メリークリスマス!
いや全く関係ありませんが・・・
先日のポストでは論文にまつわるミステリアスな事件について紹介しましたが、今年は(今年も)何かと論文誌の世界では話題が尽きない年でした。
というわけで論文誌に関して今年気になった話題をまとめてみました。
先日紹介した事件は学会で発表していた内容を剽窃され、実在しない研究者名で何者かが勝手に論文を執筆、投稿した結果、掲載されてしまったというものでした。論文の盗作や捏造というのは残念ながらよくあることですが(よくあってはいけませんが)、基本的に正しい内容の論文が勝手に出された、しかも実在しない著者ということで誰にもメリットが無いというのが特異でした。これを前代未聞と称したわけですが、その後記事を読んでくれた方のtweetで、実は我が国でも数年前に似たようなケースがあったことを知りました。
これまた舞台がBBRC誌であったということも何かの因縁を感じますし、オリジナルの研究者を貶めるような行為が複数あったという事にショックを受けました。
いずれにしましてもtweetして下さった方に感謝いたします。スタッフは意外とtweet内容などを読んでおりますので、皆さんもどしどしご意見などをよろしくお願いします。
さて次なる話題は何かと世間を賑わすオープンアクセスジャーナルに関する話題です。ご存知の方も多いと思いますがオープンアクセスジャーナルはここ数年で爆発的に増加しており、とどまることを知りません。通常は論文誌は購入者しか読むことができません。出版社がその代金によって経営を成り立たせているか、もしくは学会の会費によって運営されているかです。一方オープンアクセスジャーナルは論文を投稿し、掲載された研究者が掲載料を支払い、読む側は無料です。
確かに研究には少なからず税金が投入されていることから、国民がその成果を知る権利はあるはずで、お金を払った研究者の狭い世界だけにとどめておくのは公共の福祉の観点からは問題がありそうです。最近では米国のNIHなどの助成を受けて行われた研究は、論文掲載の1年後にオープンアクセスにすることが義務付けられています。
化学の世界では一般的ではありませんが、生物学の分野では論文の掲載料を取られるというのは普通にあるようなので、オープンアクセスジャーナルのビジネスモデルは主に生物学分野から広がってきました。その代表格はPLoS ONEで、なんと昨年は23,464もの論文が掲載されたそうです。
オープンアクセスジャーナルの出版社は論文を数多く掲載すればその分利益が出ますので、採択率はどうしても高くなりがちです。PLoS ONEの採択率は70%程度と言われており、掲載の基準として基本的な科学的手法を踏襲していれば結果は採否にあまり考慮しないと明言されています。一方でAngew. Chem. Int. Ed.誌の昨年の採択率は21%程とのことで大きな差があることがお分かりいただけると思います。
そうなってくると論文の内容の質がどうなっているのかが気になるところです。質とは直接関係ありませんが、PLoS ONEのインパクトファクターは4前後となっており、これだけ莫大な論文が掲載されている割には引用数はまともという感があります。
で実際どうなのよというわけで、今年PLoS ONEにガチの論文を投稿してみました。残念ながら化学の内容ではありませんが内容としては客観的にみてそこそこの論文誌には通りそうなレベルでした。すんなり一発で通るのかと思ったら、もの凄く真っ当な少し厳しめの審査意見が返ってきて逆に当惑させられたくらいです。共同研究者の方と、これならオープンアクセスジャーナルにした意味ないじゃないかとブツブツ言い合いながらコメントに対する追加データなどを付けたところ無事採択されました。
掲載料も先進国の著者は$1,350となっていますので、共同研究者と折半したら苦になるような価格ではありませんでした。下手すると別刷り代を取られたりする雑誌もあるので、それを考えれば高いとは感じませんでした。
というわけでオープンアクセスジャーナルであっても、きちんとピアレビューが機能しているものは存在しています。でも残念ながら全てではないようです。Science誌に大変興味深い調査報告がありました。
Who’s Afraid of Peer Review?
John Bohannon
Science 342, 60-65 (2013). doi: 10.1126/science.342.6154.60
調査の目的は数多くあるオープンアクセスジャーナルにおいて真っ当なピアレビューがなされているかを明らかにすることです。
そのためにまずニセの論文を用意します。この調査の凄いところは同一の論文ではなく、骨子は保ったまま異なる論文を作成したという点です。内容としてはある化合物がガンに効いたというありきたりなものですが、高校生レベルの読解力で提示したデータがむしろ逆の結果になっていることがわかるように仕込んであります。細胞毒性は通常ではあり得ない濃度で入っているエタノールによるものと解釈できるような代物だったそうです。
さらに胡散臭くするために(差別するつもりはありません)アフリカ系の氏名、所属をでっちあげるという徹底ぶりです。さらにはGoogleで英文を一度フランス語に翻訳して、それをさらに英語に翻訳し直すことによってnativeとは思えないような英文にしたそうです。
そうして関連が少しでもありそうな304ものオープンアクセスジャーナルを選別し投稿してみました。選別にはthe Directory of Open Access Journals (DOAJ)というサイトを使っています。
そして極めつけがコロラド大学のJeffrey Beall氏が作成している怪しげなオープンアクセスジャーナルのリスト通称Beall’s listです。このリストは例えば掲載料が明示されていない、編集の方針が明確でない、意味不明な英文で書かれているなどの論文誌として一定の基準を満たしていないと判断されるオープンアクセスジャーナルのリストです。ここに載っている論文誌はまあ近づかない方が無難ですね。例え査読の依頼がきたとしても断った方がいいかもしれません。なぜなら勝手にeditorial board に載せられた挙げ句に、それを拒否しても削除してくれないなどのトラブルが後を絶たないようです。
図は文献から引用
Science誌の調査結果が図の円グラフです。1月から8月にかけて毎週約10報投稿し続けた結果、平均して40日でなんと157もの論文誌が受理されてしまいました。掲載を拒否したのは98に過ぎません(平均24日)。残りの50ほどのうち30近くは既にサイト自体が放棄されたようでした。驚くべきことに約60%にピアレビューをした形跡がありませんでした。大体どのオープンアクセスジャーナルでもピアレビューをする旨はうたわれていると思うので、この数字は予想以上に大きいですね。まともな審査結果、すなわち科学的に誤っている旨返ってきたのは36にすぎず、にも関わらずそのうち16はeditorによって受理されてしまっています。
この結果はある程度予想通りではありますが、あらためて見るとオープンアクセスジャーナルの未来は暗そうです。悪意を持った、いや科学を食い物にするような輩がはびこっているのは本当に悲しいです。悪意を持っていなくて、単に科学に無知、無理解であるならまだ許せますが、これは何もインドや中国、アフリカだけで起こっている現象では無いというのが残念です。神戸大学医学部発刊のKobe Journal of Medical Sciencesでも見事にこの調査にひっかかっており、名指しされております。これはまさしくscience-freeの状態ですね。
Everyone agree that open access is a good thing. The question is how to achieve it.
Daved Roos, University of Pennsylvania
Nature誌でもオープンアクセスジャーナルの暗黒面についての記事が掲載されておりましたが、そこでどんなジャーナルを投稿先に選ぶべきなのかについての心得がありましたので紹介します。
The dark side of publishing
Declan Butler
Nature 495, 433-435 (2013).
出版社が住所などの情報を全て明示していることを確認しましょう。Webでしかコンタクトできないようなのは要注意です。
Editorial boardのリストが専門家であることを確認しましょう。またその中の誰かに雑誌もしくは出版社に関して問い合わせをしてみましょう。
著者が支払うべき金銭を明示していることを確認しましょう(審査前に金銭を要求してくるのはほぼブラックです)。
e-mailで論文の投稿やeditorial boardへの誘いは慎重に
実際に掲載されている論文の質をみてみましょう。可能ならば著者に体験談を聞いてみましょう。
ピアレビューがどのようになされるのかを明示してあることを確認しましょう。また謳われているインパクトファクターが本当か確認しましょう。
DOAJやOpen Access Scholarly Publishers Associationのような団体のメンバーであることを確認しましょう。
ネットショッピングと同じ感覚でいきましょう。少しでも怪しいと思ったら十分慎重になりましょう。
では一体誰がこんな論文誌に論文を載せようとするのでしょうか?考えられるのは業績リストの水増しや、学位を取得するための手段といった、研究者の自己都合を満足させるためというのがあります。お金さえ払えばなんとかなるということで、一種の投資と考えているのでしょう。
あとは一般人に対するアピールを狙ったものというのが考えられます。うさんくさい疑似科学でも余裕で掲載されてしまいますので、商品を売るときの箔をつけるにはもってこいです。どう考えてもおかしな商品が、学会で発表されたとかだけでもなんとなく信憑性を持ってしまう世の中ですから、論文になったともなれば効果は絶大でしょう。
2012 was the year of the predatory publisher; that was when they really exploded.
そんだけ胡散臭いオープンアクセスジャーナルならそのうち駆逐されるだろうと考えは大きな誤りです。騒ぎが大きくなり始めたのはここ数年でありますが、2012年からこの手のオープンアクセスジャーナルは爆発的に増えており、年間1000を超えると言われています。次々に生まれては消えを繰り返すでしょうから駆逐することは困難です。ニーズがどこかにわずかでもある以上無くなることは無いのでしょう。研究者のモラルだけでもどうしようもないのかもしれません。
とは言っても真っ当なオープンアクセスの流れは止まらないと思います。PLoS ONEは化学でも問題無く受け付けてくれるので読者の皆さんも次の論文の投稿先にいかがでしょうか?
最後は2013年ノーベル医学生理学賞受賞者のRandy W. Schekman教授の意見をご紹介しましょう。元の記事はこちら
氏は当然超一流の研究者です。過去NatureやCell、ScienceなどのいわゆるNCSと言われる学術雑誌に論文を発表しています。しかし近年の研究者は高いインパクトファクターの雑誌にいかに論文を載せるかを競い合っており、よってねつ造に手を染めたり、手抜きの論文を数多く作成していると批判しています。あげくねつ造論文が撤回されるなんてのがNCSでよく起こるのも見逃せません(そういえばヒ素DNA微生物なんてありましたよね)。
元来科学論文というものは、基本的に正しければ掲載されるべきと主張しています。そう氏が編集長を務めるeLife誌のように。氏は今後一切NCSには論文を投稿しないと宣言しています。
ノーベル賞受賞者ですから影響は絶大でしょう。が、ノーベル賞受賞者だから言えることだとも言えます。私も氏に習ってNCSには投稿しません! と宣言してもむなしく響くでしょうね・・・(ちなみに筆者はそのうち二つに投稿したことがあります。結果は・・・)
さあ重い話題ばかり考えていてもしかたありませんので、来年は科学、化学の世界でどんな話題が持ち上がるのか楽しみにして新年を迎えますか。 それでは皆様よいお年を。