[スポンサーリンク]

一般的な話題

【書籍】「ルールを変える思考法」から化学的ビジネス理論を学ぶ

[スポンサーリンク]

[amazonjs asin=”4040800036″ locale=”JP” title=”ルールを変える思考法 (角川EPUB選書)”]

 

著者の川上量生氏は、ニコニコ動画創設者であり、ドワンゴ社(現KADOKAWA・DWANGO)の代表取締役会長。先日「新卒就活に受験料を課す」と発表したことでも話題を呼びました。

当人は京大工学部卒、実は化学を専門にしていたらしい。はたまたジブリに弟子入りした経験まで持つという・・・。

「なんだそりゃ、そんな面白い人なのか!」と思い、最近発売された本書を買って読んでみたところ、期待に違わず大変面白かったワケです。思考がありきたりで無いのはもちろん、レベル高いこともきっちり押さえた上でシビアに先を見すえる姿勢がともかく素晴らしい。

一見化学と関係ない書籍をなぜこの「つぶやき」で取りあげるかというと、本書に載ってた「エネルギー遷移図を使ったビジネス理論」が、筆者にとってあまりにスマートヒットしたからです。これは紹介せねばならない!・・・と思いました。

「触媒」と「ΔE」の重要性を説く川上理論

kawakami_0

 

化学反応論の世界で汎用されているエネルギー遷移図。学術用途にしか役立たないとされてきましたが、「ビジネスの成功に必要なエネルギー投入戦略」を説くべくこれを援用したのが【川上理論】(と勝手に名付けさせていただきました)です。中身はこの記事に詳しいので、引きつつ簡単に説明してみましょう (画像は記事より引用)。

kawakami_1

 

化学反応図をサービスビジネスのマーケットになぞらえます。縦軸がエネルギー(リソース)、横軸が時間経過、Aが「流行る前」、Bが「流行った後」の状態です。

「ΔE」は、投資や維持に回せる利潤・リターンと捉えることができます。成長的・持続的なサービス構築のためには、把握不可避な要素です。ゲインが大きければ良い(=進行しやすい)とする見方は、化学反応と同じです。時代に即したものほどΔEのゲインは大きくなる傾向があります。

kawakami_2

あるサービスがブレイクするには、C山を越えるための「活性化エネルギー」を投入する必要があります。普及のための広報努力だとか、サービスの質的向上だとか、社員集めだとかですね。

ここで重要なのは「ΔEが大きく活性化エネルギーの低いもの(=参入障壁の低いマーケット)は誰もがやりたがる」という視点です。

川上氏はこの上で、

「活性化エネルギーが低いビジネスはみんな狙うから競争になってしんどいよね、できれば自分だけがエネルギー下げられる独自の『触媒』が欲しいよね」

と説きます。「触媒」に相当するものを明確に指すのは難しいですが、ユニークな人脈だとか、他社と差別化できる技術、独自のアイデアなんかはそれに相当するでしょう。ドワンゴはそういうビジネスを狙っているとも述べています。

記事中では明言されていませんが、「触媒の有無で活性化エネルギーは変わるが、ΔEは変わらない」とする化学とのアナロジーも、あまりに卓越したものに思えます。食えるパイの総量はマーケットごとに決まっている(つまりある程度の周期でビジネスを変えなければならない)とする見方なのですから。

各種単語を置き換えることで、研究テーマ選びにも応用可能だと思えます。

化学研究にも流行・ニッチはあります。流行領域は注目を集めることが容易な反面、競争が激しくリソース勝負になりやすく、体力のある大規模ラボが圧倒しやすい事情があります。

ですからオリジナル要素を武器に、自分だけが活性化エネルギーの山を越えられる研究分野を探す目線はとても重要です。特に使えるリソースが限られる駆け出しの若手化学者にとっては、死活問題ともいえます。大御所がさんざんやって既にmatureなところに、何の手も無く切り込んでいっても返り討ちされてお終いですから・・・。

ビジネス界では既に有名なキャズム理論の修正版とも取れますが、相当に表現が難しい事象を「化学図」からのアナロジーで明快に整理し言語化している様は、まさしく「非凡」の一言に尽きると思えます。

この一例だけとっても、現在取り組んでいる専門分野をしっかり理解して、いろんな目線を持っておくことの重要性が分かるのではないでしょうか。全然関係ない職に付くことが例え分かっていたとしてもです。「教養の生み出す優れたアウトプット」の模範とすべき例でしょう。

 

おことわり:中身はあくまでゲームとネットとビジネスの本です

化学者向けにわざとトリミングしましたが、実は「ビジネスのエネルギー遷移図」に絡む記述は、ごく一部しかありません。

本書は化学トピックとは全く無縁な独自のビジネスエッセイです。そもそもが4Gamer.netの対談記事をまとめ直した書籍ですから、大半はゲーム・ゲーマー・ニコニコ動画の話ばかり。ゲームをやらない人にとっては何じゃそりゃ??な内容もあるかと思います。

しかし「時代性」を重視した目線からは学べる点が数多く有り、化学者にも通ずる内容が沢山ちりばめられています。

ビジネス全体に通じる栄枯盛衰パターンやニコニコ動画の起源に興味ある方々、はたまた他人と同じことをやるのが遺伝子レベルで嫌な研究者の方々、就活中の学生はもちろん、厳しい生存競争に置かれる先端化学者やビジネスマンにとっても、広く指針を得るためのヒントになる書籍だと思います。(ゲーム用語に興味のない方は、そこは読み飛ばせば良いでしょう)

かつて化学を専門としてた方からでも、こんな思考と人生が飛び出してくるものなのか・・・と筆者は大いに感銘を受けました。「自由な心のあり方」というものの重要性を考えさせられた次第です。すこし化学とは毛色の違う本ですが良書ですし、化学者にも興味を持って貰うべく今回あえてこういった形で取り上げてみました。知的刺激のあるトピック満載の本書を是非お楽しみください!

[amazonjs asin=”B00FMI2XJQ” locale=”JP” title=”ルールを変える思考法 角川EPUB選書”]

 

関連リンク

 

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ナノクリスタルによるロタキサン~「モファキサン」の合成に成功~
  2. やっぱりリンが好き
  3. 仙台の高校生だって負けてません!
  4. アメリカで Ph.D. を取る –エッセイを書くの巻– (前編)…
  5. アメリカの大学院生だってパーティするっつーの! 【アメリカで P…
  6. 未来切り拓くゼロ次元物質量子ドット
  7. 高分子を”見る” その1
  8. 化学者のためのエレクトロニクス入門⑤ ~ディスプレイ分野などで活…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 触媒量の金属錯体でリビング開環メタセシス重合を操る
  2. リボフラビンを活用した光触媒製品の開発
  3. 君はPHOZONを知っているか?
  4. 9-フルオレニルメチルオキシカルボニル保護基 Fmoc Protecting Group
  5. ガブリエルアミン合成 Gabriel Amine Synthesis
  6. 化学クラスタ発・地震被害報告まとめ
  7. プロパンチアールオキシド (propanethial S-oxide)
  8. 概日リズムを司る天然変性転写因子の阻害剤開発に成功
  9. 2015年化学10大ニュース
  10. ロイ・ペリアナ Roy A. Periana

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年12月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる

第640回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所・総合研究大学院大学(飯野グループ)原島崇徳さん…

マーフィー試薬 Marfey reagent

概要Marfey試薬(1-フルオロ-2,4-ジニトロフェニル-5-L-アラニンアミド、略称:FD…

UC Berkeley と Baker Hughes が提携して脱炭素材料研究所を設立

ポイント 今回新たに設立される研究所 Baker Hughes Institute for…

メトキシ基で転位をコントロール!Niduterpenoid Bの全合成

ナザロフ環化に続く二度の環拡大というカスケード反応により、多環式複雑天然物niduterpenoid…

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー