解析に適した単結晶になる必要がありますが、結晶スポンジ法はその点も問題になりません。

それぞれ利点、難点があるわけですが、結晶スポンジ法は全ての本質的な問題をクリアーする全く新しい方法論となり得る可能性を秘めています。では何故今回miyakosyne Aでは誤ってしまったのでしょうか? [1]

miyakosyn_5.jpg図は文献[]より

一言で言えばmiyakosyne Aがあまりにもグニャグニャしすぎな分子だったからでしょう。結晶解析ですから写真を撮ったような明確な図が得られるわけではありません。X-線を当ててその反射してきたX-線の像を解析してこの場所にこんな原子がいるはずと間接的に決めます。よって大前提として原子の位置が動かない事が求められます。しかしmiyakosyne Aは長い炭素の鎖がありますのでその辺はどうしても動いてしまうのでしょう。よって得られた像の解析が困難だったと思われます。

ではどうすればいいでしょう?単離した松永先生らは上述の手法ではいずれもmiyakosyne Aの真ん中部分の絶対立体配置は決定できませんでした。[2] ヒドロキシ基の絶対立体配置は改良Moscher法ですんなり決まっておりますが、やはりあまりにも不斉炭素原子の間が離れているので通常のジアステレオマー法では難しそうです。Moscher法で不斉炭素原子が四つ離れるとジアステレオマーとして認識されなくなってしまいます。

しかし、このジアステレオマー法の本質的な問題点を克服する方法があります。当時東北大の大類洋先生、赤坂和昭先生らのグループが開発した手法、大類ー赤坂法です。

Ohrui-Akasaka.png大類ー赤坂試薬 両鏡像体が入手可能

この試薬の開発の経緯などは大変面白いのですが、こちらのリンク先記載の文献に譲ります。大類ー赤坂法ではなんと24炭素離れた位置にあるメチル基とエチル基の差をも区別できてしまいます。Moscher法とは桁違いですね。また、アルコール、カルボン酸の両方の試薬があるので、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシル基を足がかりに利用できるのも優れた点です。

またアントラセンがあることからもお分かりの通り、蛍光による検出が可能なので原理的にはフェムトモル単位でのHPLC分析ができます。もちろんサンプル量が十分あればNMRも用いることができます。

この手法を利用して、miyakosyne Aの単離構造決定を行った松永先生のグループと、森謙治先生、赤坂先生のグループによって別々に絶対立体配置が決定されました。

miyakosyn_1.png

まずは松永先生の報告です。[3] 天然物を分解誘導化して9-methyloctadecane-1,18-diolにしています。左右の炭素数はわずか一つ異なるのみです。これを大類ー赤坂エステルへと変換し、NMRスペクトルにおけるメチル基のシグナルを合成品と比較したところ、極めて小さな差、(600 MHzの機器で0.02 ppm)ではありますが、天然物の絶対立体配置はRであると結論付けられました。図をご覧いただければお分かりかと思いますが、かなり微妙なのでよっぽどいいコンディションで測定しないと区別できないレベルだと思います。

miyakosyn_3.jpg図は文献[3]より引用

一方森先生の報告[4]ではまず可能な8つの立体異性体(内4つは2組の異性体混合物として)合成しました。そしてそれら全てを大類ー赤坂エステルへと変換し、逆相カラムを用いたHPLCにて分析しています。ベースライン分離とまではいきませんが8異性体を一度の分析で区別できる条件を見出しています。展開溶媒の組成に苦労のあとがうかがえます。カラムを-56度に冷却して行っているというのもポイントです(クロマトグラフィーでは低温の方が溶出ー吸着速度が低下するので原理的には分離が良くなります)。

miyakosyn_2.png

あとは天然のmiyakosyne Aの大類ー赤坂エステルを調製して同条件で分析した結果、疑いなく立体化学を決定することができました。ヒドロキシ基の立体配置は当初決定されていた通り両方Rで、問題の真ん中にあるメチル基部分の絶対立体配置はRと一挙に決定可能でした。この結果は結晶スポンジ法で提唱された立体とは逆で、上述の松永先生らによる大類ー赤坂エステルのNMRスペクトルによる決定と同じ結論でした。

miyakosyn_4.jpg図は文献[4]より引用 (17は上図のビス大類ー赤坂エステル)

さらに興味深いことには、実は天然のmiyakosyne Aの真ん中のメチル基部分は純粋に(R)-体というわけではなく、R:Sが約96:4の混合物でした。天然に存在する有機化合物が必ずしも純粋な立体異性体ではないというのは意外と知られていませんが、このような精密な分析によって数多くの例が見出されています。もし、単に比旋光度の符号を比較するだけで絶対立体配置を決定してしまうとこのような現象は見過ごされてしまいますので、恐らく過去に絶対立体配置が決定されている化合物にも見過ごされているものはたくさんあると思われます。

天然物が立体異性体の混合物だとすると、結晶スポンジ法で格子に取り込ませる際にマイナーなジアステレオマーが優先的に取り込まれてしまった結果、立体化学のアサインを誤ったというシナリオも考えられますが、森先生らは天然のmiyakosyne Aを一度結果スポンジに取り込ませた後に結晶を溶解してmiyakosyne Aを回収し、それを大類ー赤坂エステルにして分析して立体異性体が96:4の比であることを確認していますので、そのシナリオは否定されます。さすがにぬかりがない決定的なお仕事です。

少し長くなりましたが、一連のmiyakosyne Aをめぐる天然物化学は大変示唆に富んだもので、単離から構造決定に至る研究の醍醐味を見ることができました。森先生の論文でも述べられておりますが、現段階では結晶スポンジ法でグニャグニャした分子の立体化学を決定するのは少し危険だと言えます。しかし例えそうであっても結晶スポンジ法の極めて強力な方法論が否定されるものではありません。とてつもないブレークスルーである事は疑いようがなく、今後の展開いかんでノーベル賞も現実味を帯びてくると思います。苦手なグニャグニャ分子に対してもいつの日か適用可能な手法が開発されると信じています。その暁には有機化合物の構造決定のためのツールは全て過去のものになるでしょう。嬉しいような哀しいような。

原稿を書いている途中で猪熊先生の化学会進歩賞のご受賞のニュースが入ってきました。おめでとうございます!益々のご発展を祈念いたしております。

 

関連文献

[1] X-ray analysis on the nanogram-microgram scale using porous complexes. Inokuma, Y.; Yoshioka, S.; Ariyoshi, J.; Arai, T.; Hitora, Y.; Takada, K.; Matsunaga, S.; Rissanen, K.; Fujita, M. Nature?495, 461 (2013). doi:10.1038/nature11990. Corrigendum: Nature 501, 262 doi:10.1038/nature12527

[2] Miyakosynes A-F, cytotoxic methyl branched acetylenes from a marine sponge Petrosia sp. Hitora, Y.; Takada, K.; Okada, S.; Matsunaga, S. Tetrahedron 67, 4530 (2011). doi: 10.1016/j.tet.2011.04.085.

[3] On the assignment of the absolute configuration at the isolated methyl branch in miyakosyne A, cytotoxic linear acetylene, from the deep-sea marine sponge Petrosia sp. Hitora, Y.; Takada, K.; Matsunaga, S. Tetrahedron 69, 11070 (2013). doi: 10.1016/j.tet.2013.11.013.

[4] Chemoenzymatic synthesis and HPLC analysis of the stereoisomers of miyakosyne A [(4E,24E)-14-methyloctacosa-4,24-diene-1,27-diyne-3,26-diol], a cytotoxic metabolite of a marine sponge Petrosia sp., to determine the absolute configuration of its major component as 3R,14R,26R. Mori, K.; Akasaka, K.; Matsunaga, S. Tetrahedron 70, 392 (2014). doi: 10.1016/j.tet.2013.11.045.

 

関連書籍

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有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

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